【八六《魔法が解ける前に》】:一

【魔法が解ける前に】


「凡人先輩、起きてください」


 眠気を覚ますその声が聞こえて、俺はまだ覚醒し切っていない頭を動かし目蓋を開く。そして、俺を覗き込む凛恋を見て固まる。


 凛恋はいつものウェービーヘアではあるが、普通に髪を下ろしている状態じゃない。頭の左右で髪を分けて束ねている。いわゆるツインテールという状態だ。


「あれ……凛恋、髪型変え――」


 あくびを堪えながら体を起こして凛恋に尋ねようとして、俺は言葉を止める。

 目の前に居る凛恋の格好を見て言葉を失ったのだ。


 見覚えのないセーラー服を着た凛恋は俺を見て首を傾げている。顔は間違いなく凛恋だが、何故か分からないがその凛恋がセーラー服を着ているのだ。

 凛恋がいつも着ている刻雨の制服は、ベージュのブレザーに赤チェックのフレアスカートでリボンは青だ。だから、今着ているセーラー服じゃない。


「凛恋、セーラー服のコスプレなんかしてどうしたんだ?」

「え? 凡人先輩、どうしたんですか?」

「…………はい?」


 凛恋が俺を「凡人先輩」と言った。それを聞いて、俺は一気に頭が混乱する。

 いったい、これはどういう状況なんだ。


 朝起きたら凛恋が見慣れないセーラー服を着て、俺のことを先輩と言っている。

 ……いったい、どうなったらこういう状況になるのか全く分からない。


「凛恋、頭打ったの――イテッ!」

「失礼ね! 人を痛い子見るような目で見て」


 凛恋が俺の額にデコピンをお見舞いすると、頬を膨らませてプンプンと怒って言う。

 良かった、どうやらこれは凛恋の悪戯だったらしい。


「凡人が昨日、中学の制服姿が見たいって言ったから着てあげたのに」

「いや、見たいって言ったけど、予告くらいしてくれよ。しかもいきなり呼び方まで変えるからビックリした」

「だって、中学生からしたら先輩でしょ? 凡人せーんぱい?」

「か、可愛い……」


 凛恋が小首を傾げて甘えた声で先輩と言う。何という破壊力だ。

 声を甘えさせている上に、髪型をツインテールにしていることで幼さがプラスされてより効果を増大させている。


「中学の時はツインテールだったのか?」

「ううん、普通に下ろしてたわよ。でも、普通に着たらつまんないから髪型も変えてみたの」


 中学の制服を着ていてもやっぱり凛恋は可愛い。それにツインテールも抜群に似合っている。ただ……。


「凛恋……その、胸のサイズが合ってないんじゃないか?」

「だ、だって中学のだし……」


 凛恋はワイシャツのボタンを幾つか外している。そして、セーラー服の上着は明らかにサイズ感が合わない感じで盛り上がっている。

 そりゃあ、いくら凛恋がまだ中学を卒業して二年だとしても、一年前の水着が合わなくなるくらい成長しているのだ、制服のサイズが合うわけがない。


「凛恋、苦しいなら無理しないで着替えて来いよ。あ、待ってくれ! 写真を撮るから」

「ちょっ、この格好を撮るの?」

「当たり前だろ。次、いつ見られるか分からないんだから」


 俺は慌ててスマートフォンを手に持ち、恥ずかしそうに頬を赤らめている凛恋のセーラー服姿を撮影する。

 撮った画像を見て頷くと、凛恋が俺の隣に座って腕を組む。


「凡人……帰らないで」

「凛恋、昨日も話しただろ?」

「でも……明日から凡人が居ないなんて嫌……」


 凛恋は顔を歪めて今にも泣き出しそうな表情で言う。

 今日は夏休み最終日。そして、俺が家に帰る日でもある。


 俺が家に帰るのはもう泊まり始めた時から分かっていたことだ。

 それが、夏休みいっぱいまで一度伸びた。そんなわがままを聞いてくれて、俺を温かく迎えてくれたお父さんとお母さん、優愛ちゃんには感謝してる。

 そして、ずっと一緒に居て楽しませてくれた凛恋にももちろん感謝してる。だけど、ずっと泊まり続ける訳にはいかない。


 俺はちゃんと昨日凛恋に話した。

 昨日も凛恋は泣きじゃくったが、最後はちゃんと分かってくれた。でも、今日になってまた寂しくなったのかもしれない。


「凛恋、俺だって寂しい」

「じゃあ!」

「でもダメだって昨日も話しただ――ッ!?」


 急に凛恋が唇を乱暴に重ねて来て、俺の体をベッドの上に押し倒す。

 上から覆い被さってくる凛恋は、俺に全体重を預けたまま、熱く濃厚なキスをする。

 凛恋のキスを受け入れ続けていると、体がカッと火照り思考はボウっとぼやけてくる。ずっと永遠にこのままで居たいと思えてくる。


「凡人……」


 凛恋が目から涙をポトポトと落として、絞り出した声で辛そうに俺の名前を呼ぶ。

 その凛恋に激しく胸を締め付けられた。


「ずっと一緒に居たいのに、一瞬だって離れたくないのに……離れなきゃいけないのが辛い」


 俺は凛恋の頭に手を置いて、ゆっくりと凛恋の頭を撫でる。


「凡人……好き……」

「俺も凛恋が好きだ」

「離れたくない……」

「離してないだろ?」


 凛恋を抱き締める腕に力を込めると、凛恋も俺にすがり付くように抱き締め返す。

 俺は覆い被さっていた凛恋をベッドの上に下ろして横になり、凛恋にガーゼケットを被せて真正面から抱き締める。


「凡人?」

「家に帰っても寂しくないように、凛恋を感じてるんだ」


 凛恋の温かさと柔らかさと甘い香りを体全体で感じて、感覚にしっかりと染み込ませ刻み付ける。そして心で噛み締める。

 明日から凛恋と会えるのは学校と二人で会えている時間だけ、それ以外はそれぞれの家に居る。その間も凛恋の存在を感じられるように必死になった。


「私もちゃんと凡人のこと感じたい」


 凛恋の手が俺の背中を抱き寄せる。俺は自分が凛恋に抱き寄せられている幸せを感じながら、限界ギリギリまで凛恋のことを感じていた。




 朝食を終えてから身支度を済ませてダイニングに戻ると、お母さんがコーヒーを淹れてくれた。そして、ソファーを勧められて座る。


「凡人くんが明日から居ないと思うと寂しくなるな」

「じゃあ、明日からも――」

「凛恋、ダメよ」


 お父さんの言葉に、目をキラキラとさせた凛恋が悪あがきをしようとしたら、お母さんのしっかりとした言葉にたしなめられる。


「凡人さんが居ないのは私も寂しいな。本当にお兄ちゃんが出来たみたいだったし」

「俺も本当の妹が出来たみたいで楽しかったよ」

「またいつでも泊まりに来てね!」

「まあ、機会があれば」

「私達はいつでも大歓迎よ」


 優愛ちゃんの言葉に、ニッコリ笑ったお母さんがそう言う。そして、お母さんにたしなめられてシュンとしていた凛恋は、俺にずいっと顔を近付けて真剣な顔をして言う。


「毎日がダメなら、毎週末泊まりに来てよ! 土日だけでも!」

「凛恋、凡人くんが帰って寂しいのは分かるけど、あまりわがまま言って凡人くんを困らせちゃダメよ」


 呆れ半分微笑ましさ半分といった表情で凛恋をまたたしなめたお母さんは、俺に笑い掛けた。


「ごめんね凡人くん。よっぽど凡人くんが帰るのが寂しいみたいで」

「いえ、もしお父さんお母さんが良ければ、今度は凛恋がうちに泊まりに来てくれれると嬉しいです。爺ちゃん達も喜ぶと思うので」

「じゃあ、私が毎週泊まりに行く!」

「凛恋」


 流石に調子に乗り過ぎだと判断したのか、お母さんが真剣に凛恋を叱りつけるように名前を呼ぶ。その語気に気圧された凛恋は小さく「ごめんなさい」と言って身を縮こませた。


「あの、お父さんお母さん、今日まで本当にお世話になりました。凛恋の側に居たいというわがままを聞いてもらって本当に感謝してます」

「いや、感謝してるのは私達の方だ。凡人くんには本当に助けてもらった」

「ええ、本当に、ただ感謝するだけじゃ足りないくらい感謝してます。凡人くん、本当にありがとう」


 お父さんとお母さんに頭を下げられて困った。


「凛恋、私の隣に座って」

「えっ? うん」


 頭を上げたお母さんがそう言うと、俺の隣に座っていた凛恋が立ち上がりお母さんの隣に座る。すると、お母さんがまた俺に頭を下げた。


「ふつつかな娘ですが、これからもよろしくお願いします」

「えっ? ママ!? キャッ!」


 お母さんが無理矢理、戸惑う凛恋の頭を下げさせる。そして、二人が頭を上げるとお母さんが真剣な表情で俺を見た。


「凛恋はしっかりしてるように見えてまだまだ子供みたいな子で、私も結構不安なところがあります。でも、凡人くんと出会って付き合うようになってから、随分としっかりしてくれるようになりました」


 お母さんは凛恋を穏やかな笑顔で見て、優しく撫でる。撫でられた凛恋は、顔を真っ赤にして気恥ずかしそうに俯いた。


「これから先はまだまだ長いけど、私は凡人くんが凛恋との将来を真剣に考えてくれていることが嬉しかった。だから、出来ればずっとこのまま二人が一緒に――」

「私達はずっと一緒に居るよ」「俺はずっと凛恋の側に居ます」


 俺と凛恋が同時にそう言ったのを聞いて、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。


「それなら安心ね」


 俺は、八戸家の玄関で挨拶を済ませると、八戸家の門を抜けて道路に出る。

 お父さんが車で送ってくれると言ってくれたが、今日は遠慮した。

 車で送ってもらうと凛恋が付いてきて、きっとより寂しさが強くなるからだ。


 ただいつも通りに戻るだけなのに、やっぱり寂しい。

 八戸家に泊まっている間、俺は普通の家庭に生まれた子供のような経験が出来た。

 朝起きたらお母さんが料理を作ってくれて、休みの日にはお父さんが居て、家族みんなで出掛ける。


 優愛ちゃんは当然妹だが、凛恋も恋人でもあり妹みたいだった。

 いつもは仲が良いのにひょんなことから姉妹喧嘩を始めて、それを俺が仲裁すると、二人共涙を浮かべながら謝り合って仲直りする。

 そんな風景を、日常を、俺は経験することが出来た。まるで、本当に家族が出来たみたいだった。


 これから先、二度と八戸家の人達に会えないわけじゃない。会いたければいつだって会える。

 今からだって戻ることはやろうと思えば出来る。でも、俺は足を自分の家に向かって進めた。


 ドスッ。


 その軽い衝撃を受けて立ち止まる。俺が自分の胴に視線を落とすと、細い腕が俺の体に巻き付くように後ろから前に回されていた。


「凡人」

「凛恋」

「今日の約束、忘れないでね」

「忘れるわけないだろ」


 今日は夏休み最終日。俺が家へ帰る日。そして、花火大会の日。だから、今日はまた凛恋に会える。


「しつこいって思われるかもしれないけど……チョー寂しい」

「しつこいなんて思わない。俺だって寂しいものは寂しい。どんなに割り切ろうとしても、凛恋と一緒に生活してた期間を忘れるなんて出来ないし、したくない。そんなことをするぐらいだったら、寂しさに耐えた方がいい」


 俺がそう答えると、前に回ってきた凛恋が背伸びをして俺の唇にキスをする。


「また後でね」

「ああ、また後で」


 俺は凛恋の腰に手を回し、背中を曲げて凛恋の唇に優しくキスをする。凛恋の寂しさを少しでも和らげられるように。




 再び俺が外に出た時は、既に空に浮かんだ太陽が沈みかけていて、空を赤く焼いていた。

 夕焼けすると、明日は晴れになるらしい。

 八月末と言っても、まだ今の時期は雨が降っても蒸し暑いし晴れても太陽の日差しが暑い。正直、どっちも嫌だ。


 俺は昼間に帰って来た道のりを、帰って来た時とは逆向きに歩く。

 今年の花火大会も栄次と希さんも一緒に行くことになっている。しかし、今年は四人ではなくて、優愛ちゃんとステラ、それから萌夏さん溝辺さん含めた凛恋の友達数人という大人数になる。


 二人きりで楽しむのも良いが、凛恋にとっては人が多い方が安心感がある。

 花火大会は人で混むということもあり、やっぱり大人数で固まった方が安全だ。


 集合場所は駅前になっているが、凛恋を一人で出歩かせるのは心配だ。だから、いつも通り凛恋を迎えに行く。

 優愛ちゃんは先にステラと合流すると言っていたから、駅前で合流するまでは別行動だ。

 それにしても、ステラと優愛ちゃんは随分と仲良くなった。

 ステラは凛恋と出会う前の俺と似たような単独行動タイプの性格だが、優愛ちゃんに引っ張ってもらえて色々と出掛けているようだ。

 今は俺と会うよりも優愛ちゃんと会ってる時が多い。


 凛恋は優愛ちゃんのお姉ちゃんだから、優愛ちゃんのことを頼りないとか危なっかしいと言ってよく心配している。でも俺は、優愛ちゃんは凛恋に似てとっても面倒見の良い子だと思う。

 ステラもきっと、相手が優愛ちゃんだから安心して引っ張られているのだろう。


 今となっては全く緊張しなくなった八戸家の門を抜けてインターホンを鳴らす。すると、玄関が開いて中からお母さんが出てきた。


「こんばんは」

「こんばんは、凡人くん」

「凡人っ!」


 凛恋の声が聞こえると、廊下に浴衣姿の凛恋が立っているのが見えた。

 紺色にピンクのアサガオ柄の落ち着いた浴衣。去年の花火大会と同じ柄。でも、今年は凛恋の髪色が黒いだけに、去年の華やかな艶っぽさではなく、落ち着いた清楚な色っぽさを感じる。つまり、めちゃくちゃ可愛かった。


「二人共、気を付けてね」

「はい」

「はーい。じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 お母さんに見送られて八戸家を出ると、凛恋が下駄をカコンッカコンッと鳴らしながら俺の腕に飛び付く。


「会いたかった」

「今朝会ったばかりだろ」

「そーだけど……会いたかった」

「俺も会いたかった。それで会いに来たら、凛恋が一段と可愛くてびっくりした」

「去年と同じ浴衣でごめんね」

「なんで謝るんだよ。凛恋の浴衣姿を見られるだけで幸せだよ。それに、去年とはまた雰囲気も違ってるし」


 改めて凛恋の全身を見て胸がドキドキと高鳴る。


 大和撫子。


 その言葉が浮かび、その後に胸元を見て思う。いや、慎ましやかという割りには随分と立派に育っ――。


「凡人、何考えてたの?」

「えっ!?」

「私の胸見てたでしょ?」

「いや……えーっと大和撫子だなと」

「はい嘘」


 凛恋にきっぱりと断言され、俺は困りながらどうしようかと迷った末に、周囲を気にして凛恋の耳元で囁く。


「そ、その……大和撫子は慎ましやかな女性って言うけど……慎ましくないなーと思って」

「慎ましやかじゃない? ……――ッ!? ちょっ!」


 凛恋が首を傾げた後、自分の胸に視線を下ろして真っ赤な顔をして俺に視線を戻す。そして、プクゥッと頬を膨らませた。そして、ニコッと笑う。


「凡人らしい感想」

「……それって褒められてる?」

「褒めてないわよ」

「やっぱりか……」


 クスクス笑う凛恋はわざと俺に胸を押し付けて、下からニヤニヤ笑って俺の反応を見る。

 これは大和撫子なんて穏やかな存在じゃない。男を魅了し惑わす悪――いや、凛恋は悪戯好きの女神だ。

 その美貌の破壊力で、気軽に男を惑わす美しい女神。ただし俺限定。ここは大事なことだ。


「いつも凛恋は可愛くて綺麗だけど、やっぱり浴衣って色気が出るよな」

「そう?」

「ああ、いつもより三割四割……いや、五割増しに色っぽい」

「嬉しい、ありがとう凡人」


 凛恋が照れくさそうに笑いギュッと俺の手を握る。

 二人で手を繋いで歩く道は、薄明るくて太陽はほぼ見えないのに昼間の熱が残っていてアンバランスさを感じる。

 隣に居る凛恋をチラリと見ると、同じように俺を見ていた凛恋と目が合う。


「凡人は帰ってから何してたの?」

「俺か? 俺は部屋で凛恋の写真見てたかな」

「えっ!?」

「夏休み中に撮ったやつを見て、夏休みにしたことを思い出してた」

「そうなんだ」

「凛恋は何してたんだ?」

「えっ、ええっとぉ~」

「凡人さんが泊まってた部屋で泣いてたよね~。お姉ちゃんは」


 その声が聞こえてパッと後ろを振り向くと、ニヤニヤと笑う優愛ちゃんと、ジーッと俺に視線を向けるステラが居た。

 優愛ちゃんは浴衣姿だが。ステラはノースリーブのワンピース姿だった。


「ゆっ、優愛! なっ、なんでここに!?」

「ステラと一緒に駅まで歩いてたら、途中でアツアツカップルを見掛けて」

「凡人の右側が空いて――」

「ステラ! 空いてないからね!」

「……凛恋のケチ」


 凛恋に止められたステラは不服そうに凛恋を見る。しかし、俺はそれよりも重要なことを確かめなくてはいけない。


「優愛ちゃん、凛恋が泣いてたって言うのは?」

「凡人! 聞かないで! 優愛も喋ったらダ――」

「優愛ちゃん、俺が許す。話してくれ」


 凛恋の言葉を遮り促すと、優愛ちゃんがニヤニヤ笑ったまま口を開いた。


「凡人さんが帰った後、お姉ちゃんが家の中に戻ってきたら、急に階段を駆け上がって行ったんです。それ見て、どうしたのかなーって思って様子見に行ったら、凡人さんが泊まってた部屋に凡人さんがくれたテディベアを持って行って、抱きしめながら泣いてたんですよ~。凡人、寂しいよ~って、ペンダントのロケットも握り締めてましたね~」


 優愛ちゃんは、見たことを洗いざらい全て話してくれたようで、話を聞き終えた俺は隣の凛恋に向ける。凛恋はうつむき、頬を真っ赤に染めていた。


「凛恋?」

「だって……寂しかったんだもん。仕方ないじゃん」


 か、可愛い! めちゃくちゃ可愛い! 凛恋がこんな子供っぽい反応をすることなんて、あまりない。だから、かなり貴重だ。


「凛恋……」

「また絶対に泊まりに来て。私も、お爺ちゃんとお婆ちゃんに許可もらって泊まりに行く」

「ああ」

「私も凡人の家に止まりに――」

「ステラはダメよ」


 後ろから会話にさり気なく……いや、かなり強引に混ざって来たステラに、凛恋が冷静な表情で返す。


「何故、私はダメ?」

「彼氏の家に他の女の子を泊まらせる彼女が何処に居るのよ! 常識的に考えておかしいでしょ!」

「凛恋、常識に囚われては駄目。常識に囚われては人は成長出来ない」

「なんか良いことっぽく言ってもダメよ! 絶対に騙されないからね! いったい、ステラは私をどの方向に成長させる気よ」

「私と凡人が愛し合うことを許容出来る心の大きな――」

「そんなことを許すくらいなら心が狭くて結構よ!」


 相変わらずのステラと、そのステラにツッコミを入れる凛恋を見ていると、反対側からチョンチョンと肩を突かれる。


「凡人さん、近いうちに本当にまた泊まりに来てくださいね。お姉ちゃん、本当に寂しくて辛そうだったんで」

「ああ、またお世話になる時はよろしく」


 小声で話す優愛ちゃんに小声で返すと、反対側からグイッと腕を引っ張られる。


「彼女に内緒で何話してたのよ!」

「今度泊まりに行く時はよろしくって言っただ――」

「次いつ来る!?」


 急に目を輝かせテンションをグンっと上げた凛恋に、俺は困りながら少し悪戯心を芽生えさせて答える。


「未定だ」

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