【三二《穏やかな日》】:一
【穏やかな日】
俺は部屋の荷物を片付けて、ダンボール箱に詰め込む。その作業をやりながら、テーブルの上に広げたアルバムを囲む三人に視線を向ける。
「わー! ちっちゃい頃の凡人くん可愛い!」
「ホントホント! 女の子みたい!」
「この頃は、ちゃんと笑ってたんだな、カズも」
今日は、田丸先輩が俺の家に引っ越して来る日で、俺はその引っ越しのための引っ越しをしなければいけない。
爺ちゃんも婆ちゃんも凛恋に甘いから、女子と一つ屋根の下になることが心配という凛恋の気持ちを考えて、庭の奥に離れを建てた。
離れという言葉を使うと高級そうだが、総工日数一日未満のプレハブ小屋だ。まあでも、冷暖房は付いているし、この部屋よりも若干広くなった。
今日は、そのプレハブ小屋への引っ越しを三人が手伝ってくれる。はずだったのだが、アルバムを見付けてから一切手伝う気が見られない。
人の昔の写真を見てあーだこーだ言っている三人を放っておいて、俺は適当にダンボール箱へ物を詰め込んで立ち上がる。そして、盛り上がる三人を置いて部屋を出た。
プレハブ小屋は母屋と繋がっているわけではないから、一旦靴を履いて庭に出なければいけない。
俺はプレハブ小屋の前にたどり着くと、出入り口の屋根の下に置かれた靴箱に靴を押し込む。そして、ドアを開けてプレハブ小屋の中に入った。
プレハブ小屋の中は建築資材の匂いがして、まだ自分の部屋という実感はない。そして、部屋の奥には真新しいパイプベッドが置かれていた。
今までは畳の上に布団を敷いていたが、プレハブ小屋の床は硬いフローリング。床下にはちゃんと断熱材は入っているものの、流石にフローリングの上に布団は寒いし痛いということで、ベッドを買うことになった。
この部屋に収納スペースは無い。だから、押し入れの中に物を適当に詰め込んでおくことが出来なくなってしまった。
そのせいで、本当に必要なものだけをここに運び込み、後の物は倉庫に仕舞うしかない。それを聞いた三人が自ら手伝うと言ってくれたのだが、そんなことも忘れて三人は楽しんでしまっている。
「凡人、運ぶなら言ってくれればいいのに」
「楽しそうにしてたから声を掛け辛かったんだ」
ドアが開く音が聞こえて、プレハブ小屋の中に凛恋が入ってくる。そして、ベッドの上に座った俺の横に座る。
「あー、チョー不安」
「大丈夫だって」
「誘惑されても負けちゃダメだからね!」
「負けるか」
「でも、凡人ってエッチだからなー」
ベッドの上で凛恋が俺の手を握って体を寄せてくる。その凛恋の腰に手を回して抱き寄せ、俺は凛恋の頭を撫でた。
「こんなに可愛い彼女が居るんだから大丈夫だ」
「それでもやっぱり心配。だから、これからはもっとラブラブしようね」
腕を抱いた凛恋の胸が二の腕にムギュッと押し付けられる。そしてミニスカートの裾からは綺麗な足が伸びているのが見える。
その綺麗な足の付け根にある柔らかい太ももに手が伸びる。何度も触れていても、そのスベスベとして弾力のある触り心地は飽きない。
「ほら、やっぱり凡人はエッチじゃん」
「凛恋だって胸を押し付けて誘惑しただろ」
「えヘヘっ、だって凡人に触ってほしくなったんだもん。でも、続きは後でね。流石に希達も居るんだし」
「わ、分かってるって」
ニコニコと笑う凛恋の太ももから手を離して、焦りながら言う。
ヤバい、続きがあるって考えただけでドキドキしてきた。
俺が気を紛らわすためにダンボール箱の中の物を出していると、横から凛恋が俺の唇に軽いキスをした。そして、赤らめた顔で笑う。
「気を紛らわせてなんかあげないし。続きするまで、ずーっとドキドキしといてね!」
栄次と希さん、そして凛恋の助けを借りて部屋の片付けと掃除を終えた俺は、息を吐いてすっからかんになった部屋を見渡す。
「ありがとう。三人のおかげで思ったよりも早く終わった」
「どういたしまして」
「ううん、凡人くんの昔の写真も見られたし」
「私は彼女として当然よ」
「じゃあ、これから――」
「俺と希はデートがあるから」
俺が昼飯でも一緒に食べようと提案する前に、栄次が希さんの手を握ってそう言う。そして、希さんはチラッと凛恋に視線を向けた後、俺を見てニコッと笑う。
「そういうことだから。ごめんね」
「いや、二人きりにしてくれてありがとう」
希さんと栄次にそう言うと、二人は手を振って慌ただしく帰って行く。その二人を見送った凛恋は、困った笑みを浮かべて俺を見た。
「凡人、気を遣われた上にからかわれたわね」
「だな」
分かりやすく気を遣って二人が俺達をからかったのは明白だ。しかし、その気遣いは友達として受け入れやすい気遣いで助かった。
俺は凛恋の手を握り、庭の奥にある新しい俺の部屋まで引っ張って行く。
「ちょっ、凡人。デートは?」
「世の中には家デートって言葉があるだろ?」
「そうね。…………凡人のエッチ」
「まだ何もやってないだろ!」
「まだってことは、これからする気なんだー」
ニヤニヤ笑いながら言う凛恋を連れて部屋に入った俺は、凛恋の方を振り返って凛恋の顔をジーッと覗き込む。俺をからかっている凛恋の顔は真っ赤で、俺と目が合うとさっと視線を逸らした。
「彼女に視線を逸らされると傷付くんだけど」
「だ、だって」
「だって?」
凛恋の言葉をそのまま返して尋ねると、凛恋は体の前で両手を握って指先をモジモジとイジりながら、視線を上に向けて上目遣いで呟く。
「恥ずかしくなったの!」
恥ずかしさに耐え切れなくなった凛恋が、そう叫んで両頬を膨らませる。その凛恋のちょっと尖った唇を、俺は上から塞いで腰を抱き寄せる。腰を抱いて凛恋の逃げ場を奪ったつもりだったが、凛恋は俺の両肩に手を置いて、俺のキスに応えてくれる。
さっきお預けを食らったのだ。これから外に出てブラブラしてからなんて待てるわけがない。
「ぷっはぁっ! 凡人、キス長過ぎ! 息が止まるかと思ったし!」
唇を離した凛恋が大きく息を吸って、赤ら顔で俺に不満そうな声で言う
「ごめん、つい」
「もー、凡人はキス上手くて止め時が分かんないんだから勘弁してよー」
ニーッと笑う凛恋が俺の腰に手を回してギュッと抱き締める。俺はそのままベッドに座り、凛恋の体を支えたまま凛恋と一緒にベッドの上に横になる。
「キャー、ベッドに連れ込まれたー」
凛恋がケラケラ笑ってパタパタと手足を動かしながら悲鳴を上げる振りをしながら言う。その凛恋をベッドの上に敷いた布団の中に引き摺り込んで前から抱き締める。
「連れ込むってのはこういうことだぞ」
「へー、それでー? エッチな凡人は次は何をするのか――ンンッ!?」
凛恋の体を引き寄せたまま、再びキスをする。そして次は長くしても息が止まらないように、息継ぎをしながら何度も唇を重ねる。
「ヤバ、チョー体熱くなってきた」
「服を脱ぐか?」
「まだ早い」
俺がそう聞くと、凛恋が軽いデコピンを俺のおでこに食らわす。僅かに痛むおでこを手で撫でようとすると、その前に凛恋の軽いキスがおでこにチュッと当たる。
「これで痛くないでしょ?」
「それ、ズルいな」
布団の中で凛恋の手を握り、おでことおでこを付けて凛恋の顔をジーッ見詰める。
俺と凛恋はこうやって、一緒に布団に入ってイチャイチャとすることはよくある。
俺が凛恋とそうしたいのはもちろんだが、凛恋もそうしたいと言って誘ってくれる。
これが普通なのかは分からないが、俺はこうやって凛恋とイチャイチャすることが楽しい。そのまま二人で寝てしまうことも多々ある。
「今日は寝ないようにしないとな」
「だよね。凡人と一緒に布団に入ってると安心しちゃってすぐ眠くなるし、私も気を付けないと」
凛恋は抱き締めると温かいし柔らかいし、それにホッと安心する。だからついついリラックスしてしまって眠気が来てしまうのだ。でも、それも悪くはない。
「そういえば、うちも文化祭の準備が始まったの」
大体、文化祭はどの高校も同じ時期にある。だから刻雨の文化祭が刻季の文化祭と近くても何も変ではない。
「凛恋達は何するんだ?」
「うちのクラスは喫茶店よ。萌夏の家は喫茶店だし、失敗は無いわね」
「実家が店とかやってると、文化祭の出し物もやりやすいな」
切山さんの家は凛恋と希さんが友達と一緒に女子会で使うと言っていた。切山兄に良い印象は全く無いが、凛恋の友達の切山さんは良い人だった。
「でも、ただの喫茶店じゃなくて、メイド喫茶なの」
「は、反対だ!」
思わず凛恋の言葉に反対してしまう。でも、それは当然のことだ。
メイド喫茶というのは、ウエイトレスがメイド服を着て接客する形態の喫茶店を言う。そして、その喫茶店でメイド服を着て接客するのは、マニアックな店ではない限り女性だ。更に、そのメイド喫茶には、メイド服を着たウエイトレス目的の客が来店する。
メイド喫茶側もそういうことを理解しているから、来店する男性客は『ご主人』と呼び、女性客は『お嬢様』と呼ぶ。他には、提供する料理に美味しくなる魔法なる言葉を掛けたり、メイド服のウエイトレスと写真を撮ったりもするらしい。
そのことを総合して考えると、メイド服を着た凛恋が、何処の馬の骨とも知れない男の下心に曝されるということになる。
そんなの、絶対に許せるわけがない。
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