【二六《そして始まる》】:一

【そして始まる】


 床に寝転び足をパタパタと動かしながら、凛恋は俺におしりを向けて携帯ゲーム機を手にブツクサと文句を言っている。


「もー、何で私には古の勾玉出ないのよぉー」


 古の勾玉とは、ファンフューに出てくるツチクレノカミという、土偶っぽいボスが稀に落とすレアアイテムだ。

 そのレアアイテムは今後のボス攻略に役立つ武器と防具の素材になる。しかし、レアアイテムと呼ばれるだけあってなかなか落とさない。


「ファンフューは素材の交換が出来ないからねー。私と凡人さんはそこそこ出てるけど」


 テーブルにぐたーっと体を載せる優愛ちゃんは、凛恋と同じくゲーム機を手にこっちは疲れた声で呟く。

 まあそれも仕方ない話で、朝九時過ぎに来てから、一七時過ぎの今の今までツチクレノカミを倒してることになる。いったい、何体倒したのかも――。


「三二回倒して一個も出ないとか、マジあり得ないし……」


 凛恋はきっちり数えていたらしい。


「まあ、出ない時はとことん出ないからな。そのうち出るって」

「でもその防具、欲しい……」


 凛恋は頬を膨らませて俺のゲーム機の画面を睨み付ける。

 凛恋が欲しがる防具は、土偶とは関係無さそうな巫女装束を可愛くアレンジした見た目の装備になっている。そして、今、俺のキャラクターが装備しているのが、その装備だ。

 まあ、作るのに苦労するだけの性能的な価値も高いが、凛恋はその見た目に惹かれたらしい。それで、怒涛のツチクレノカミ、三二体となったわけだ。


 ファンフューを終了して、テーブルに置いたお茶を飲んでいると、隣に座る優愛ちゃんがスマートフォンの画面を見せてきた。画面にはインターネットのブログ記事が載っていて、ファンフューの次回作の情報を纏めた記事だった。


「ファンフューセカンド、今度は飛行戦があるらしいね」

「そうなんですよ! 今はジャンプだけだけど、次は空飛んで戦えるなんて燃えますよねっ!」

「飛行戦が入ると、敵の動きももっと面白くなりそうだしね」

「楽しみですねー! 発売は来年の春って言ってましたし!」


 優愛ちゃんと話していると、右側から服の袖を引っ張られる。視線を右側に向ければ、凛恋がふくれっ面で俺の顔を睨み付けていた。


「彼女の前で彼女の妹とベタベタしない」

「いや、普通にファンフューの話をしてただけだって」


 何故か妹の優愛ちゃんに嫉妬している凛恋をなだめていると、隣から優愛ちゃんのフッと笑う声が聞こえた。


「凡人さーん、明日はうちでやりましょーよー」

「あっ! 何してんのよ優愛ッ!」


 優愛ちゃんが俺の左腕を抱き締めてニターっと笑う。その笑みは、俺ではなく凛恋に向けられている。どうやら凛恋をからかう気らしい。


「凡人、場所替わって」

「分かった」


 プリプリ怒った凛恋が俺と場所を入れ替わり、優愛ちゃんの両頬を両手でムギュッと摘む。

 凛恋に頬を摘まれた優愛ちゃんは、フガフガと声にならない声を漏らしながら必死に抵抗していた。相変わらず仲が良い。


「お姉ちゃんの彼氏の腕を抱くとか一〇〇年早いってのっ!」

「暴力反対!」


 手を離された頬を両手で擦りながら、若干の涙目で優愛ちゃんが申し訳程度の抵抗でそう言った。


「凡人も凡人よ! 優愛に腕抱かれてニヤニヤしちゃってさー」

「ニヤニヤなんてしてないだろ。まあ、妹みたいで可愛いとは思うけど。優愛ちゃんも毎回負けるんだからちょっとは方向性を変えて対抗しないと」


 完全に飛び火してきた凛恋の怒りに俺はそう二人に言う。俺は巻き込まれただけなのに酷い話だ。


「そう言えば、優愛どうすんのよ」

「え? 何が?」

「人の彼氏にちょっかい出してる場合じゃないでしょ」

「あー、あれねー」


 凛恋が腕を組んでフゥっと息を吐きながら優愛ちゃんを見る。そして、最初はなんの話か分かっていない様子だった優愛ちゃんも、最後は思い当たった反応をした。

 しかし、顔が辟易とした表情で、どうも好意的な話ではなさそうだ。


「何かあったのか?」


 俺が恐る恐る凛恋に尋ねると、凛恋は優愛ちゃんの右頬を右手の人差し指で突きながら言った。


「登校日に、同級生の男子三人に告られたんだって」

「ちょっ! 何でバラすしっ!」


 凛恋がニヤッと笑って言うのを見ると、優愛ちゃんへの仕返しらしい。

 凛恋に告白されたことを暴露された優愛ちゃんは、顔を真っ赤にして俯く。実に初々しくて可愛い。


「でも、三人からも告白されるなんて良いことだと思うよ」

「で、誰かと付き合うのかどうかって話だったんだけど、どうなったのよ」


 グリグリと頬を突かれる優愛ちゃんは不服そうな視線を凛恋に向けながら、ボソッと口にする。


「全員振った」

「あーら勿体無い。サッカー部のキャプテンにバスケ部のエース、それから学年成績二番の秀才だったんでしょ?」

「いいでしょ別に。全然タイプじゃなかったし」


 プイッと顔を逸らす優愛ちゃん。しかし、告白された相手が凄過ぎる。

 サッカー部のキャプテンやバスケ部のエース、学年成績二番といえはもの凄くモテそうな三人だ。その三人から好かれるということは、やっぱり優愛ちゃんは相当モテるようだ。


「優愛って見掛けは良いし頭も良い。その上、ゲームを始めて男子とも話が合うようになったからモテ始めたのね。性格は結構キツいけど」

「お姉ちゃん、それって私にチョー失礼だし! 好きな人じゃないと付き合うとかあり得ないから振ったの。それにさー、中学生の男子ってガキじゃん? 渡り廊下とか階段で女子のスカートが捲れるの待ってるし」


 優愛ちゃんの言葉を聞いて、俺は苦笑いを浮かべる。……優愛ちゃん、高校生の男子もその辺はあまり変わらないぞ。


「でも、優愛はそうだと思った。適当に付き合ってみるかって性格じゃないもんねー、優愛は」


 ワシャワシャと優愛ちゃんの頭を撫でる凛恋はニコニコと笑っている。姉らしい優しい笑みで、優愛ちゃんは撫でられていることに恥ずかしがってはいるものの、不服そうではなかった。


「中学最後の夏休みだから、男子も焦ったのかもしれないな。卒業しちゃうと離れ離れになっちゃうし」

「いや、うちの中等部はそのまま高校に進学するから離れ離れにはならないわよ。まあ、外部受験する子も居るけど」

「そっか。あれ? 凛恋は受験したんだよな?」

「そう。私は別の中学だったからね。優愛は頭良かったから中学受験したけど、私は頭良くないからフツーの公立中だったし」

「そうか。でもそのまま高校に進学したら優愛ちゃんもっとモテるだろうな」


 高校に進学すると急に男子も女子も色めき立つ。別に何か高校に上がることで解禁されることはないが、中学から高校に上がったというだけで大人になったような気分になるのだ。

 それでやれ彼氏が欲しい、やれ彼女が欲しいと言い始める。


 中学時代からモテているのだから、そういう恋愛に関して積極的になる高校に上がれば、今より優愛ちゃんは男子にモテるだろう。


「告白されても良いことないですよ。友達には羨ましいって言われるけど、断るのも結構神経を使いますし」

「また羨ましい悩みだね」

「……羨ましい?」

「ん?」


 ため息を吐いた優愛ちゃんに何気なく掛けた言葉に、凛恋がとても冷たい声と表情で反応する。また何か俺は地雷を踏んだらしい。


「凡人は女の子からいっぱい告白されたいんだ。へぇー、ふぅーん、そーなんだ」

「何だよ、そのいかにも言いたいことがありますって言い方は。別に人から好かれるのは良いことだろ?」

「今のはいかにも女の子にモテたいって言い方だった」

「俺が、人が苦手だって知ってるだろ。それに凛恋以外に告白されても断るしかないから困るだけだ」

「そ、そっか……。そうだよね! 変なこと言ってごめん」


 凛恋が右手を俺の左手に重ねる。そして、ペアリングを指でなぞるように触れて微笑んだ。


「あのー、私が居るの忘れないで下さいねー。お姉ちゃんと凡人さんのキスシーンを見せられても困るし」

「優愛に見せるわけないでしょ」


 優愛ちゃんの額を指で弾いた凛恋がニーッと笑う。そして、優愛ちゃんをからかいながら、右手を俺の左手に絡めた。



 凛恋と優愛ちゃんを送るために一緒に家を出て、いつも通りの場所で優愛ちゃんが空気を読んで先に帰って行く。

 まあ空気を読むと言っても、毎回「出来る妹はここで空気を読んで先に帰るねー」と言って帰っていくので、若干のからかいは含まれている。


「あのさ、か――」

「凛恋、夏休みの終わりにある花火大会に行かないか?」

「…………先に誘われたし」

「こういうのは男からだろ?」

「だって、この前の夏祭り一緒に行けなかったから……本当にあの時は――ッ! 凡人!?」


 俺は凛恋の手を引っ張り、近くにあるいつも寄る公園に入っていく。

 いつもはベンチに座って話をするのだが、今日はベンチの前を通り過ぎて、奥の方にある幹の太い木の陰に凛恋を連れて行く。そして、幹に凛恋の背中を付けさせ、俺は真正面から凛恋の顔を見詰めた。


「もうあの時のことは気にしなくていいって言っただろ?」

「ごっ――……」


 腰を曲げて、下からすくい上げるように凛恋の唇を塞ぐ。凛恋は一瞬体を強張らせたものの、すぐにスッと力を抜いて両手を俺の首に回した。


 凛恋はまだ、あの日のことを気にしている。

 もう、お互いのすれ違いのことは解決した。でも、俺以外の男の人と夏祭りに行ったことを後悔しているようだ。


 確かに、あの時はショックだった。凛恋と切山兄が一緒に歩いているのを見て、悲しさに耐えきれなくなった。でも、ちゃんとその時も凛恋は俺のことを想ってくれていたと分かったから、俺はもう気にしないことにした。でも、凛恋はまだ後悔し続けている。


 ゆっくり唇を離すと、息が上がった凛恋は、俺の顔を涙目で見上げる。俺はそんな凛恋を抱き寄せて、頭を撫でた。もっと強く激しく抱き締めたい衝動をなんとか抑え、凛恋の体を解放する。しかし、開放した途端、凛恋が自分からしがみついてきた。


「ありがと、凡人」

「どういたしまして」

「花火大会、楽しみにしてる」

「ああ。凛恋が居るなら俺は何でも楽しみだ」

「……その言い方、ズルい。私だって凡人と一緒なら何でも楽しいし」

「まっ、その前に栄次の家でお泊まり会があるからな」

「だね。後三日かー」


 三日後に栄次の家でお泊まり会がある。俺は当初、高校生の男女がお泊まり会をするのはマズいと反対した。が、ことごとく三人の親が許可し、俺の爺ちゃん婆ちゃんも許可するものだから、反対する理由がなくなってしまった。

 でも、俺もお泊まり会というものをしたい気持ちはあったから、素直に嬉しいし楽しみだ。


「ご飯は何にしようかなー」

「凛恋は何を作っても美味いし大丈夫だろ」

「うーん、希にも出来そうなやつにしようかなって。希も喜川くんに手料理を作りたいだろうし、喜川くんも希の手料理を食べたいだろうし」


 俺を抱き締めたまま、凛恋はそう言ってはにかむ。そして、俺がその笑顔に見惚れている隙に、俺は唇を奪われた。

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