第38話 期待と結果 合宿一回戦

 伊奈梨のホームランによって二点の先制を許したものの、その後の五番の北条はしっかりと打ち取ることに成功した。


 悪い結果かもしれないが、巧としてはまだ納得のいく内容だ。

 二番の夜狐と四番の伊奈梨からは打たれてしまったものの、一番の紗枝からは三振を奪い、三番の楓も当たり自体は打ち取ったものだった。五番の北条も打ち取っている。

 今日が初めての登板ということを考えると、決して責められる結果ではない。


「お疲れ様」


 戻ってくる選手たちに、巧は声をかける。

 もう一イニング終わったのだ、あと二回しかない攻撃で二点を取り返さなければいけない。そのことに選手たちは重苦しい雰囲気だ。


 ただ巧は、そこまで難しくは考えていなかった。


「この回から夜狐は代わる。追いつけばこっちのものだ」


 今回の特別ルールである、メインポジションがピッチャーの選手は三イニング中、一イニングだけしか登板できないというルールを考えると、あとは初めてピッチャーをやる選手しか出てこない。

 対して明鈴はあと一イニングは煌に引っ張ってもらうが、ラストはピッチャーメインの選手で締めることができる。


 そしてマウンドに上がったのは、セカンドに入っていた早川雅だ。夜狐はそのまま交代でセカンドに入る。


「夜狐、楓、白坂さんは上手いからミスも多くはないだろう。ポジションに不慣れなことを考えるなら、まずは外野に飛ばすことを意識していこう」


 相手の弱点を狙っていくというのは気分が良いものではないが、この試合はそういうものだ。弱点を突かれてもどうやって対処していくのか学ぶという意味もある試合だ。

 そして鳳凰もこちらの弱点を狙っているだろう。

 互いに練習のために、弱点を突き合うことがこの試合に意味を持たせるのだ。


「この回とにかく一点。それだけを考えていこう」


 俺はベンチの選手たちにそう声をかけると、選手たちは一斉に返事をした。




 五番の瑞歩が打席に入る。

 現状の瑞歩では五番は荷が重い。そう巧は考えている。長打はあるがあまり当たらないため、下位打線に置けば相手にとって怖いバッターだろう。


 しかし、夜空や珠姫が抜けた穴は大きい。現状は下位互換とはいえ、光は由真の穴を十分に埋めてくれている。ここは順当に成長さえすれば、三年時には同等くらいの戦力で考えられる。

 ただ、夜空と珠姫の代わりになる選手はいないのだ。

 長打力という点では亜澄を置いているが、二人には到底及ばなければ、元々レギュラーだったため代わりというわけでもない。

 司も成長しているが、どちらかと言えばアベレージ型……ヒットを量産して打率を残すタイプだ。そんな司に、無理に長打を狙わせても打線が繋がらずに終わるだけだろう。ヒットの延長線上での長打や、成長して自然と長打が増えてくれば良いと考えているため、これ以上の注文は負担が大きいだろう。


 そうなると期待がかかるのは、元々長打に長けている瑞歩だった。

 珠姫や夜空のように安定した打率で長打を打てなくてもいい。極端な話、打率二割でホームランを量産するか、打率二割五分でホームランがたまに出て長打が打てる選手が欲しいのだ。


 だからこそ、ではなく、選手として、今回瑞歩を起用した。


 そしてその瑞歩は見事期待に応えた。


「ライト!」


 二球目の外角へ甘く入った球を弾き返す。右中間を破る大きな打球は、すぐにフェンスまで到達する。当然相手の守備は打球に追いつけない。

 瑞歩が一塁を回った時に相手ライトはようやく打球に追いつき、二塁に到達して少ししてから送球が二塁に届く。


「ナイバッチ!」


 長打を……と考えてはいたが、引っ張り方向ではなく流す方向への強い当たり。巧が今一番求めていた長打だ。

 打った瑞歩は二塁上で小さくガッツポーズをしている。先ほどの守備、ミスと言えるほどでもなかったが、今までセカンドを守っていた夜空や鈴里であれば追いつけるような打球に瑞歩は手も足も出なかった。

 その悔しさを力に変え、瑞歩はバットを振った。そして悔しさがあるからこそ、喜びを抑えた控えめなガッツポーズだった。


 相手がメインでピッチャーをしていない選手とはいえ試合中で打てたのは、今後に繋がっていくだろう。

 打てるというイメージが大切なのだ。


 そして続くのは六番に入る黒絵だ。

 黒絵にも長打の期待はでき、破壊力だけであれば瑞歩以上と言える。

 ただ、ピッチャーとしての期待が大きい分、バッティングは二の次だと考えていた。現状の『一発がある』というだけでも、下位打線に置いておく分には十分だからだ。


 今日はファーストだが、それはピッチャーと外野をメインでしているため、左利きの黒絵を使えるポジションが限られていたからだ。伊奈梨のように内野を守る器用さもない。

 そうでなくとも、元々黒絵をファーストで起用するというプランはあった。

 ピッチャーとしての負担が大きく、それでも黒絵の長打を期待したオーダーを組むことがあるかもしれない。その強肩は魅力的だが、外野という広い守備範囲を任せるのには練習することが多すぎる。

 高校野球である以上、ピッチャーでもバッティングはほぼ必須項目となってくる。黒絵にバッティングでこれ以上の期待をかけるわけではないが、さらに外野守備となれば期待するピッチャーでさえも中途半端になりかねない。

 普通の練習だけで外野守備が上手くなればこの上ないが、ファーストをすることによって負担を軽減できるのであれば、黒絵にとっては最適だと巧は考えている。


 ただ、現状はまずバッティングだ。今はあくまでも黒絵の長打に程度の考えだが、もし結果を残すのであれば

 それを見極めるための一つの機会。


 ワンボールワンストライクからの三球目。黒絵のバットは快音を響かせる。


「レフト!」


 甘く入った球を仕留めにいったという打球。大きく上がったその打球は、軽々とフェンスを越えていった。

 ……しかし、打球はファウルゾーンだ。


「ファウル! ファウル!」


 あわやホームランという打球を放つものの、結果としてはファウル。

 飛距離を出せるということは参考にはなるが、タイミングが合っていないということにもなるため判断に難しい。


 その後、大きなファウルによって警戒した相手バッテリーは際どいコースを攻め、フォアボールとなった。

 球は見れていると考えられるが、正直なところ黒絵以上に選球眼の良い選手は多いため、参考にならない打席となってしまった。


「とりあえず保留かな……」


 貴重な試合。変則で相手ピッチャーはピッチャーとしての練習をしていないということはあるが、試合形式で打てるかどうかというところを見極めることができる。


 選手にとっては経験になるが、巧にとっても選手の使い方を考える良い機会なのだ。


 上位打線の陽依、白雪、伊澄、司に関してはレギュラーほぼ確定と言っていいほど巧は信頼をしている。

 白雪は目立ったところはないが、安定した守備があるだけでも十分に信頼ができ、守備負担の大きいショートにも関わらずバットコントロールは部内でもトップクラスだ。あとはパワーがあればポジションの違いはあれど、バッティングとしては夜空に代わる選手と言ってもいいだろう。


 ただ、レギュラー確定だった選手でも他の選手次第では考え直さなければいけない選手もいた。

 それが打席に入ろうとする、七番に入っている七海だ。


 七海はバットコントロールと選球眼を評価しており、夏の大会では上位打線やクリーンナップを任せることも多かった。

 しかし、その夏の大会ではあまり結果を残せていない。正確に言えば打てる時もあるが、今までの成績を考えると物足りない。

 成長している他の選手と比較して、七海……そしてレギュラーメンバーとして四番を任せる亜澄は停滞気味だった。


 しばらくすれば秋の大会もやってくる。

 レギュラーの立ち位置を盤石なものとするため、この合宿で一つ、何かを掴んで欲しい。

 巧はそう思っていた。

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