第19話 喫茶店

街の雑踏は、心が弾むようになる時と鬱陶しさが頭から離れなくなるときの二つのパターンがある。今回は、珍しく前者のパターンだ。

ジーンズが久しぶりに歩く俺を見て『え、まじで?』と驚いているように足に馴染んでいない。しばらく歩かないとこれは、直りそうにない。

平日の街中は、休日とは違い所々、人の少ない部分がある。その場所が存在するから満員電車みたいな窮屈な場所が嫌いな俺が少しだけ心が弾んでいる理由なのだろうな。だけど、少しだけ不安な部分がある。それは、綺麗なみかんに少しだけ、色が荒んだブニョブニョした部分が広がっていくみたいに俺の心を徐々に侵食してきているみたいだ。あー、だんだんと帰りたくなる気分が広がってきた。このままでは、気分が悪いので早く目的地まで行こう。

俺は、雑踏の中をひたすら前だけを見て目的地に進んだ。普段は、見慣れないビルや高級マンションやショッピングモールが立つ中を景色を少し楽しみながら足を運んだ。

しばらく歩くと、事前に伝えられていた場所の近くまでやってきた。

「やっと着いた。本当にここで合っているのか?」

そこに合ったのは、古びたレトロな雰囲気が漂う喫茶店だった。都会の真ん中で一人だけ古い時代に取り残されたような場所だ。

半信半疑の中、俺は中に入った。

『カランカランカラン』と入口の年季の入った猫がモチーフの鐘が鳴り、お店の中の人に新しい客が入ったことを知らした。自分に注目が向けられるみたいで慣れてない回感覚になった。

「いらっしゃいませ!」とお店の店長であろうエプロンを付けた初老の男性が言ってくれた。その後に、最近よく聞いたことのある声が聞こえてきた。

「いらっしゃい。ちゃんと約束の時間に来たのね」

九能一花は、店長と同じエプロンを付けていた。大学にいる時とは、雰囲気の違うホワイトな感じの服を着て接客をしていた。そこには、学校で北極姫という変なあだ名をつけられている哀れな女の子の姿はなかった。むしろ、キラキラ輝いてお客様に優しく接している春の太陽みたいな笑顔をする振る舞いをする姿がそこにあった。

それを見て俺は、『こいつ二重人格なんじゃないの?』と不安になってしまった。俺の知っている九能一花は、もっと人に冷たく、ぞんざいな扱いをして、めんどくさいワガママを突き通うそうとする小学生以下の幼稚園児といい勝負をするような女だ。あと、やけにバイクに詳しい変なやつだ。

今日なぜ、ここにきたかと言うと、北極姫にここに来いと呼ばれたのだ。理由は、きてから話すと言って、前日の深夜11時この前渡した俺のラインに送られてきた。相変わらず、人に気を使わない女だ。

でも、まさかこんな小洒落た喫茶店でアルバイトをしているとは思わなかった。さらに、普通に働いているなんてもっと思っていなかった。

「まさか、バイト先に呼ばれるとは、思わなかったよ。てか、バイトしてたんだ」

「この店は、高校生の時からやってるわよ。バイク乗りには、お金がいつの時代も必要よ」

「いつの時代って‥、お前いくつだよ?」

「今年ラストティーンの一九歳です!貴方も同じ年でしょ」

何だろう、こいつがいっぱいバイクのこと知っているからか、少し年上感を抱いているんだよな。こんなこと、知られたら恥ずかしいから言わないようにしよう。

「ところで、今日は、何で呼んだんだ?」

「あー、そうね。とりあえず、空いている席に座っといて。あと、少しでバイトの休憩時間になるから」

そう言うと、北極姫に空いている奥の席に案内された。そして、『コーヒーは平気?』と言いながら、メニュー表をくれた。

そういえば、もうお昼だ。何か軽食でも食べるか。

「ミックスサンドイッチとこのアメリカンブレンドコーヒーを一つ頼む」

「かしこまりました。少々、お待ちください」

手書きの伝票にさっさと注文を取り、北極姫はキッチンのカウンターに向かった。

そして、店長らしい男性に明るく見たことのない笑顔で注文を伝えていた。その姿を見て普通に可愛いと思ってしまう自分がいることにお冷を飲みながら気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る