トラベル・ラビット

黒バス

第1話 出会いもなけりゃ、自立心もない人間です

 眠い。今は、とにかく眠い。眠すぎて砂糖も何も入れてないブラックコーヒーを飲んでも五分足らずで睡魔がやってきて、モンスターエナジーをがぶ飲みしても二分足らずで睡魔がやってきそうだ。

「はい、ここの所が重要なのでノートに残しておいてくださいね」

 黒板に先生が古文書みたいな汚い文字で何か書いている。これが余計に睡魔を呼んでしまう。そして、この誰の感にも触らないような声だ。これにより、俺のまぶたは、自然と閉じてしまう。もう無理‥だ‥少し寝る。

「ちょっと、起きなよ。まだ、講義中だよ」

「許せ、牡丹よ。俺は、ここで終わる運命だったんだよ」

「何、こんなところでかっこつけてんのよ。あと、十五分で終わるからほら起きて」

「無理だよー、もうまぶたが十五キロぐらいのダンベルぐらい重いよ」

「何その例え方。意味わかんない」

「だから、五分だけでも僕を寝させてくれ。だいたい、一時限目から授業入れるのがおかしかったんだよ」

 この授業は、俺の本意で取った訳ではなく、牡丹の付き添いで取った。だから、僕の心は、全くワクワクしないし、頭も活性化しない。だいたい、講義名の「これからの生活に活かせる倫理Ⅰ」とか何だよ。

 ソクラテスやニーチェなど世界中の名だたる思想家の有難い教えを話しているが正直言ってどうでもいい。その言葉が書かれている本に鼻くそを付けてもいいと俺は思っている。

 俺が知りたいのは、楽して稼げて人生を面白おかしく馬鹿らしく過ごせる方法を教えて欲しい。そのヒントでもいい。この全人類が長年考えている命題について俺は、真剣に答えを探そうと思っている。

 俺は、働きたくない。こんなことを言うと「若いのに何を言っているんだ!」「お前のような奴が日本をダメにするんだ!」「この税金泥棒が!」と揶揄されるが僕は至って真剣だ。座右の銘は物後ごろついた時から「不労所得」です。

 社会に出る前の学生の内から、この命題について考えているので卒業する前には、答えを見つけたい。そんなことを考えていると時間が少し経っていた。

「キーンコーン、カーンコーン」と授業が終わるチャイムが鳴った。


「えー、これで授業を終わりたいと思います。帰る時に出席カードを出してください。では皆さんまた来週会いましょう」


「ようやく終わったか。次の時間、牡丹は空きコマ?」

 牡丹は、手際良く机の上の筆記道具やノートを片付けている。知り合ってから「何でも手際良くこなす女」という感じのイメージだ。将来は、秘書にでもなるのかなと勝手に想像している。

「いや、次は、マクロ経済学の講義だよ。篤士は、次あるの?」

「次は、農業実習かな」

「何その講義」

「講義というよりも実習だな。畑で野菜育てるんだよ。自分一人で生きていくために取った」

「この大学にそんな授業あったのね」

「まぁ、俺の学部だけの授業だからな、知らなくて当然だよ」

「そうなんだ、じゃあ私行くから」

 そう言って牡丹は、教室からスタスタと出て行った。その後ろ姿は、スーツを着ていないが、どこかキャリアウーマンを思わせるような後ろ姿だった。かっこいいな。

 さてと、俺も次の授業に向かうか。俺も教室からノロノロと出た。



 暦の上では、一応夏だというのにまだ少し肌寒い。五月というのは、何とも中途半端な季節だ。暑くなったり、寒くなったり、風が強く吹いたり、吹かなかったりと一年の中で一番不安定な気候だと思っている。

 大学に入学して一ヶ月が経ったけど何かが変わる訳ではなく、社会に対する考え方や思考回路は、大して変わっていない。


 農業の作業をしながら考えた。どうしたら、楽しく生きることができるのかを。だけど、考えてもどうにもならない。心の中でプールの中に手を入れてコンタクトレンズを探すような感覚になる。

「どうしたんだよ。仏頂面してさ。ウンコか?」

「残念だがもっと高尚な悩みだぞ」

 同じ班で活動している翼が話しかけてきた。デリカシーは、ないけど友達思いのいい奴だ。

「じゃあ、何だ?ひょっとして恋か?」

「それでもないな、人生について色々考えてたんだよ」

「大変だな、そんなめんどくさいことについて考えていて、俺は早く彼女が欲しいと思う気持ちで最近は眠れないのだよ」

「彼女が欲しいのか?」

「そりゃ、もちろん発情期なんでね」

「もっと言葉を選べよ」

 まぁ、気持ちは、わからないでもない。個人的な見解だが大学に入るということは、多くの出会いが増えるということになる。そうなると、当然綺麗な人に出会う確率も増える。すなわち、それは、新しい恋が生まれやすいことになるのだ。

 そして、夏頃になると春に生まれた恋の芽から実を付けていき秋頃に実が熟して、冬のクリスマスにめでたくベットインするのが正統的な大学生の恋愛なのだと大学一年生(童貞)の俺は思っている。まぁ、こんなうまく行く事例などほとんどないと思う!てか、あってたまるか!

 大体のゴミみたいな暮らしをしてる彼女いない歴=年齢の大学生は、平日の昼間からアダルトビデオ見てシコって一日を過ごし、大学卒業する時に「あ、俺童貞卒業してないんだな」て思いながら社会人になってお金稼いでから、ぼったくり風俗で散財するのが落ちだ。こんな、肥溜め系男子は、いっぱいいるはずだ。そう信じたい、うん。

「彼女が出来てどうするんだよ?」

「いや、それは色々したいだろ。海や山やショッピングや一緒に旅行に行ったりとかしたいことがなくなることは、ないと思うぞ」

「そんなもんかなー、俺には良く分からんわ」

「恋愛ドラマとかあまり見ないのか?あンな感じの胸キュンするような恋愛を儂は、可愛い彼女としてみたいのじゃよ」

「そうか。何だか楽しそうだな、お前」

 今まで誰とも恋愛をしたことのない童貞大学生の俺には、翼の言っていることは、まだ未知の領域だ。だけど、こいつが楽しそうなことを考えていることだけはわかる。それも人一倍に。

「はぁ、ババアで良いからやらしてくれないかなー」

「ただの性欲の塊じゃなぇか!」

 こいつは、ただの女だったら年齢は、関係なく誰でもいいからやりたいゴキブリ系男子だった。

 大学時代は人生の夏休みと聞いたことがある。この間に彼女が出来たり出来なかったり、する経験は、今後の人生にそんなに影響が出るとは思えない。しかし、欲を言えば、一生に一回ぐらい誰かから告白される瞬間に遭遇してみたい。きっと誰しもそう思っていると思う。それは、俺も例外ではない。

「まぁ、悩みがあるのならばいつでも聞くからな。特に恋愛のことならこの恋愛マスター翼様にお任せを」

「ははは、ありがとうな」


 そんな感じの会話をしていたら、実習の時間も残り少なくなってきた。

 残りの時間は、肥料を畑に混ぜる工程だ。それをしたら、もう終わりという感じだろう。

「さてと、翼、ちょっと肥料取ってくるわ」

「おうよ」


 スタスタと肥料が置いてあるところに行く。肥料には、牛糞と書いてある。牛糞が何かの役に立つなんて、なんて素晴らしいのだろうか。

「これを一班ずつに分けて行くからね」

 教授が牛糞の袋をハサミで開けた。すると、牛糞という感じの匂いが辺り一面に漂い始めた。率直にいうと死にほど臭かった。

「おっと」

「臭え!」と一瞬慄くと体勢を崩してしまった。

「うるさいですよ。あまり大きな声を出さないでください」

 隣にいたポニーテイルの女にいきなり言われた。まぁ、うるさいのは、事実だけどいきなりそんなこと言うか。このご時世なるべく問題ごとは、避けるようにする傾向にあるが、こいつはその反対を行っている。

「あ、すいません」

「気をつけてください」

 周りの空気が少し冷たくなった気がした。

 俺は、それからあまり目立たないようにコソコソと肥料を班に持って帰った。大学に入って初めてこんなブルーな気分になった。

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