№99・やり直しの鉱石・8

 ひとしきり勝利の余韻に浸っていた南野たちだったが、いくつか事後処理があることを思い出した。


 『ギロチン・オーケストラ』はどうなったのか? 全員死んだのか、生き残りがいるのか? そして、その生き残りはいまだに世界を滅ぼそうと考えているのか?


 彼らは頭のない怪物である。ラスボスというわかりやすい急所もなく、生きている限り再生し続ける怪物だ。


 とはいえ、この混乱した状況下で彼らの生死を確かめるのは困難かと思われた。


 ……が。


「……貴様ら……」


 かすれた弱々しい声が聞こえた。見れば、十数名の人影がゆらゆらと立っている。黒いローブはぼろぼろで、足のないもの、手のないもの、顔が半分吹き飛んでいるもの、それぞれが満身創痍だった。


「……よくも、やってくれたな……」


 そうやら『ギロチン・オーケストラ』の生き残りはここにいるだけのよううである。街を埋め尽くすほど大量にいた黒いローブはこんなに少なくなってしまった。


「やってやったけど?」


 メルランスが挑発するように言い短剣を引き抜く。他のメンバーもそれぞれ得物を構えた。黒いローブたちも剣を引き抜く。


 しかし黒いローブたちはその刃を、南野たちではなく自分たちの首筋に当てた。


「……この計画が斃れた今、我々に次の手立てはない……これで、終わりだ」


「……悔しいが、認めよう……お前たちの勝ちだ……」


「ちょ、待ってください!」


『我らの怨嗟のオーケストラよ、永遠に!!』


 止める間もなかった。最期の言葉を叫ぶと、黒いローブたちは一斉に自分たちの首をはねてしまった。


 ごつっ、と十数名分の生首が荒れ地に落ちる。噴水のように血を吹き出したからだは、そのまま倒れてしまった。


 『ギロチン・オーケストラ』の壮絶な最期に息をのんでたたずむ南野たち。やったことは非難されるべきだが、なにも死ぬことはなかった。


 しかし、本懐を果たせなかった彼らにとって、死というエンドマークは必要だったのだろう。


 連綿と続く怨嗟という名の巨人を、絶望という一滴の毒が殺した。


 これで『ギロチン・オーケストラ』も終焉を迎えた。


 何とも言えない幕切れに後味の悪い思いをしながらも、南野たちは『ようやく終わった』という感慨を噛みしめていた。


「ああー、もう終わっちゃいましたか」


 次から次へとなんなんだ。今度はのんきな声が耳に入った。


 先ほどまでの災厄がウソだったかのように、へらへら笑いながら傷ひとつない拷問師が歩み寄ってくる。


「……よくここがわかりましたね」


「ええ、言ったでしょう? 南野さんの血には僕にしかわからないにおいをつけているんです。こういうことを想定して、ね」


 拷問師にとって、こうなることは予想の範疇だったということか。どこまでも読めない男だ。


「いやぁ、大変でしたよ。すごく痛い思いをして、でも不死者なもので、死ななかったです。あっちこっちに飛ばされるし、もう散々ですよ」


 それは南野たちも同じだった。違うのは一度死んだかどうかだけである。


 その死を望む拷問師がここへ現れたということは、そういうことなのだろう。


 南野はなにも言わず、『死神の鎌』を取り出して構えた。


「……本当に、いいんですね?」


 最終確認を取ると、拷問師は軽薄に笑って言った。


「くどいですよ、南野さん。まあ、そういうところも好きだったんですけどね」


 すでに過去形になっている言葉を聞けば、答えはおのずと知れた。


 わかっている。ひとにはそれぞれの結末があるのだ。


 南野は大きく鎌を振りかぶると、拷問師のからだの前の空間をざっくりと切り裂いた。目には見えないが、たしかに何かを断ち切った感触が伝わる。


「……ああ、これでやっと、終われる……」


 どさ、と荒野に膝を突く拷問師。そのからだから、なにかが抜け出ていくのが見えた。


「……南野さん、ありがとうございます……」


 そう言い残すと、拷問師のからだは一瞬で塩の結晶と化し、その場に崩れ去った。


 これでよかったのだろうか?


 いくら自問しても、拷問師が望みを叶えたという事実は変わらない。彼は生きることをやめ、死の眠りを望んだのだ。


 『死神の鎌』を『道具箱』に納めると、南野は心配そうに見ていた他のメンバーたちを笑顔で振り返った。


「これで後始末も終わりです。みなさん、本当にお疲れさまでした」


「……これでやっと終わったんだね」


「まだ実感がわかんがな」


「でもでも! みんなそろって生き延びたじゃないですか!」


「そうじゃそうじゃ。タマあっての物種じゃ」


「……みなさん……」


 ここまでいっしょにやってきた仲間たちを見て、南野は胸に込み上げるものを必死でこらえた。ここは笑って終わりにすべきだ。


「……とりあえず、無事な村を探しましょうか」


「そうだね」


 今の皆には休息が必要だ。やがて遠くへ飛ばされていた『緑の魔女』とも合流する。


 遠いだろうが、『終末の赤子』の被害を免れた村もあるはずだ。


 まずはそこを目指して、南野たちは荒野を歩き始めた。

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