№74・母神のミルク・下

 途中メアとキーシャの私服を見たり、キリトが怪しげな露天商から銀なのかなんんなのか分からないクロスモチーフのアクセサリーを買ったりしながら散歩をする。


 道行くひとたちの視線がここちよい。誰もが振り返り、男はぼうっとして、女は悔しげな顔をしていた。鼻高々である。


 あたしって、胸あるだけでこんなにポテンシャルあったんだ!


 うれしい発見に足取りも軽くなる。


 調子に乗ったメルランスは、いいよね?と自分の中で言い訳をしながら、そっと南野の腕に腕を絡めてみた。当然ながら大きな胸が腕に当たっている。


 しかし南野は、


「どうしたんですか、メルランスさん? やっぱり足、痛いんですか?」 


 心配するばかりで、反応らしい反応はしない。


 あれ? こいつなんで反応しないの? おかしくない?? 胸当たってんだよ??


 てっきりでれでれしてくれるかと思いきや、足の心配をされてしまった。それはそれでうれしいのだが、なんか違う。


 試しに、キリトにも同じようなことをしてみた。


「……ふっ、女……いくら見た目を取り繕ったとて、貴様は貴様、詐欺レーズンのじゃじゃ馬だ……内面を知っている俺を篭絡しようなどと、そのような……」


「おもくそ鼻の下のばしてんじゃん!!」


 尻に回し蹴りを叩き込んでおいた。キリトは尻を押さえてしゃがみ込み、なにゆえ……などと涙目になっていた。


 やっぱり、普通の反応はこうだよな……などと考え込んでいるメルランス。当の南野はキリトに、置いてきますよー、などと言っている。


 こいつはなんで自分のセクシーダイナマイトボディにでれでれしないのか?


 てかこいつ、ほんとに男? ついてるはずのもん落としてきたんじゃないの??


 失礼なことを頭の中でぐるぐる考えつつ、メルランスは南野の腕を引いてひと気のない道へと導いた。


「ちょっと来て、南野! 他のみんなは先に戻ってていいから!」


「えっ、なにかあるんですかメルランスさん!?」


「いいから!」


 事情を重々承知しているメンバーは、うんうんとうなずいて離れていくふたりに手を振った。


 こうなればふたりっきりになってムードを盛り上げて……!


 決意を固めるメルランスは、強引に南野を細い路地へと連れ去っていった。


 しばらく閑散とした路地を歩いていると、やたら派手な看板が下がっている宿屋が連なる通りに出た。サービスタイム、デイユース、泡風呂。いわゆる連れ込み宿、ラブホというやつだ。


 それに初めて気づいたメルランスは、図体に似合わないうぶな仕草で赤面して南野から一旦距離を取った。


「い、いやっ、あのっ、そうじゃなくてね!? そういう意味じゃなくてね!?!?」


 必死に首を横に振りながら弁解するメルランスに言われて南野も初めて気づいたのか、ああ、と軽い感じに辺りを見回した。


「地方営業に行くとよくあるんですよ、こういうラブホ街。いきなり出てきて焦りますよね」


 なんだか訳知り顔で納得された。クソ、ちょっとは誤解しろよ!などと胸中で毒づく半面、連れ込まれたりしなくてよかったとほっと胸をなでおろす処女のメルランスだった。


 ラブホ街をしばらく歩いて、更にひと気のない道へ出ると、どこか柄の悪いところへ出てしまったらしい。あまり品のよろしくなさそうな男たちが昼間から強い酒を飲んではタバコを吸っている。


 怖がるようなフリをして南野にべたべたとひっつくメルランスに、物珍しそうな顔をして辺りを見回す南野。どうもかみ合わない。


 紛れ込んだそんなふたりに、ゴロツキ風情の男たち三人が声をかけてきた。


「おお、上玉じゃねえか!」


「おねえちゃん、俺たちと遊ぼうぜ!」


「いい思いさせてやっからよ!」


 思いっきり絡まれている。普段はウザいだけだが、今回はナイスタイミングだ。


「やだー、助けてー!」


 さらに南野の腕にぎゅっと抱き着くメルランス。腕が完全におっぱいに挟まれている。


 しかしそこまでしても南野の視線はゴロツキどもに向けられていた。さすがにそこはデレてほしかった。


 眉間にしわを寄せるメルランスだったが、チンピラの次の言葉に態度を変えた。


「へっ、そんな無能そうな優男になにができごふっ!?」


 わずか0.1秒。その間に、メルランスの飛び膝蹴りがチンピラAの頬骨を砕く。完全に無意識に疾風のごとき一撃を見舞っていた。


「なんだぁ女! やるのかへぶっ!?」


「女ごときになにがぶはっ!?」


 続くふたりを右アッパーと中段回し蹴りで沈めて、その場に動くものは誰もいなくなる。


 しん、と静まり返った中、メルランスは、はっ、と我に返った。


 やってしまった。ついかっとなって、いつものクセで。


 これはイイオンナにあるまじきことだ。


「メルランスさん、大丈夫ですか!?」


 心配する南野を前に、メルランスは急に恥ずかしくなってきた。こんなものごっついボディで、やることはいつもと同じだ。からだに行動が伴っていない。


「あたしは大丈夫……はぁ、せっかくのセクシーダイナマイトボディも、こんなじゃじゃ馬じゃ魅力ないよね……なにやってんだろ、あたし……」


 ぎゅっと短いローブの裾と胸元を握りしめ、メルランスはもじもじと頬を紅潮させながらつぶやいた。


 その姿に、ぐびり、と南野の喉が鳴ったのは気のせいか。


「そ、そんなことないです!」


 慌ててフォローする南野。


「俺は女性の体型とか美醜とか、まっっっっっったくこれっぽっっっっっっちもぜんっっっっっっぜん興味ないですから! コレクションの場合は外箱も大事ですが、コレクションできない人間のガワにはこだわりません!」


「……さすが、変態」


「ありがとうございます」


「……褒めてない」


 あまりに色気のないシーンに、メルランスはようやくくすりと笑って見せた。


「メルランスさんはああやって元気に暴れてる姿が一番魅力的ですよ」


 同じように、南野もあたたかく笑った。


 ああ、こいつがまったく反応しないわけが分かった。


 こいつは常にひとの奥深くを見ている。暗くて見えないくらいの深さまで潜って、そのひとの本質を見出しているのだ。


 上っ面じゃこいつは落とせない。


 だからこそ、余計に燃える。落としがいがあるというものだ。


 ふたりして笑っていると、『母神のミルク』の効力が切れたのか、メルランスの胸と尻が見る間にしぼんでいった。すっかりもとの詐欺レーズンパンだ。服も下着もぶかぶかである。


「あ、戻りましたね。メルランスさんはやっぱりそうでなきゃ」


「……殴るよ?」


「いえ、あの、胸の話ではなく……それより、早く着替えに帰りましょう。その姿じゃ服がずり落ちますよ」


「……ヒールで足痛いんだけど」


 メルランスはふてくされたような表情でワガママを言った。南野は笑顔でそれに応え、


「わかりました」


 体積の小さくなったメルランスのからだをおんぶして、裏路地を引き返して行く。


 南野の首筋にしがみつきながら、メルランスは言った。


「帰ったらさ、みんなでカルーアミルクでも飲もうよ。もらった牛乳、きっとおいしいよ」


「そうですね。みなさん待ってると思いますよ」


 そんなことを言い合いながら、ふたりは酒場への道をたどって歩いて行った。

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