輪廻に戻るために
bittergrass
1 殺人鬼の召喚
1-1 親殺しの殺人鬼
殺人鬼、ゴリグル。多くの生き物を血塗れになるほど、傷つけ殺した化け物。多くの悲しみと恨みを作り出したそれもようやく終わる。ようやく、彼は捕まったのだ。
その化け物に殺人の理由を訊けば、簡単に話した。
「貴方は目の前に、裸で誘惑してくる好みの女性がいたとして性欲を我慢できるかい? 僕にとって、殺してきた者たちはそういう者たちさ」
「性行為と同じ。自慰行為なら虫でも殺せばいいけど、本番を知ってしまったらそっちの方がいい。貴方だってそうじゃないのかい?」
「なぜ、僕だけが性的な快楽を抑えなければならない。貴方はずっと性欲を我慢できるのか?」
などなど、とてもじゃないが、ニュースにもできない程の内容。殺人を性行為と捉えている頭のおかしさ。既に彼を擁護する人間はいない。少なくとも、彼が死ぬことで悲しんでしまうであろう家族はこの化け物自身が殺した。だから、彼が死んでも誰も悲しまない。
そして、化け物は法で裁かれ、誰の恨みを晴らすこともなく、死刑となった。
「ん。僕は死んだはずでは……」
化け物が立っているのは、真っ白な通路で等間隔で何の装飾もされていない柱が並んでいる。通路の先は見えず、永遠に白い道が続いているように見える。しかし、その通路を塞ぐように大きな椅子が用意されており、その椅子には誰かが座っている。化け物はそれに近づいていく。恐怖を感じることはない。
その椅子に座っていたのは、若々しい男性だった。化け物には全く理解できていなかったが、これ以外が目の前に立てば、きっと座り込んでしまうほどの威圧感があった。鋭い目で見られたものは動けなくなり、些細な動作すら警戒してしまう。見た目とは裏腹に、どれだけの年月を生きていればそうなるのか。そして、その男が重々しい声を発した。
「貴様は多くの罪を犯した。多くの命を無駄にし、自分を生み、育てたものも殺した」
その声を聞いていても、化け物は平然としている。それどころか、微笑みながら男性を見ていた。
「貴様は輪廻を外れ、永遠に死んだままだ。魂ごと死ぬこととなる」
それを聞いても、彼の表情は変わらない。その心には想いが一つだけあった。
――目の前の男性を殺したら、どれだけの快楽を得られるのだろう。
化け物は男性の話を聞いていなかった。彼は快楽のためにはどんなことでもしてきた。しかし、人間でもこのレベルのオーラとでもいうべきものを持っている人はいなかったのだ。それが、彼の興味を大いに惹いていた。
「私も、貴様を救うなんてことはしたくはないが、規則は規則。貴様は救済される権利がある」
「……救済ですか。魂の死を逃れることが出来る、と言うことですか」
始めて、化け物が口を開いた。男性はそれに驚くこともなく、表情も変えない。
「そうだ。条件はあるがな。その条件は、ある世界の一部の問題を解決することだ」
「ある世界と言うからには、元の世界ではないということですか」
「ああ。教えてやりたくはないが、規則だからな。その世界の情報を少しだけくれてやる」
「それはありがたいですね。何もわからなければ、快楽も得られないですから」
化け物の口角がより持ち上がる。それはまるで既に快楽で頭がおかしくなっているかのような、下品な笑みだ。男性はそれには取り合わず、伝えるべき内容を羅列した。
解決するべき問題は、二国間の戦争である。神聖大王国とシバイラルと言う国同士の戦争。神聖大王国は魔物を嫌った人間の国。シバイラルは神聖大王国の人間が嫌いな魔物の国。現在は均衡状態で、どちらも消耗しているだけだった。
その世界には魔法がある。起動、過程、結果のそれぞれをより鮮明に想像することで魔法を使用できる。その世界には空気の代わりに魔気と言う物質が満ちていて、それがなくなれば魔法は使えない。
その世界には超能力がある。超能力は人間に限らず、魔物なども持っている。一人一つのものだが、能力自体が被ることは一般的なことである。魔法とは違い、脳や体が死んでいない限り、超能力は使用できる。
男性が教えたのはそれだけであった。
「では、行くがいい。せいぜい、足掻け」
彼は男性の言葉通り、椅子の横を抜けて先へと進む。廊下は永遠に続いているように見えるが、彼を包む光が大きくなる。やがて、触覚がなくなり、体の感覚がなくなっていく。嗅覚も聴覚も味覚も視覚も遮断された。
次に目が覚めたときに、彼がいたのは森の中だった。獣道すらない草木が生茂った森。
「あの人も意地悪だなぁ。スタートはこんなところなんて」
彼は自身の短い黒髪を手で梳きながら、辺りを見回す。何も景色が変わらないことを認めると、自身の持ち物を確認する。身なりは一般的な現代人と言っていい。無地で長袖のTシャツにジーパン。その上にフードの着いたパーカーを着ている。快楽を得るときの正装だ。そして、パーカーのポケットに手を突っ込めば、愛器の折り畳みナイフ。約十センチほどのものだ。もう一本も折り畳みナイフだが、そこに畳み込まれているのはナイフだけではなく、コルク抜きやマイナス・プラスドライバーなどの多機能ナイフだ。
化け物はそれを開閉を一度行ってナイフの具合を確かめる。相棒であるため、その二つは普段から手入れを欠かすことが出来ないものだ。その甲斐あって、殺しを失敗したことはなかった。
「さて、これからどうしましょうかね」
彼は草をかき分けながら、森を一方向に進む。木々にはナイフで傷をつけ、戻ってきてもわかるようにしていた。そんな中、彼の前に生き物が現れた。それは体長五十センチほどのイノシシであった。そのイノシシは彼を見つけると一目散に走りだし、彼へと向かっていく。彼はイノシシを見たことがあったし、その突進を見たこともあった。しかし、その突進は見たことあるものではなかった。小ささのせいなのか、速さが比べ物にならなかった。そのイノシシが勢いの増した状態で、彼の胴へと突進する。
彼は呆気に取られていたのか、そのイノシシをじっと見つめるだけで何かしようとはしていなかった。
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