見知らぬ指輪
@osenbey11
第1話 プロローグ
「結婚してください」
幼なじみの太一が言った。いつもよりワントーン低い真面目な声で、真剣な面持ちで。お姫様の手にキスする王子様みたいに、腰を落として、片膝なんかついちゃったりして。精一杯カッコをつけて、言った。
だけど、目がちょっとうるうるしている。口角が、ぴんと張りすぎている。差し出した手が少し、震えている。どんなにカッコつけてみても、緊張とか不安とか、好きだって気持ちとか、そういう胸の中のドキドキが、体の外に漏れ出ている。太一は昔から、嘘や隠し事が下手だった。好きな子の名前を出すだけで、すぐ顔が真っ赤になるようなやつだった。高校生の時ですらそんな感じで、どんだけピュアだよ、とよくからかわれていた。
そんな太一が、プロポーズをしている。ドキドキでいっぱいになりながら、手を伸ばしている。口にした言葉がシンプルでも、声から、表情から、太一の一生懸命がにじみ出ていた。そんな姿を見て私はやっぱり、太一が好きだと思った。
「……よろしくお願いします」
息をのんで見守っていた周りの人たちが、盛大な拍手で二人を祝う。ヒューヒューと口笛を吹いている人もいる。それに交じって私も手をたたく。ポフ、ポフ、ポフと、普段より着ぐるみの分だけ厚い掌が、間の抜けた音を立てる。夜のテーマパークでプロポーズなんてロマンチックな場面で、私は、どうしようもなく傍観者だった。
太一は少し照れくさそうに、でもすごく幸せそうに笑っている。私は泣きそうになるのを精一杯こらえた。ウサギのマスコットの顔で、どうせ外から私の表情なんて見えないけれど、こんな幸せなはずの場面で、泣いちゃいけないと思った。太一が相手の薬指にダイヤモンドの指輪をはめているときも、二人が熱い抱擁を交わしているときも、二人が去った後も、涙はこぼさなかった。勤務時間を終えて、着ぐるみを返却して、電車に揺られて。ひとり暮らしの部屋に帰ってから、思いっきり泣いた。
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