【ジョブなしデック】と【デストロイヤーサラン】
南雲麗
第1話 【ジョブなしデック】、追放される
「俺たちランクアップしたし、【ジョブなし】はもう要らねえや」
「え」
その言葉を聞いた時、僕は自分の耳を疑った。だが幼なじみのボルジーノは赤い髪をかきあげ、心底うざったそうに言葉を続けた。
「え、じゃねえよ。お前以外のパーティーメンバーが全員、【ジュエル】クラスに昇格したって言ってんの」
「お、おめでとう」
「あぁ!?」
反射的にみんなを称えた僕。だがボルジーノは机を叩いた。。冒険者ギルドの集会場に、大きな音が響き渡る。僕はただでさえ小さい身体を、さらにすくめて小さくなった。
「お前、この三年で頭まで腑抜けたか? 俺はな……」
「まあまあまあ。穏便に行こうじゃないか、リーダー。あんまり脅かしたら、デックくんがかわいそうだ。一応、『まだ』仲間なんだし」
ボルジーノが僕の胸ぐらを掴み上げ、殴ろうとした。しかし他のパーティーメンバーが割って入る。金髪を、やたら目立つようにセットした男。名前はキザーン。その名のとおりにキザったらしく、嫌味な男だった。
「いいかい? 我々冒険者には駆け出しの【ストーン】から、ほんの一握りしかいない【ブラックダイヤ】まで、いくつかの階級がある。知ってるね?」
キザーンの芝居がかった言葉に、僕はうなずいた。冒険者にとっては、常識も常識、初歩の知識だ。
「で、本来【アイアン】クラスになると、他の町への移動が許されるようになる。これも多分知っていると思う」
「う、うん」
僕は反射的に答えると同時に、引っ掛かりを覚えた。キザーンは、なぜ分かり切ったことを二つも並べたのだろう。しかし答えは、すぐに先方から提示された。
「つまり、だ。我々のリーダー、ボルジーノはこう言いたいのだよ。『俺たちはジュエルになるまでお前を待った。だがデックはいっこうにランクアップしない。神様の加護……ジョブすらも発現しない。もう待てない。足手まといだ』」
「そういうことだ」
ボルジーノが、わざとらしくうなずいた。僕は固まった。目線で残りのメンバーを見る。誰もなにも言わない。つまり、これは。
「もう決まってんだよ。誰からも反論はなかった。隣町から、実入りのいいクエストの話も来ている。ここらが潮時だ」
「そんな……」
ボルジーノが、椅子を蹴って立ち上がる。前から大きかった身体は、三年間でさらにゴツくなっていた。彼は僕にゆっくりと近づき、肩を優しく叩いた。
「今まで下働きご苦労さん。お前はもう要らねえ。追放だ」
「ボ、ボル……頼む。なんでもするから……」
僕は力なくつぶやいた。幼なじみのパーティーから追い出されたら、行く場所がなくなってしまう。だがボルジーノは、僕の肩を掴み、答えとした。
「いつっっっ……!」
たまらず机に崩れ落ちる。肩を押さえ、涙をこらえる。顔は上げられなかった。ここでみんなの表情を見たら、心が折れる。そんな確信があった。
「じゃ、みんな行こうぜ」
ボルジーノの声。みんなの思い思いの返事。無関心なギルドの面々。すべてが冷たく、僕を責め立てる。何一つとして、言い返せる気力はなかった。
「じゃあな。村に帰って、地道にクワでも振ってろ」
「リーダー。彼は確か、農家の三男坊だろう? いまさら帰っても、土地のアテすらないんじゃないかな?」
「ああ、そうだった。訂正だ。そのへんで野垂れ死んでろ!」
ボルジーノからの、トドメの一言。幼なじみだったとは思えないほどの冷たい言葉が、僕の耳に残されていった。
***
灯りだけともした、殺風景な部屋の中。怒りのままに打ち付けた拳は、当たり前のように床に跳ね返された。木材を殴りつけた痛みが、さらに僕を苛立たせる。
「ああああああああ!!!」
ギルドに併設されている、安宿の一室。そこが僕の拠点だった。ほとんどモノがない部屋で、僕は何度も拳を床に打ち付けていた。血の跡と涙の染みが、殴るたびに増えていく。
「うううううっ……! ひぐうううううっ……!」
追放の悲しみ、自分を見捨てたボルジーノへの怒り、成長できなかった自分への怒り。感情が入り混じって僕を揺さぶり、また衝動のままに床を叩く。
「ふぐううううっ!」
痛い。あまりにも痛い。けれど、こうでもしないと耐えられそうになかった。どこかの森にでも駆け込み、首を吊ってしまいそうだった。記憶が走馬灯のように蘇り、また僕を苛んでいく。
「ボル、ジーノっ!……」
三年前、冒険者になってジョブの判定を受けた時。ボルジーノは笑って言った。【ファイター】のジョブをもらったアイツは、非常に機嫌が良かった。
「なあに。【ジョブなし】でも関係ないさ。俺がリーダーやっから、下準備とか色々と助けてくれよ」
「ありがとう……」
ふるさとにいた頃と同じように、アイツは兄貴肌だった。身体が小さくて鈍くさく、いつでも遅れを取っていた僕。アイツはそんな僕に手を差し伸べ、役割を与えてくれた。だから、無理難題でも関係なかった。なんとかやり遂げてきた。
『デック。パーティー全員分の武器補修、五日以内でよろしく』
『五人分? ちょっとむず……』
『悪いけど、頼むよ』
『わかった』
思えば、最初の頃は多少無茶でもまだ心があった。でも、いつしかぞんざいに、横暴になっていった。
『デック! 明日入るダンジョンの下調べやっとけ!』
『今から!? もう夕方……』
『いいからやれってんだよ! 罠の一つでも書き漏らしたら、お前に先導やらせるからな!』
なんとかこなそうとして、色々とやった。時には明け方まで寝られず、そのままクエストに参加したこともあった。なのに。なのに。
「ああああああっ!」
また怒りが沸点に達し、今度は頭を床に打ち付けた。血の跡がまた増える。後始末と弁償が脳をよぎった。でも、自分を痛めつける行為を止める理由にはならなかった。
「うううっ……!」
身体がふらつく。景色が歪む。呼吸が荒く、そして浅い。明らかに、身体がおかしくなっていた。だけど、だけど――!
「うああああああっ!」
「デック兄さんっ!」
バキィッッッ!!!
僕の叫ぶ声と、聞き覚えのある声。そして、自室のドアが粉砕される音。ほとんど同時に、僕の耳はそれらを拾い――
「っ!?」
「兄さん、久しぶり」
直後、僕は銀髪の美人さんに押し倒されていた。
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