「第9章 大人達はすぐに騙された」(3)

(3)

 彩子は、取り出した手帳をテーブルに置く。


「これは湊慧一郎の手記です」


「手記?」


 そんな物があるとは思わなかった。現物を見て驚いている透に、彩子は淡々と説明をする。


「彼がS大付属高校で司書教諭として働いていた頃から、死ぬ間際までの出来事が記載されています」


「そんな物どうやって手に入れた?」


 彩子に手記と説明されてから、それに目をやると印象が一気に変わり、とても気味が悪い代物にしか見えなくなった。迂闊に触れたら、体調を崩しそうな禍々しさすら感じる。


 眉をしかめる透を余所に彩子の話は続く。


「私がこれを手にしてから外に持ち出したのは、今日が初めてです。だから、あの人の周りにいた人物で、存在を知る者はいないでしょう。私を除いて」


「だから、そんな存在を誰も知らない代物をどうやって彩子が持っているのか。俺としてはそこが気になるんだが?」


 そもそもどうして、彩子が湊と知り合いなのか。それに関する、とある可能性をこの前一つ偶然にも発見したが、やはり本人の口から確認したい。


「順を追ってお話します。ですがその前に、先輩にもある物を出していただきたい。持って来ているのでしょう?」


「分かった」


 透は肩掛けカバンから、先程動作テストを終えたばかりのMDプレーヤーと透明なプラスチックケースに入った十二枚のMDディスクを取り出して、テーブルに置く。テーブルに置いたそれらの物は、彩子にはとても意外だったらしく、あからさまに不機嫌な顔を見せた。


「何ですか、それ?」


 彩子の問いには多少の怒気がブレンドされていた。透は彼女の怒気をさらりとかわして、首を傾げる。


「何ってMDプレーヤーだけど? 待ち合わせの時も出していただろう?」


「私を馬鹿にしているんですか?」


 更に怒気がブレンドされる、彩子の目つきがより攻撃的になっていく。


「まさか、そんなつもりは毛頭ない。一体、彩子は俺が何を持って来たと思ったんだ?」


「それは……」


 言葉に詰まる彩子。彼女の沈黙と共に怒気も引っ込んで、何かを考えているらしく上唇に指を当てている。


 やがて小さなため息の後、口を開いた。


「私が見たいのはこんなMDではなく、二人の交換日記です。あるのは知っているんです。ふざけてないで、早く出してください。それとも本当に持って来ていないんですか? それだったら、今から先輩の家まで行きますよ」


 交換日記。彩子がその単語を口にして、透は久しぶりに存在を思い出した。言われないと、一生出て来なかったかも知れない。


 依然として氷の針の如く冷たい視線を向ける彩子に、何て事ない顔で答える。


「交換日記? ああ、そんな物もあった。でも、あれはもうない。大分前に燃やしちゃったからな」


「……燃やした?」


 彩子からしたら、とても信じられない言葉だった。彼女は疑心に満ちた表情をこちらに向ける。小さな舌打ちも聞こえた。どうやらとても信じてはもらえていないようだった。


「私になんかに見せる価値はない。そういう事ですか?」

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