「第5章 完璧なる迷路」(3)

(3)

 彼の発言の倉澤は頭のメモしつつ、頭を下げる。


「成程、ありがとうございました。一先ず、最低限の処理と彼女の遺体を病院へ」


 倉澤がそう言うと鑑識班の男性は、一回頷いてまた淡々と自身の作業に戻った。まるでドロイドのようだと黙々と働く彼の後ろ姿を見て、そう思った。


 倉澤と菱田は出納準備室を出て、図書室へ向かう。その際、菱田が口を開いた。


「まだ若いのに、こんなところで命を落とすなんて」


「自殺するのに年齢は関係ない。老人でも子供でも自殺する時はするさ」


「そうですよね。よしっ、切り換えないと。あっ、そうだ。あの部屋の鍵ですが、彼女のブレザーのポケットから発見されました」


「指紋は?」


「鑑識班のチェックでは、彼女本人の指紋しかなかったそうです」


「そうか、分かった」


 二人は、廊下のドアを開けて図書室へと入る。彼らが図書室へと入ると、ソファの座っていた教職員連中は一斉にこちらを見る。


 その中で立林だけは立ち上がった。倉澤は彼らの下へと向かい、説明する。


「我々の見解では、彼女は自殺で間違いないと判断しました。事件性がない以上、生徒さんの自殺の動機等につきましては、こちらから調べる事はありません。具体的な対応については、学校側の方でお願いします。ですが、発見時の状況だけは御伺いしたいので、お手数ですが一人ずつ話を聞かせていただけますか?」


 現状の説明とこの後の状況を簡単に説明する。


 倉澤の説明を聞いた教頭の小渕は立ち上がった。


「分かりました。それでは、応接室をお使いください。その後の対応は私達で行わせて頂くとの事ですが、何か注意点はありますでしょうか?」


「そうですね。一応、あの部屋は現場保存をしておきたいので、立入禁止をお願いします。本棚に数冊、本がありましたから、それを持っていった状態で構いませんよ。さて、それでは移動しましょう」


 一同は、図書室を出て応接室へと向かう。応接室前の廊下にイスを出して、一人を除いて座って待機してもらい、該当者一人のみ応接室で話を聞く。


 一人ずつ倉澤が応接室のソファに座り、対面した状態で話を聞き、その隣では菱田が必要事項メモしていた。時間が遅い事もあって、終わった人間から随時、帰ってもらう事にする。要望があれば、各自の自宅までこちらで送った。


 全員、一度に聞く方が楽なのだが、敢えてそうしなかった。その為、内容が被る時もある。敢えてそれをするのは、一人一人の話を単独で聞き、繋ぎ合わせて全体像を形成する。倉澤のやり方が少々変わっているからである。


 一人、十分から十五分の時間を設けて話を聞く。


 およそ一時間かけて、ようやく全体像が浮かんできた。


 まず、最初に出納準備室のドアを確認したのは用務員の墨田。主に校内の防犯及び清掃を行っている。五十過ぎの小柄な男性で首から用務員と書かれた名札をぶら下げている。彼は、一度出納準備室前の廊下を通っていた。


 その際、ドアノブには使用中と掛けられた札と部屋の電気が点いているのを見ている。まだ、時間も浅く生徒が使っているのだろうと思って、彼は何もせず通り過ぎただけだった。


 二度目に墨田が通ったのは、最終下校時刻の午後七時半を超えた時であった。


 正確な時間を確認した訳ではないが、時間になると校内でチャイムが鳴るので間違いないと言っている。その時も一度目と部屋の状況は同じだった。流石に出てもらう必要があると、墨田は部屋を管理している図書室に入った。


 ちなみに、一度目も二度目もこの廊下に来た手段は、職員用階段であり、図書室側からではないとココで墨田は言った。


 つまり、この時初めて図書室に入ったのである。


 図書室に入った墨田は、そのまま司書室に入り湊に声をかけた。


 墨田の話に出てきた湊とは、司書教諭の湊慧一郎である。年齢は倉澤より二つ上で若く細い黒のフレームの眼鏡。灰色のカーディガンと、いかにも司書教諭といった風貌だった。彼は教職員連中の中で一番冷静である。時折、悲痛な表情を浮かべるものの、当時の状況を正確に伝えてくれた。ココからの展開は湊の話もプラスして、倉澤は頭の中で組み立てていく。


 墨田に呼ばれた湊は、出納準備室の事を聞かれて、誰も使っていないはずだと答えた。あの部屋を使用する際には、必ず自分に声がかかる。たとえ、大学生が(この際、倉澤は例のカードキーのドアが大学図書館に繋がる渡り廊下のドアだと知った)使用する時でも一声かかる。


 理由は単純で、湊が出納準備室の鍵を所有しているからである。


 湊は自分の机の引き出しを開けて、出納準備室の鍵を取り出そうとした。


 普段、部屋の施錠は最後に行うので、本当に空いているなら、鍵を閉めようとしたらしい。ところが、入っているはずの鍵はそこにはなかった。


 湊はそんな馬鹿なと思った。自分が司書室から離れる事はある。


 しかし、それはせいぜい一時間に一回あるかないか。トイレや図書室内に入る程度だ。僅か数分である。


 倉澤は湊に、生徒は出納準備室の鍵の場所を知っているのかと尋ねると、彼は知っているはずだと答えた。別に隠すような事でもない。


 実際に生徒の目の前で鍵を取り出した事もある。それに図書委員と出納準備室に行く事もあるのだ。また、鍵を入れている引き出しは誰でも開けられるようになっている。


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