第387話:海賊狩り

1.



「……ということなんだけど、どうにか出来たりしないか?」


 小さな丸いテーブルを挟んだ俺から相談を受けた浅黒い肌の美丈夫――ダークエルフの王、エストールは難しい顔を浮かべる。

 

「受けた恩がある。返したいのは山々だが、実際に見てみないことには私でもなんとも言えない」

「実際……ねえ」


 鈴鈴に言えばなんとかなるか?

 

 虚無僧を倒した後、鈴鈴にダンジョンを攻略した旨を伝えてから一旦帰国、その後一日だけインターバルを置いてシエルたちの世界へ来て、エストールを会っているのが現在。


 もちろん相談事とはミンシヤの両親にかけられた呪いのことだ。

 子供がおぞましい化け物に見える呪い。

 強い運命を持つ者を、肉親による死という運命を貫通(?)する方法で殺そうとした結果、その呪いをかけることになったのだとか。


 ミンリン……ミンシヤの妹さえもぬいちゃんありきとは言えダンジョンへ落ちるというほぼ絶対的な死の運命さえ回避しているのだからそう考えれば確かに運命の力というのは凄まじいものがあるのかもしれない。


 それで言ったら俺もそうなのだが、どうやら俺の命運は尽きているらしいし。

 それでも生きているのがもはや不思議だと言われている。

 俺だって知らん。

 多分、ダンジョンへ落ちたあの日。

 ボスに吹き飛ばされた時に本来死んでいたんだろうなあ、くらいには思っているが。

 

 あの時生き残れたのは悪運の強さとスノウがいたからだ。

 召喚術サモンというある種かなり特殊なスキルだったお陰というわけである。


 かなり思考が脱線してしまった。

 鈴鈴に言えば、恐らくミンシヤとミンリンの両親に会うことはできるだろう。


 娘が絡まないなら普通の人たちらしいし。

 ちなみにミンリンは現在念のため入院中、ミンシヤはその付添でほぼ一日中病院にいるような感じ。


 ダンジョン攻略の件は既に監視委員会へ伝わっているはずなので、後にお偉いさんと会って報酬の直接交渉をするくらいだ。

 俺としては、別に中国といざこざを起こしたいわけではない。


 このままだと呪いの件について触れた上で解き方を聞き出すという、ぶっちゃけ埋まりそうにない溝が生まれる手段でしか交渉はできないが―― 

 エストールが呪いを解決できるのならもう少し穏便なやり方もできる。

 

 とは言え、アメリカ同様セイランたちと繋がっていた報いは多少受けてもらう必要もあるが。

 その辺りの調整は基本知佳と綾乃に丸投げしようと思う。


 あるいはアスカロン辺りに知恵を借りてもいいかもしれないな。

 8000年くらい生きてるあいつならこういう場合の対処法もある程度は知っているだろう。


「……それで、直接その呪いがかかっている者を見ることはできるのか?」

「ん? あ、ああ悪い悪い。多分いけると思う」


 鈴鈴経由が無理でも、使えるコネを駆使すればどうにもならないってこともないだろうし。


「…………しかし、私を見ても本当に何も思わないのだな。あれだけのことをしでかしたということを、最も深く知っているにも関わらず」

「深く知ってるからこそ、だな。人間嫌いだったりエルフ嫌いだったりが本心だったのは間違いないんだろうけど、それでも本気で世界を滅ぼそうとしてたわけじゃない。悪いのはどう考えてもベリアルの野郎だ」

「……貴殿には感謝してもしきれない」


 そう言ってエストールは頭を下げる。

 

「本当に有難う。私に贖罪の機会を与えてくれて」

「元々俺に誰かを裁く権利なんてないからな」


 俺はただ、私情で動いているだけだ。

 虚無僧の件もそうだったし、今までに何度も怒りに身を任せたことはある。

 そんな人間が今更聖人面するのもちょっと無理があるだろう。


「恩を感じてるんだったらその分俺を助けてくれ。だから今回も頼ったんだ。次からは……そうだな、友達として頼ることがあるかもしれないけど」

「……本当に不思議な男だ。父上があれだけ信頼していたのも、女神様の思し召しというだけのことではないのだろう」

「あ、そういや」


 それについても聞きたいことがあるんだった。

 女神。

 神。


 ぬいちゃんに聞いても何も教えてもらえなかったが、アスカロンやジョアンと言った直接(?)神と関わりのある人間がいるわけなのだからそちらにも改めて話を聞きたい。



「ジョアンは一緒じゃないのか?」

「父上は冒険者としての仕事に出ている。帰りは3日後だ」

「へぇ……別に常に一緒にいるわけじゃないんだな」

「私はまだ冒険者としてのランクが低いので、父上の任務には同行できないのだ」


 そういやジョアンはジョアンで未菜さん級に腕が立つわけだからな。

 探索者としても冒険者としても最上級レベルの実力を持っている。

 

 二人が戦ったらどっちが勝つんだろうなあ。

 未菜さんのスキルはどういう場合でも戦闘において最強クラスだからな。


 俺でも全力でスキルを使った不意打ちをされれば普通に死ぬ。

 多分アスカロンでも防げない……と思う。きっと。恐らく。

 

 そもそも剣士としての実力がとんでもなく高いので、本気で集中すれば俺やアスカロンの防御力を上回る瞬発力も出せる。


 とは言えジョアンのスキルもかなり強力だ。

 自分への体の反動を考えなければ格上キラーにもなる。


 とは言え。

 未菜さんとジョアンではほぼ同格なので、ジョアン側のスキルは刺さりにくいだろう。

 そういう意味では二人が戦ったら勝つのは多分未菜さんだろうな。

 

「どんな任務なんだ? それって俺が手伝いに行っても大丈夫なやつ?」


 ちなみにこの世界での俺の冒険者ランクと探索者ランクは一番上に位置づけられている。

 まあ、色んな国で色んなことをしてるからな。

 いつの間にか特例で引き上げられていたみたいな感じだ。


「貴殿なら問題はないだろうが……そもそもそう大した仕事でもない。ただの海賊狩りだ」

「…………海賊?」


 マジで?



2.



「それで海賊という単語を聞いたから来た、と?」

「そういうことになる」

「……悠真殿は好奇心旺盛なのだな」


 ジョアンが若干引き気味というか、呆れ気味に言った。


「オブラートに包む必要はない。悠真はそういうの慣れてるから」

「そうなのか……?」

「まずオブラートに包んだことを否定してくれ」


 こんなひどいことを平然と言うのはうちの面子だとスノウか知佳くらいで、今回付き添いとして来ているのは知佳の方だった。

 スノウはカナヅチだから海になんて来るわけないしな。

 全部凍らせていいなら行ってもいいわよ、とか平然と言いそう。


 ちなみに海賊狩り程度なら特にスノウたちの付き添いは必要ないだろうとのことだった。


「しっかしあれだな、荒れ放題だな」


 荒れ放題の海でゆらゆら揺れている船。

 船酔いする人は厳しいんだろうなあ。

 

「この辺りの海域はかなり厳しいそうだ。我は平気だが……お二人は平気なのか?」

「俺は割と」

「私も別に」


 綾乃だったらやばかっただろうな。

 あと、意外とシトリーは乗り物酔いしやすい。


 自分より遅い乗り物に乗っているのがなんだか違和感がある、だそうだ。

 シトリーより速い乗り物なんてほとんど無い……というかまずないだろう。

 雷速以上で動く乗り物なんてあるわけないだろ。


「にしても、これだけ荒れる海で海賊……通る船が多いの?」

「うむ。国家間の貿易で必ず通らなければならないとのことで海賊被害に悩まされているらしい」

「国家間の貿易ねえ。空から行くとかこの世界ならできそうだけど」

「空にもいるのだ、賊は。むしろ空の方が過激でもある。変な話だが、空賊の方が予算に恵まれているのだ」


 あー。

 海賊だろうが空賊だろうが一番の強さはやっぱり金だよな。


 結局のところ、冒険者を雇うのにも莫大な金がかかる。

 ジョアンレベルの奴を雇おうと思ったら普通に5年以上は遊んで暮らせるレベルになるからな。


 空賊に対応しようとすると更に莫大な予算が必要になるのだろう。

 

「……ジョアン、俺がここに来たことはギルドには黙っておこうな」

「無論。その分の報酬は我が出そう」

「いや、いらないから」


 生真面目か。

 俺はただモノホンの海賊を見てみたかったから来ただけだ。


「違うでしょ」

「へ?」


 知佳のツッコミに俺は首をひねる。

 どういうことだろう。


「女神様のこと聞くのが本題」

「あ」


 そうでした。

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