第331話:勝ち

1.



 爆発で吹き飛んだ宮廷地下。

 隠されていた階段から下へ潜ったその先に、牢屋がある。


 牢屋というよりは、懲罰房か。

 よくある金属柵ではなく、のっぺりした金属製の扉に食事の投入口らしきものがあるだけだ。


 にしてもこの地下、あの爆発で全く傷ついていないとは……

 よほど頑丈に作られているらしい。


 一応そこから中を覗いてみると、そこにいたのは、かなりやつれてはいるが俳優のような顔立ちに、金髪と碧眼の50代直前くらいに見える男性。

 

 しかし目の光は失われていない。

 投入口が開いたのを音で察したのだろう。


 こちらを見る。


「……げほっ、げほっ。ずいぶん前、爆発音が聞こえましたが。町は無事なのですか?」

 

 長らく声を出していないのか、咳き込んでから話しかけてきた彼の声は憔悴していた。

 

「……聞くよりも、見たほうが早いと思いますよ」

「?」


 何を言っているのだ、という表情を浮かべた男性――クラウス皇帝に、俺は言う。


「扉に近づかないでくださいね。危ないので」


 鍵は見当たらなかった。

 なので――


 ガインッ、という音と共に扉に両の手刀で穴を開けてそのままぐっと引っ張る。

 どうやら地下の壁も特殊な石材でできているようで、結構硬い。

 だが……


 そのまま力を込めると、バガッ、と重い音を立てて扉が周りの石材を少し巻き込みながら外れた。

 


「な……」


 ぽかんとした表情でこちらを見る皇帝――本物の皇帝が驚いているのは俺の馬鹿力にではないだろう。

 俺の隣に立っているシエルを見てのことだ。



「てぃ、妖精女王ティターニア様……? わ、私は幻を見ているのか……?」

「幻ではない。わしも、地上で起きておることもな。シャキっとせい、クラウス。おぬししかこの惨事を止めることはできん」


 



2.



「で、結局どうなったの」


 全然凝ってないあんよを正座してもみもみしながら、尊大な態度で俺に事の顛末を聞いてくるのは誰あろう、クール合法ロリこと知佳様だ。

 現在は戦争絡みということで置いてけぼりにしていたことに対してかなりお冠らしい。


 後で綾乃だったりルルだったりのご機嫌も取らなければいけないのが確定しているのは悲しむべきなのか、嬉しいと思うべきなのか。


「皇帝が捕えられていたのは即位してすぐのことだったらしい。だから今回のことはほぼ完全に無関係……と言っていいだろうな」

「それじゃ世間が納得しないでしょ」

「ああ。だから皇帝には死んでもらった」


 知佳が頬杖を突く。


「世間的に?」

「そう、世間的に」


 ちょっとは驚くかと思ったが、全然動じなかったな。

 まあ俺よりよっぽど頭の回転の速い知佳のことだ。

 あらゆる可能性を既に考えていたのだろう。


「戦争はまずクラウス皇帝の姿かたちのままで終結を宣言してもらった。そして法の裁きを受けるのも彼自身だ」

「それで?」

「後は整形だ。完全に変わるくらいの、劇的な整形だよ。後は別人として生まれ変わった皇帝が再び帝国を治めることになる」

「どうやったの」

「治癒魔法を駆使して、まあ細かい方法は……お前なら言わなくてもわかるだろ? 本人希望で麻酔無しだしな」

「悠真の言い方でわかった。誰がのかまでは聞かないでおくけど」

「答えは誰も、だ。自分でやったからな」

「……ふぅん」


 ある種の覚悟、のようなものだろう。

 皇帝が顔を変えたということは俺たち以外に知られるわけにはいかない。


 具体的には俺たちと、ハイロンやラントバウの首脳陣と言うべきか。

 今まで色々やっていたのは人形で、私は悪くありませんなんてものが通るはずもない――というのは仕方のないことだ。


 さっきも言った通り、本人は悪くない。

 むしろ俺が見る限り、彼は――クラウス皇帝はかなり善良寄りの人間だと思う。


 全ては魔人の仕業だ。

 

 それでも責任を取った彼を今はとりあえず褒めるべきだろう。

 これからどうなっていくのか、どうしていくのかはまた別の話だ。


 バラムとザガンの魔石は例によってダンジョン管理局に保管してもらっている。

 やはり魔石の使用先として有力なのは今のところは綾乃だな。

 明らかにスキルのスペックが高い。

 これより上があればどうなるのか……


 楽しみなような、怖いような。


「ふーん……」

「……まだ怒ってるか?」

「別に」


 知佳は常に表情があまり表に出ない方ではあるが、流石に鈍い鈍いと言われる俺でももうわかる。

 今は明らかに不機嫌だ。


 いや、今回の場合は誰も悪くはないのだ。

 知佳はもちろん、俺だって。


 戦争――大規模な戦闘になる可能性がある以上、俺は知佳を巻き込みたくなかった。

 それはこいつも分かっているだろう。

 

 だが、それとこれとは別だ。

 スノウやフレアたちは良くて、自分は駄目。


 理性では理解できていても、というやつなのだろう。


 なので俺は機嫌を取っている。

 知佳のことが好きだから。


「とりあえず帝国のことも落ち着いたし、今後しばらくは異世界の――キュムロスダンジョンの攻略に注力するし、今までよりは余裕あるんだよな」


 最後の滅びの塔。

 ダークエルフたちの領土に落ちたというそれを破壊するのももちろん急ぎの用事ではある。


 だが、俺はキュムロスが言っていた最後の塔を破壊する前に――というのを信じようと思っている。

 ダンジョンの攻略ともなればそこまで急ぎでやれるようなことでもない。


 一応キュムロス単体でも最奥まで行けているということは俺たちでもなんとかなるとは思うが……


「それで?」

「どっかのタイミングで出かけようぜ」

「どこに?」

「吉田城跡とか」

「…………なんで?」


 吉田城というのは現在で言う三河地方にあった城のことだ。

 地元では大体みんな知っているが、他所の人はほとんど知らない。

 そんな塩梅である。


 まあ知佳が知らないはずもない。

 知識量的にもそうなのだが、そもそも地元だからだ。


「あと、お前んちとかも寄りたいな」

「……何をしに?」


 どうやら自分のことになると知佳も鈍くなるらしい。


「全部終わったらって話なんだ。先に挨拶くらいはしときたいだろ」

「あ、挨拶って……」

「ご両親にだよ」

「……!」


 知佳が顔を赤くする。

 こういう反応を真正面からちゃんと見るのは初めてかもしれない。


 か、可愛い。


「こっちに招くんでもいいけどな。状況説明とかもしないとだし」

「それは私からもうしてるけど……」

「俺の口からも言うのが筋ってもんだろ?」

「悠真にそんな甲斐性があったとは」

「失礼なやつだな」


 いつものようにからかってくるが、顔は赤いままだ。

 なんだこの可愛い生物は。


 俺に顔が赤くなっているのを見られるのがよほど恥ずかしいのか、逃げようとするが両足を捕まえているので全然逃げられていない。


 と思っていたら影法師で小突かれて思わず手を引いてしまった。


 そしてついでと言わんばかりに俺を蹴ってから知佳が離れていく。


「今回は俺の勝ちだな、知佳」

「……変態」

「変態で結構。どうせ俺はスケベだからな!」

「変態、変態、変態、変態」

「…………」


 低いトーンでの責めるような連呼。

 やばい、ちょっと気持ちよくなってきたかもしれない。

 危ない傾向だぞこれは。


「悪かったって」

「次やったら悠真の黒歴史をネット上に垂れ流すから」

「それだけは勘弁してください、ほんとに。いやまじで」


 有名人になってしまったので黒歴史を知られると結構なダメージがあるのだ。

 いや、ほんと。


 ようやく普段通りに落ち着いてきたのか、知佳がジト目でこちらを睨みながら正面を向く。


「次は本当にないから」

「わかったよ。……で、いつ挨拶行く?」


 ニヤッとしながら聞くと、脇腹を影で突き刺された。

 い、痛いです。




----------

作者です。

後ほど近況ノートにも記載しますが、本日よりとうとう「ダンジョンのある世界で賢く生きる方法」のコミカライズ版が「マンガがうがう」アプリにて掲載されております!

大変お待たせいたしました!

コミカライズ担当、甘味みつ様による超ウルトラ美麗イラストにて悠真とスノウさんが見られます!

よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る