第330話:朱の裁き

1.sideバラム



 奪い続けてきた。

 同胞の魂を、下等な魂を、時には格上の魂を。


 奪って、奪って、奪って、奪って。


 魔人へと進化した。

 だが、ある日。

 絶対的な力に敗北した。


 敗北者には何も残らない。

 奪ってきたものを、今度は奪われる。


 そう思っていた。

 しかしあの方はそうしなかった。


 更に上――天界イーヴァにいるという神を殺す為、儂の力が必要だと。

 そしてさらなる力も与えられた。


 その力は、<略奪>。

 奪い続けてきた儂に相応しいスキルだ。


 そして儂は更に奪い続けた。

 

 命を、生を、知識を、スキルを、全てを。

 強者から奪い続け、魔王様へと仕えた。


 途中でザガンやアイムが配下へ加わり、最後にベリアルが加わった。


 儂らは四天王と呼ばれるようになり、魔界ミーオンを統一するに至った。

 次は天界へと攻め入る為、間にある世界を攻め滅ぼそうとし――


 再び、儂は敗北した。


 勇者と呼ばれている人間だった。

 黒髪に黒目。


 異世界から召喚されたというその人物は圧倒的な力をもって儂ら四天王をまず滅ぼした。


 激戦の末に魔王様まで敗れ、儂らの野望は潰えた。


 ――かのように思っていた。



 儂らはベリアルによって再び命を与えられた。

 否、あれはベリアルの力ではなく、今のあやつが信奉しているという存在によるものなのだろう。


 しかしその力の出どころは関係ない。

 大事なのは魔王様を復活させるというあやつの言葉。


 その為に、儂は準備をすることにした。

 魔王様へ捧げる魂を自分で用意することにしたのだ。


 とは言え、人間を飼育するのは時間がかかる。

 儂はかつて<略奪>によって手に入れたスキルや知識を駆使し、自動人形オートマタを作った。

 そして人間の記憶を複製し、自動人形へ与えた。


 だが。

 その人形に、魂が宿ることはなかった。

 

 所詮は下等な人間の複製物。

 食物となることすらできない玩具に用はない。


 そう考えていたところ、共に行動していたザガンが戦争を起こし、大量の魂を確保しておけば良いと言い出した。

 あやつは脳みそまで筋肉までできている魔人だが、その分食い意地も張っている。

 魂に関しては儂よりもより探究心が強いのだ。


 儂はまず皇帝を捕え、記憶を複製し、ある程度の操作を加えた後に自動人形へ植え付けた。

 そのままでは操りづらい人間だったからだ。


 下等な人間同士、馴れ合う必要などない。

 争いは多くの憎しみや痛みの魂を生み出す。

 

 自動人形は決して逆らわない。

 意のままに操ることができるのだ。


 ベリアルが信奉している人物が世界中に植え付けたという黒い塔も役に立った。

 あれの周りに生まれる鉱石をエネルギー源として自動人形を動かせば良いのだから。


 邪魔になりそうな人間は逐一対処する。

 全ては魔王様の為に。


 全ては。

 儂ら魔人の為に。



 だが――


 儂らは再び人間に邪魔されることになる。


 まず、アイムが死んだ。

 あやつは強いが、油断して遊ぶ癖がある。

 四天王として並び立つ存在のように言われていたことが腹ただしい程だった。


 次にザガンが死んだ。

 肉弾戦闘においては儂らの中では最も強力だったが、たったひとりの人間に敗れた。


 召喚術師。

 ベリアルから、警戒すべき人間だと言われていた。


 魔王様の復活まで待つべきかとも思った。

 しかし、四天王の二人がやられたのだ。


 放っておけば勇者として覚醒する可能性がある。

 そう考えた儂は、今のうちに召喚術師を討っておくことにした。


 持っているスキルの中でも攻撃性能の高いものを揃え、迎え撃った。


 そうしたら絶対服従なはずの自動人形が2体も叛逆した。

 1体は放送施設で余計なことをしたから、処分してやった。

 もう1体は邪魔者を消す寸前に割り込んできた。


 心など無いはずなのに。

 魂なき存在如きが。

 この儂の邪魔をしたのだ。

 

 召喚術師は青い魔力を纏っていた。

 あの青い魔力には見覚えがある。


 勇者から感じたそれと近いのだ。

 全く同一……ではない。


 質も、量も。

 召喚術師の方がはるかに上だ。


 恐らくは魔王様でも、復活直後では敵わないだろう。


 儂らの夢は潰えた。

 もう、何も希望はない。



「諦……めぬぞ……!」


 崩れ去った塔の瓦礫の中を這いずる。

 なんとか逃げ切って、再起を図るのだ。


 あのようなと戦おうと思ったこと自体が間違えていた。

 魔王様の復活後、力を十分に回復した後に総力戦を仕掛ける。


 そうすれば――



「お困りのようですね、バラムさん」

「き、貴様……」


 目の前に喪服のようなスーツを纏った、真っ黒い目の魔人が現れた。

 四天王の一人、ベリアルだ。


「助けてさしあげましょうか?」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら地面を這うこちらを覗き込んでいる。


「……貴様のような若輩に助けられるのは業腹だ。しかし、魔王様の為――此度ばかりは手を貸せ」

「良いでしょう」


 ベリアルは屈んで、儂に手を差し出した。

 それを手に取ろうとした直前――



 背中から、腕を差し込まれた。

 体の中まで。


 激痛が走る。

 

「がっ……はっ……!? な、なにを……貴様……!?」

「いえね、貴方少し弱すぎるんですよ。まだまだ彼らの力を見れていない」

「がっ……ガッ……アガァッ……!!」


 意識が遠ざかる。

 

 奪い続けてきた。

 だから。


 今度は。


「奪われる番、というわけですね。精々頑張ってください」


 ベリアルはそう言い残して、姿を消した。

 そして儂は――



2.



 <滅びの塔>が崩れ落ちる中。

 俺は全身を襲う痛みに悶えていた。


 駆け寄ってきたウェンディとフレアにかけてもらった治癒魔法でいくらかマシになったということは、激しい筋肉痛のようなものなのだろう。


 スノウが辺りをきょろきょろ見回しながら聞いてくる。


「あのジジイの魔石は?」

「言われてみりゃないな……?」

「まさか生きてるってわけでもないだろうけど」

「あいつ、命が何個かあるような感じだったからもしかしたら普通に生き残ってるかもな……」


 気配も感じるような気がするし。

 するとシエルが何かを感じ取ったかのように、ぱっと顔を上げた。

 

「……なんか地面が揺れておらんか?」

「言われてみれば……」


 俺はシトリーを見た。

 揺れている。

 いや別に、邪な気持ちがあったわけではない。

 最も揺れやすいものを見ただけだ。

 合理的な判断というやつである。


 ふ――と。

 雲が出ているわけでもないのに、影が差した。

 


「なっ……なんだありゃ……」


 シモンさんが上を見上げてわなわなと震えている。

 

 そこには巨大な怪物がいた。

 人間のような頭、牛のような頭、羊のような頭。

 まるでヒュドラのように複数の頭を持ちつつ、体は毛むくじゃらの熊のようにも見える。


 全長は30メートル程にも達するのではないだろうか。


 人間のような頭にバラムの面影が見えるが……

 まさか奴の奥の手か?


 いや、この感じ、どこかで覚えが……



「……悠真ちゃん、これ、ハイロンの時と同じだわ」

「あっ……」


 聖王がベリアルに何かをされて化け物に変貌したあの時。

 確かにあれと似たような雰囲気を感じる。

 

 とは言え――

 圧は段違いだが。


 ただでさえ強い魔人が更に強化されているようなものだ。

 例の魔法無効化が使えるままなら、こんなのどうしようもないぞ。


 

 そう思っていたら、人間の首に大きな傷が刻まれた。

 ウェンディだ。


「どうやら、魔法は通じるようですね」


 一瞬でそれは修復されたが、どうやら魔法無効化だったり吸収だったりという特殊能力は持っていないようだ。


 ただただ馬鹿でかいエネルギーを持った化け物ってだけだな。

 となれば――



「――フレア!」「お兄さま!」


 俺がフレアの名を呼ぶのと、フレアが俺を呼ぶのとが同時だった。

 これだけでかい相手だ。

 最善の手をどう打つか、というのが俺たちの間で一致したのである。


 レイさんとの繋がりはしばらく前に切れている。

 今度はフレアだ。


 <フルリンク>と違い、<思考共有>の負担は主に相手女性側へと向かう。

 なので今はレイさんが戦えない状態だが、俺はまだ動けるし――当然、フレアも動ける。


 連続での使用が理論上可能なのはわかっていたが、試すのは初めてだ。


 フレアの中から膨大な魔法へ対する造詣が入ってくる。

 逆に、フレアには俺から大量の魔力が流れ込んでいるはずだ。


 そして、今ならばレイさんとの<思考共有>では実現できなかった、こんなこともできるのだ。


 空を見上げて咆哮する3つの頭を睨み、詠唱を開始する。



『循環する力へ命ずる 繋がりし魔の力よ 我らへ仇なす敵を討ち滅ぼせ 聖なる炎よ 悪を滅し 哀れなる魂たちを救い給え――』



 魔力が膨れ上がり、そして形となる。

 俺とフレアが同時に手を前に突き出し、魔法は完成する。



あかの裁き』



 巨大な金槌だ。

 朱い炎でできた、巨大な金槌。


 熱さは感じない。

 エネルギーは全て、敵へと向かうのだ。


 

「ギ……ッ――」



 悲鳴とも、雄叫びとも取れるような不思議な声と共に。

 まるで消滅魔法ホワイトゼロに飲まれたかのように、暴走した(?)バラムは今度こそ、跡形もなくその命を散らすのだった。

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