第241話:世間の反応

1.



「あ、あの、皆城悠真さんですよね?」


 動画公開の翌日。

 コンビニで買い物をしている最中、店員の女の子からそう声をかけられた。

 大学生……か高校生かな?


「……えっ?」

「動画見ました! 凄くかっこよかったです!」


 自分の顔が赤くなるのを感じる。


「あー、いや、ど、どうも……」


 ていうか勤務中だろうに良いのだろうか。

 なんてことを考えたら後ろの方で店長らしきおっさんがキラキラした目で俺を見ていた。


 グルかあんたら。

 仕事しろ。


「あの、サインいただけませんか!? 売ったりしないので!」


 そう言ってサイン色紙(?)を2枚差し出される。

 1枚はこの子、もう1枚は店長らしきおっさんだろう。

 というかこれ売り物じゃないの?

 

「さ、サイン……だと……?」

「あっ……やっぱり駄目ですよね?」

「いや、そうじゃなくてサインなんて書いたことないから」


 郵便物を受け取る時くらいだ。

 最近はそれすら俺が受け取るんじゃなくて基本レイさんかフレア辺りが受け取っているので書いてないし。


 会社で必要な書類だとハンコか電子ハンコかのどっちかだしな。


「ってことはあたし達が初めてなんだ! きゃー!」


 書かないといけない流れになってしまった。

 しかしあの動画、昨日の時点で妖精迷宮事務所で普段出しているものの10分の1もないくらいの再生数だったはずなのだが案外見られているものなんだな。


 ダンジョン関係の動画は最近かなり伸びが良いそうなので、知佳の宣伝力に加えて俺もそれにあやかったということだろうか。

 腐ってもWSRで1位の男だからな。


 とりあえずサインを欲しがる女子高生か女子大生くらいのバイトの子に2枚適当になんとなく崩した感じのサインを書いて、牛乳を買ってそそくさとコンビニを後にするのだった。



「ただいま……」

「ん? どうした悠真、知佳ちゃんに怒られでもしたのか?」

「ちげーよ、母さんに買い物頼まれてんの」

「あーなるへそへそ」


 うち……ではなく、その隣のちょっとした二世帯住宅のようになっている方の家へ来た俺は、リビングのソファに豪快に寝転がりながら朝のニュースを見ている親父を一瞥する。


「こうして見ると駄目親父っぷりが半端ないな」

「な、なにィ!? 父さんだってちゃんと稼いでるんだぞ!?」

「柳枝さんから苦情が来ないことを祈ってるよ」

「ちっちっち。とっしーはそんな器のちっちゃい男じゃないぜ」


 だからとっしー言うなっての。

 親父を放っておいて、台所でなにやら作っている母さんの方へ向かう。


「母さん、牛乳……お菓子作ってるのか、珍しいな」

「ありがと。フレアちゃんにお菓子作りを教えてほしいって言われたんだけど、実はお母さんも作ったことないのよねえ。だからこっそり練習してるの」

「別に作ったことないなら作ったことないって言えばいいのに」

「将来の義母としてそんな恥ずかしいことできないでしょ?」

「……フレアはそんなこと気にしないと思うぞ」


 二世帯住宅式になってからも普通に母さんとこちらの女性陣とでちょこちょこ交流はある。

 一応、ちょっと長めの廊下みたいなもので繋がってはいるのでほとんど自由に行き来はできるのだ。


 ちなみにアンジェさんたちの住むところもそうなる予定なのだが、その家の建て方はちょっと工夫するのでその為の手続きというか細工というか工面が滞っているらしい。

 上手くいけば手続きさえ済めばすぐに家は出来上がるので、まあその辺はまた追々だな。


 リビングの方へ戻ると、ちょうどニュースが切り替わるところだった。


『次のニュースです。World Searcher Ranking、通称、世界探索者ランキング1位の男性が昨日動画投稿サイトへ動画を投稿し、反響を呼んでいます』


 リアルにズッコケてしまった。

 テレビには動画の内容が一部映っている。

 下の方には注意書きとして『許可を得て一部内容を放送しています』と出ているので、多分知佳か綾乃かのどちらかが許可を出したのだろうが……


「な……っなっ……!?」

「ぶっはははははは! お前テレビデビューしてるじゃねえか!」


 そう言いながら親父はリモコンを何やら操作する。

 すると左上の方に録画を開始しました。という表示が出てきた。


「おい親父! 録画してんじゃねえ!」

「息子の晴れ姿だからな! うっははははははは!!」


『昨年6月頃に突如現れた、アジア圏に住む謎の世界探索者ランキング1位の正体がまさか日本の大学生だとは思いませんでしたね。しかも皆城悠真さんはなんとあの妖精迷宮事務所の社長なのだとか』


 アナウンサーがなにかの専門家っぽいおっさんに話を振る。


『実は一部界隈で名前だけは判明していたんですよ、彼。まさかその正体がWSRのランカー……それも1位の方だとは誰も思いはしませんでしたが』


『かの日本の英雄、柳枝利光さんの相方として有名な凄腕の探索者、皆城和真さんとの関係性も注目されていますがこちらの噂についてはどうなのでしょうか?』


『事実確認はまだされていませんが十中八九、歳の離れた兄弟か……そうでなくとも血縁関係はあるでしょうね』


 したり顔で言っているおっさん、あんた間違ってるよ。

 兄弟じゃなくて親子だ。

 親父の見た目が若すぎるせいで全然そうは見えないけどな。


「おい悠真、俺のことをお前の兄貴だと思ってるよあのおっさん」

「親父が若作りしすぎなんだよ」

「ばっきゃろめ、俺のピチピチの肌は自前なの!」

「異世界行きの棚ぼたの癖に……ていうかどのみちピチピチの肌って感じでもないだろ」

「そうでもないぞ? 最近とっしーのおまけでテレビにちょくちょく出るからな、これでも美容には気を使ってるんだぜ」

「ソファに寝転がりながら言う台詞じゃねえな……」


 ちなみに異世界から帰ってきた後は普通に老化しているっぽいようなことを言っていた。

 その証拠として、爪や髪、ヒゲが伸びるようになったらしい。

 どうやら異世界にいた時は爪も髪もヒゲも伸びなかったそうだ。


「ていうかなんでこんなニュースで紹介される程伸びてるんだ? 確かに結構再生されてはいたけど、そこまでは……」

「あー、昨日未菜ちゃんとかとっしーとかがSNSで紹介してたからな。一応俺もしたし」

「……親父SNSやってんの?」

「これでも100万人くらいフォロワーいるんだぜ?」

「うわあ……なんか嫌だなあ親父が普通に人気を得てるの」

「お前尊敬すべき父ちゃんのことをなんだと思ってるの?」


 ちなみに未菜さんはスマホを扱えないので多分秘書さんがやったのだろう。

 綾乃あたりから話がいったか、自分でやったかのどちらかか。


「……親父はSNSで何呟いてるんだ?」

「見るか? ほれ」

「…………」


 見なきゃ良かった。

 母さんとデートに行った時の写真が主なものである。


 仕事の合間を縫ってでかけてることが多いからな。


 夫婦がいちゃついているだけの写真を見る為だけに100万人もフォローしてるのか……

 俺にはよくわからない世界だ。


 ちなみに柳枝さんのSNSは朝昼晩の食事がひたすら写っているだけで、たまに謎の顔文字と共に帰宅、とか寝る、とか言っているだけの超味気ない内容なのだがフォロワー数は親父の10倍以上いる。

 俺もちゃっかりフォローしてるし。

 何年も前からずっとだからフォロバはされてないけどな。

 言ったらしてくれるんだろうか。


 未菜さんのSNSはマジで何も呟いてない。

 テレビへ出演する時間帯とかの業務連絡を稀に投稿したり、ダンジョン管理局の公式アカウントの投稿を紹介しているだけなのだが、何故かフォロワーは200万人くらいいる。


 不思議だ。

 まあ俺もフォローしてるんだけど。


 親父からスマホを受け取ってすいすいいじっていると、うっかりいいね欄のところへスワイプしてしまった。

 そこには皆城悠真――つまり俺のことについて呟いている人の投稿に対して夥しい量のいいねを押している履歴があった。


 そのうちスパム扱いされそうだ。

 それはそれで面白いので黙っておこう。


「どうした悠真、顔赤いぞ。ははーん、父ちゃんと母ちゃんの仲良さが恥ずかしくなったな?」

「うるせえ」

 

 この親ばかめ。



2.



「イザベラ、君もSNSで紹介してくれたんだろう? だからお礼をと思ってね」

『べ、別にお前の為にやったわけじゃねえ! オレの目についたからたまたまだ!!』

「それでもありがたいよ」

『ど、どうしても礼を言いたいんなら今度日本にいった時に、な、な、なんか奢れ! それで手打ちにしてやる!』

「そうさせてもらうよ」

『本当だな!? 絶対だからな! 忘れるなよ! 約束だ!!』

「ああ、もちろん。それじゃあまた」

『お、おう!!』


 電話が切られる。

 やたらテンションが高かったな。

 何か嬉しいことでもあったのだろうか。


 どうやら動画が世界的にバズった要因の一つとして、WSRの7位セブンスことフランスの探索者、イザベラが動画を紹介してくれたというものがあったようなのでそのお礼をしていたのだが、相変わらずイケイケだなあの人。


「流石はフランス版スケバン。すげえ気迫だったな」

「なにか言ってました? イザベラさん」


 何やら書類作業をしていた綾乃が顔をあげる。


「偶然目についただけだから別にお礼を言われる筋合いはねえ! みたいなこと言われたな。スノウが言ったらツンデレだって一発でわかるけど、あの人の場合は本当に偶然目についただけなんだろう」

「……私、去年までの知佳ちゃんの苦労がわかった気がします」

「どういうことだ?」

「まあ、そのうちわかると思います」

「ふぅん……?」


 よくわからないが、まあいいか。


「そういえば今日は異世界の……ええと、龍の巣? でしたっけ? 攻略しにいかないんですか?」

「いや、この後行くよ。今日は16か17層くらいまで進めたいな」

「随分長いダンジョンですよねえ……そんな長いダンジョンってこっちにはありましたっけ?」

「ブラジルだかにあるダンジョンが30層くらいまで攻略されてて未だにボス層に辿り着いてないんじゃなかったかな。確かギネスに登録されてる」


 他にもちらほら割と長めなダンジョンはあったりする。

 今までは偶然そういうとこに攻略しに行かなかっただけだ。


「やっぱり深ければ深いほどモンスターも強くなるんですか?」

「いや、一般的には層が多ければ多いほどモンスターの強さはだけだって言われてるな」

「刻む、ですか」

「シンプルな例え話、5層までしかないダンジョンと50層まであるダンジョンでも、5層のモンスターと50層のモンスターの強さは同じくらいだってことだな。そんでもって2層と20層くらい、3層と30層くらいが互角ってイメージ」


 もちろんダンジョンによって難易度が異なるので一概にそうは言えないのだが。

 その場の地形や文化を再現しているダンジョンは難易度が高めらしいし。


 逆にダンジョンらしいダンジョンは難易度が低い傾向にある……のだがこれも例外は存在するのでやはり一口に言える話ではない。


「そういや綾乃って最近ダンジョン潜ってるのか?」

「この間、ライラさんとナディアさんと一緒にダンジョン行きましたよ。やっぱり異世界の人って皆さん強いんですねえ」

「やっぱり幼少期から魔法に触れてると違うんだろうな」


 魔力はもちろん俺の方が多い。

 しかし、魔法の練度という意味では四姉妹やシエルにはもちろん、ダークエルフの母娘たちにも及ばない。


「だとしたら、私たちの子どもなんかが生まれたら物凄く強くなるんでしょうか。悠真さんみたいに魔力も多くて、小さい頃から魔法も使えて……」

「私たちのって……」


 誘ってるのか? 誘ってるんだな?

 俺は真っ昼間でも気にしない男。

 誰かに見られたらその誰かも巻き込んでしまえば良いのだ。

 ぐっへっへ。


「あ、そういえば悠真さん、テレビの出演依頼が来てますけど、どうします?」


 ……違うんかい。

 どうやら天然で言っていたようだ。 


「……知佳は何か言ってたか?」

「好きにすればいいけど、できれば出た方がいい、とのことですね」

「テレビかあ……テレビなあ」


 あんまり目立つのは得意ではない。

 だが、そもそも俺が顔出しするようになった経緯を考えればそうも言っていられないだろう。


「とりあえず、前向きに検討するって感じでよろしく」

「はーい」


 異世界を救っている間、こちらの世界では何もしなくて良い――というわけではない。

 むしろこの準備期間に何をどこまでできるか、が勝負なのだ。


 忙しくなりそうだな、これからも。

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