第242話:強化形態

1.



「ニャッ!!」


 ルルの蹴り上げた青い鱗のドラゴンが光の粒となって消え去った。

 どうやらここしばらくの間にルルも相当強くなっているようだ。


 親父からは戦闘力的に見てガルゴさんとルルが互角だと聞いていたが、今ではルルの方が上回っているのではないだろうか。

 

「ルル様、先程よりも良くなっていますよ」

「ふふん、あたしにかかればこんなもんニャのニャ」


 煽てられてわかりやすく調子に乗っているこの猫がそのうち痛い目を見そうなのはまあ置いといて。

 

 場所は<龍の巣>。

 既に何度も来ているダンジョンで勝手知ったる……と言いたいところだが15層以降からは少し様相が異なり、広大な草原の中で戦うことになっているのでまた違った雰囲気の探索をしている。


 面子も俺、レイさん、ルルというかなり異色のパーティだ。

 これと言った理由は特にない。

 厳正なるくじ引きの結果だ。


 ダンジョンを攻略しにくるパーティがくじ引きで決まるというのもどうだか、と言いたいところだが、それでも十分すぎるほどの安定性を発揮できるのが俺の周りにいる女性陣の強さを物語っている。


 流石に俺、知佳、綾乃の三人になったりしたら再度くじを引くことにはなると思うが。


「そういえばご主人様、外出先でサインを求められたとお聞きしましたが」

「あー、昨日の動画の影響だな。まさか1日でそこまで広まるとは……」


 そういう流行りもんに敏感そうな(俺の偏見だが)女子高生や女子大生ならともかく、逆に疎そうな(これもまた偏見だが)店長のおっさんまで俺のことを知っている様子だった。


 紹介してくれた柳枝さんや未菜さん、イザベラの影響が大きいとは言えちょっと予想外だ。


「ニャッハハ、これでメスがまた寄ってくるニャ。良かったニャ、ユーマ」

「メス言うな。良くはなく……もないが面倒事の方が多そうなんだよな」


 一応、帰ったらシトリーかウェンディあたりに認識阻害の魔法を教わろうと思っている。

 マスクを付けたりサングラスをかけたり、というのも考えたがぶっちゃけ魔法で済むのならそれが一番気楽だ。

 お忍びの芸能人みたいになるのもなんだしな。


「ご安心くださいご主人様、悪い虫はわたくしが排除いたしますので」

「別にレイがやんなくてもフレアとかがほっとかないニャ。あいつの炎なら証拠も残らないしニャ」


 流石のフレアもそこまではしない。

 はずだ。


「まあ心配すんな。俺だって女の人なら誰でもいいってわけじゃない……おいルル、なんだその目は」

「別になんでもないニャ~」


 誤魔化すようにルルはトトトン、とリズムよく上の方へ跳ねていって、ちょうどこちらに気付いていた様子の青いドラゴンが猫パンチ、猫パンチ、猫キックの3コンボで倒される。

 

 パワーだけで言えば圧倒的に俺に軍配が上がるのだが、身軽さやスピードで見るとやはりルルから見習うべき点は多い。


 そのどちらにも劣っているはずのレイさんが近接戦闘の能力は一番高かったりするので格闘術の世界がかなり奥が深いのかもしれない。



「そういやレイさんってドラゴンは倒したことあるのか?」

「はい、剥製にしたいとのことで外傷を付けないように倒して欲しいと言われましたね」

「……そんなこと可能なのか?」

「少し難しいですが、不可能ではないです。ご主人様でしたらわたくしよりも上手くできるかもしれません」

「……レイさんで難しいと思うことが俺にできるとはちょっと思えないんだけど」

「いえ、これは技術の問題というよりは魔力総量の問題ですので」


 レイさんは広い草原にごろりと転がっていた大きめの岩の前で立ち止まる。

 何を、と思ったら一気に魔力を右の掌まで練り上げ、そのまま岩へ掌底を当てた。


 しかし何も起こらない。


「ご主人様は<付与魔法エンチャント>をお使いになられるとお嬢様方より伺っております。しかし、敬愛するご主人様と言えど、最初から付与魔法に成功されたわけではないですよね?」

「まあな。というか、ダンジョン産の素材で作った武器が手に入るまではまともに使えなかったよ。魔力を流すと砕けちゃって」


 それを上手いことできたのは俺の知る限りでは未菜さんだけだ。

 その彼女も今やダンジョン産の素材でできた武器を用いているわけだが。


「その応用です。魔力を相手の体内へ大量に、鋭く、素早く流し込むことによってピンポイントで破壊します」

 

 こつん、とレイさんが先程掌底を当てた岩を叩くと、その岩肌が剥がれ――中から砂のように粉々になった粒が流れ出てきた。


「……まさか岩の中だけをぐちゃぐちゃにしたのか?」

「はい、そのまさかです。わたくしの扱える魔力では正確な打撃が求められますが、ご主人様であればそこにある程度の無茶を効かせることができます」


 レイさんはさも当然のように言うが……


「……ルル、お前これできるか?」

「できるわけないニャ。似たような技は知ってるけど、ここまでの精度を求められると……アスカロンでも厳しいんじゃニャいか?」


 だよな。

 俺の知る限り、最も高水準で体術と魔法を極めているのがアスカロンだ。

 しかし流石の彼でもここまでのことはできないだろう。


 流石ウェンディの師匠なだけあって、その技術の水準は俺が思っているよりも遥かに高いようだ。


 ……ていうか、スノウに似たようなことをやってみたら、と提案されたことがあったな。

 あれは漫画の中国拳法から着想を得たと言っていたが、もしかしたら無意識下にレイさんのこの技を連想していたのかもしれない。


「……ま、やってみるだけやってみるけどさ」


 

2.



「はっ!!」


 高速で掌底を叩き込んだ翠色の鱗のドラゴンの胴体が、その衝撃に耐えきれずそのまま爆散して光の粒となる。

 

 なんやかんや17層まで辿り着いて戦っているので、決してドラゴンが弱いわけではない。

 ルルも3コンボでは倒しきれずに猫パンチ、猫パンチ、猫キックからの猫回し蹴りの4コンボで倒すようになっているし。


「成功しないにしても、魔力を直接ねじ込むだけでこれだけの破壊力なのか」

「いえ、これはほぼご主人様の膂力のみの結果ですね」

「……そうなのか」


 魔石を拾いあげながらレイさんが苦笑する。

 

「先程の打撃ですと、少し魔力を流し込むタイミングが速かったですね」

「魔力を流し込むタイミングを遅くした方がいいってことか?」

「いえ、むしろ打撃の方を速くしましょう。遅い方に合わせるといざという時、実戦で使えない技術になってしまいますので」

「なるほど」


 4コンボで空中のドラゴンを倒して降りてきたルルにもレイさんが助言する。


「ルル様、空中での回し蹴りなのですが、無意識に尻尾でバランスを取るようにしているのを遠心力を更に伸ばす方向へ改良すれば威力が上がると思います」

「ニャるほどニャ、ちょっとやってみるニャ」

 

 ちなみに普段のレイさんは完全にただの人間なのだが、そんな彼女にも尻尾が生えることはある。

 半サキュバスだけあって、をしている時に興奮が強まると羽と尻尾が生えてくるのだ。


 その時の記憶はほとんど残っていないようだが、魔力や身体能力なんかもその状態の時の方が高まっているので上手いこと使いこなせばただでさえ強いレイさんが更に強くなったりもするかもしれない。


 その為にはに慣れてもらうことから始める必要があるだろう。

 決してやましい気持ちを持っているわけではない。

 持っているわけではないのだ。

 

「ニャあ、色情魔」

「なんだアホ猫」

「お前がレイと同じことできるようにニャってもあまり意味はニャいんじゃニャいのか? 素の力でドラゴンを一撃でぶっ飛ばせる奴が内部破壊ニャんて覚えても使い所がニャいニャ。<理論魔法>もあることだしニャ」


 内部破壊は、言ってしまえば防御無視の攻撃になる。

 なにせ内部へ直接ダメージを与える技だからだ。


 しかし俺には既に防御無視の攻撃手段がある。


 それがルルの言っていた理論魔法――消滅魔法ホワイトゼロだ。

 だから今練習している技は必要ないのでは、ということなのだろう。


「ま、あれはあれで強力だし――最近じゃ不意打ちにも使えるようにもなったんだけどな」


 無詠唱で使える規模には限界があるが、対人戦ではそれでもあまり困りはしない。

 普通の人間は一部があれで抉り取られるだけで著しく戦闘力が下がるからだ。


「けど、やっぱり事前に警戒されてないことが大前提なんだよ、あの魔法。それに乱戦の中だったり、そうでなくとも戦闘中だと使いづらい。取れる手段は増やしておくことに越したことないだろ?」

「ふーん、そんニャもんかニャ?」

「そんなもんだ」


 消滅魔法ホワイトゼロは言ってしまえばワイルドカードのようなものだ。

 あのセイランの手下――ベリアルには一度見せてしまったが故に、他に切れる手札を用意しておく必要がある。


「あとさ、単純にかっこいいじゃん。内部破壊」

「そんなことだろうと思ったニャ」


 一応ジョアンの言っていた魔王がどうこうって話も気になるし、女神とやらの見た未来通りなら、少なくとも今の俺では魔王に勝てないというのならできる範囲で強くなっておくのは合理的だ。


 何か画期的な戦力の強化法でもあれば良いのだが……


「なあルル、お前って実は隠された強化形態とかあったりしないよな?」

「そんなものがあったとして隠しておく必要性がどこにあるのニャ」


 ごもっともな話だった。

 

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