第四章:進化

第71話:未知の世界へ

1.



「おい、起きろ。おーきーろー」


 ぺちぺちとベッドで昼寝をしている知佳の頭に触れる。

 

「んー……」


 むずがるようにして知佳はもぞもぞと腕で頭を隠した。

 別に俺は意地悪で昼寝をしている知佳を起こそうとしているわけではない。


 新たな層が出現したダンジョンについての情報を集めて欲しいのだ。

 柳枝さんは今かなり忙しいみたいだったからな。

 綾乃に今知佳は何をしているのかと聞くと、昼寝中だとのことで起こしに来たのだが……

 ていうかもう昼って時間でもないしな。

 夕方だ。


「起きないと悪戯するぞ。俺はもうお前にゃ遠慮しないからな。とんでもないことをするぞ。いいのか?」

「ん……」


 ごろんと知佳が寝返りを打つ。

 こいつ、黙ってるとマジで大学生には見えないな……

 年齢的には一番低いはずのティナよりも歳下にしか思えない。


 とんでもないことをするとは言ったものの、流石に気が引けるぞこれ。

 いやそもそも一線は超えているわけで、今更気にしたところでどうという話なのだが。


 俺がどうしたものかと悩んでいると、知佳がぱっちりと目を開けた。

 

「うわっ」

「なんだ、何もしないの」


 そう言って起き上がる。


「お前起きてたな!? いつからだ!」

「おい、起きろの前から」

「声かける前じゃねえか!」


 俺を試していたのか?

 手を出していたらどうなっていたのだろう……


「で、なに」

「お前が寝てる間にとんでもないことが起きてるぞ」

「悠真が寝てる私にしようとしたことより?」

「それはもう忘れてくれる!?」


 

 ある程度俺をからかって満足したのか、ようやく話を全て聞き終えた知佳は「調べるのはいいけど、それでどうするつもりなの」と聞いてきた。


「どうするもこうするも、ダンジョン管理局からの依頼もあるし行くしかないだろ。自惚れてるわけじゃないけど、俺達が行くのが一番安全だしな」

「お人好しだね、悠真。比較的安全なんだとしても危険なことには変わりないのに」

「誰かが傷つくかもしれない時に俺が代わりになれるならそれが一番だと思わないか?」

「……そう。それじゃ調べ始めるけど……あまり無理はしないで」


 知佳はそんなことを言って、自分のノートパソコンが置いてある方へ歩いていくのだった。


「……無理はしないで、か」



2.



 柳枝さんの手続きによって俺達は再びローラ達と共に掃討した鉱石ダンジョンへと戻ってきていた。

 ただし今度はフレアだけでなく、スノウとウェンディも一緒にだ。


 ここで得た情報はダンジョン管理局だけでなく、アメリカのダンジョン省にも共有されるらしい。

 特例で日本人の俺達がダンジョンへ――それも未知の領域へ踏み込むことを許可してくれている以上、それについての不満はないが。


 強いて言うならあのパットンとかいうおっさんにも俺達がひいこら集めた情報が行くのだろうかと考えるとちょっとやだなというくらいだ。


 ちなみに一時間程でざっくり知佳が調べてくれた情報によると、既にアメリカと日本ではこれらの情報が公開され、更にアメリカでは攻略済みダンジョンへの一般人の立ち入りが禁止された。

 日本でもまだ発表こそされていないが同じような流れになるだろうとのことだ。


 犠牲者は現時点で数十人確認されていると言う。

 フレアも言っていたが、あの新階層はモンスターの格が違うらしいので、一般人がふらりと入ってしまったらひとたまりもないだろう。


「ふぅん、これが例の光る階段ねえ……」


 スノウが臆せずに未知の16層へと続く階段を間近で眺めている。


「どうだ? 何か感じたりするか?」

「下の層からは嫌な感じはするけど、別にこの階段自体はなんてことないただの階段よ。ちょっと光ってるだけのね」

「ふぅん……」


 ちらりとウェンディを見ると、こくりと頷いた。

 うん、ウェンディが言うなら間違いないだろう。


「ちょっとあんた、今失礼なこと考えてたでしょ」

「気のせいだろ」


 ぷんすか憤るスノウを軽くいなして、改めて階段を眺めてみる。

 残念ながら俺は下の層から嫌な予感なんて感じられない。

 あり得ない仮定ではあるが、もし俺が一人でこの階段を発見していたとしたら特に疑問に思わず一旦降りていただろう。


 フレアですら一度引き返すと判断するような危険地帯に、だ。

 探索者でもここから先へ進めるのは限られたかなりの上澄みくらいなのではないだろうか。


 しかし今は一人でダンジョンのボスを余裕で倒せるような精霊が三人もいる。

 よほどのことがない限りは大丈夫だろう。


「マスター、事前の打ち合わせ通り、私達からは離れないでください。スノウの力が最も守りに適していますから、特にスノウからは」

「わかった」


 言われなくても離れるつもりはない。

 だってめっちゃ怖いし。

 正直、俺的にはフレアが一度引き返す選択をした時点でかなり怖い。

 精霊の力は本人達を除けば俺が一番知っている……つもりだからな。


「大丈夫です、お兄さま。スノウが役に立たなくてもフレアが必ず守りますから!」

「なんであたしが役に立たない前提なのよ」


 スノウがフレアに軽くツッコミを入れたタイミングで、陣形的に先頭を歩くウェンディが「では」と声をかける。


「行きましょうか。私達にとっても未知の現象です。くれぐれも油断はないように」


 入った瞬間の強制転移を警戒して、右手をスノウに握られ、左手はフレアに握られるというピクニックにでも今から行くのかという状態でいよいよ俺たちは16層へ立ち入った。


 

 16層へ入ると、すぐにウェンディが振り返って俺たちの姿を確認してきた。


「強制的な転移などはなし、ですか。ダンジョンの様相も変化はしていないようですが」


 ぐるりとウェンディが辺りを見渡す。


「強力なモンスターが相当数います。とは言ってもマスターなら問題なく倒せる程度ではありますが……」

「感じからして、新宿ダンジョンの下の方にいた奴らよりも強いわね」


 つまりあの赤鬼だったり天狗だったりよりも強いと。

 それだけ聞くと相当な強さっぽい。

 ……下手したら未菜さんやローラくらいの実力者でないとまともに探索できないような難易度なんじゃないか?


「それに……ボス級の気配も感じます。フレア、2時の方向に意識を集中して。マスター達が戦ったという女王アリに比べてどれほどの力を持っていますか」

「はい、ウェンディお姉さま」


 感知能力はフレアやスノウよりウェンディの方が上なのか。

 フレアもウェンディの指示は素直に聞いているあたりよほど信用していると見える。


「……魔石を取り除く前の女王アリと比較しても、それ以上だと思います」

「なるほど。ではスノウ、次は貴女の番です。新宿ダンジョンのボスに比べてどう思いますか?」

「こっちの方が気配は上ね。的が大きいから倒すのは楽そうだけど」


 でかいのか……というかそんなことまでわかるのか。

 もちろん2時の方向とやらに集中したところで俺には全くボスの気配を感じることはできないので、ぽかんとしながらそれらの報告を聞くのみである。


「ウェンディ、に比べてどうなんだ? スーツ姿の……」


 もしあれよりも強いのだとしたら。

 それでもウェンディ達ならば瞬殺できるのだろうか。 


よりは弱いです。というより、あれは並のボスの強さではありませんでした。突然変異のようなものだと考えた方が良いかと」

「……そっか」


 やっぱあれは別格なのか。

 そもそも遠距離攻撃が主体っぽいくせに、肉弾戦でもボコボコにされるくらいの力の差があったんだ。

 首なし侍の攻撃を避けることの出来た俺が、全く手も足も出なかったことを考えれば確かにあいつは突然変異みたいなものか。


 しかし、あのスーツを除けば今まで出会ったボスの中で一番強いのは確実だ。

 厄介なことには変わりないだろう。


「では手っ取り早くいきましょう。ボスと遭遇次第、私たちが即座に排除します。それでどうなるかを見ましょうか」

「わかったわ」

「わかりました、ウェンディお姉さま」


 なんともまあ頼れる仲間なのだろう。

 俺は後ろで見守っていよう。そうしよう。

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