359.突然の挨拶〜ガウディードside

「どうぞ、お三方にご挨拶なさって」


 社交界の花、レイチェル嬢が通された部屋に入ってすぐに挨拶を促す。

レイチェル嬢も俺達と同じ織物を使ったワンピース姿だが、どことなく妖艶さを感じさせる。


「イリャス=ハヤカワと申します。

父はジャガンダ国の陸軍中将を務めております」


 ジャガンダ国の絹織物で仕立て、あちらの着物と呼ばれる装いを思わせる色柄とデザインのワンピースを着た白い髪と兎の耳、緑の目をした少女があちらの国の略式の礼を取る。

隣国ザルハードの民に多く見られる褐色の肌なのが気になった。


「ディア=タチバナと申します。

両親はジャガンダ国で主に織物製品に関わる商いを営んでおります」


 同じような装いの、まだ少女の面影をどこかに残した淑女もまた、あちらの国の礼を取った。

こちらは白い肌、金髪に茶色の目の····。


 2人は最初こそ戸惑った顔をしていたが、すぐにそれを仕舞いこんで淑女然とした微笑みを浮かべて挨拶をした。


 エスコートをしている従妹のアリアチェリーナ越しにもう1人のエスコート役を担う褐色の肌の青年を見やれば、兎属の少女と同じ色合いの目を大きく見開いている。


 お互い、というか、恐らくレイチェル嬢とアリー以外は事前に何も聞かされていなかったらしいと察した。


 知り合ってから数年、大人びた顔立ちの青年へと成長している彼とは何度か会った時に世間話をする程度の仲だ。

うちの家紋の分家にあたる彼の養父のコード伯爵や悪魔兄弟、隣国ザルハード国の第1王子を介して話すくらいだろうか。


 ザルハード国出身の没落貴族だったが、伝手を頼ってこの国の伯爵家の養子となった。

学園を卒業後は第1王子の側近となる事を約束され、それに驕る事なく自己研鑽や人脈作りに励んでいる。


 名はジャスパー=コード。

愛称はジャスというらしいが、互いに愛称で呼ぶような仲ではない。


 彼とは馬車を降りてアリーをエスコートしながらこの建物のエントランスまで入った時に出くわした。


 彼もまた俺達と同じ織物で仕立てた礼服を着こなしている。


 戸惑った顔をこちらに、というか、アリーに向けているのを見て察した。

お互い何かしらの被害に合う同士だと。


「お2人共にご生家はジャガンダ国の貴族ですのよ。

縁あってしばらくの間私が後見する事になりましたの」


 さらりとレイチェル嬢が補足した。

間違いなく事情を知っているんだろう。


 彼女の更なる爆弾発言には本当に目をひん剝きそうになるが、それを見て妖艶さを潜ませた笑みが深まる。


 あの顔は隣にいるアリーと共謀し、何かしらのイタズラを俺に仕掛けたのが成功した時に見せる顔だ。


 彼女とは事業や共通の知人であるアリーを通じて何度も会い、私的な場では俺を愛称呼びにする数少ない令嬢だ。


 だが俺は愛称では呼ばない。

というか、呼べない。


 だって悪魔弟と同じくレイになってしまう。

それは彼女が気の毒過ぎる。

それ以外の愛称は恋人や親しい親族が呼ぶようなものになるから、必然的にレイチェル嬢で固定している。


 恐らくアリーもそうだ。


 だがレイチェル嬢はかなりアリーを気に入っているらしく、時々アリーにチェルお姉様と呼ばれたいのだと相談を受ける。

というか、ほぼ愚痴だ。


 アリーはああ見えて叔母上の血縁関係者と獣人以外には一線を引いて接するから、断られた時が怖いらしい。


 それで言えばここファムント領の次期当主であるシュレジェンナ嬢は一歩リードだろうか。


 最近時折見る2人はその事で火花を散らす。


 種類の違う迫力系美女だけに、その場に居合わせたり不穏な気配を感じた時は、そっとその場から立ち去るか、気配を消すようにしている。


 立場上アリーの従兄で今は保護者の代理だから、何かしらの巻きこみ事故に遭いそうで怖い。


「お2人共

私はアリアチェリーナ=グレインビルと申します。

こちらはこの領に滞在中の私の後見役をお願いしている従兄のガウディード=フォンデアス公爵令息、そして我が国の服飾産業に多大に貢献されているコード伯爵のご令息、ジャスパー様ですわ。

ジャガンダ国の多くの商会が所属する商会組合のカイヤ会長からは、常々お2人のご活躍を拝聴しておりましたの。

お会いできる日を楽しみにしておりましたわ」


 そう言ってこのアドライド国の礼を取るのは従妹のアリーだ。


 この状況で初めましてと素で挨拶するところが、なかなかのふてぶてしさじゃないだろうか。


 こういう時はさすがあのグレインビル家の人間だと思わずにはいられない。


 見た目は儚げな美少女だし、実際体は虚弱体質ですぐ熱を出して寝こむ儚さっぷりだが、中身はかなり腹黒くないか?


 馬車に乗ってここに来るまでに体調や、町の一件で精神的に疲弊していないかを心配していた俺は何だったんだ。


 ついでにここに来る時に叔父上に持たされていた、やたら高性能な通信用の魔具でアリーの真の保護者達に告げ口したら、何故か魔王や悪魔達にいびられた俺は可哀想だ。


 通信用の魔具では叔母上の顔真似も通じないから分が悪すぎるぞ。

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