294.元戸籍上の娘への葛藤〜ヒュイルグ国宰相side
『そして宰相。
私はあなたの憎しみにも疑念にも不信にも応えるつもりはありません。
最も近くにいて、救えなかったのは他ならぬあなた。
あなたの中の未消化なあらゆる感情はあなたの物であって私の物ではありませんし、あなたの過去を慮る必要性も、興味も私にはありませんもの。
それにご自分で消化なさらなければ、恐らくあなたの人生において全てが形骸と化しましょう。
あなたがかつて感じた愛情も、正道を尊ぶ心も含めて』
令嬢の苦言が進むにつれ、心が冷たくなっていく感覚を覚えていきました。
そうです。
結局最愛の婚約者を救えなかったのは、あの人を救えなかったのは私です。
思い詰めて死を選ぶ前に、私に頼って欲しかった。
けれど縋る事すらさせてあげられなかったのも私です。
何故、どうして、あの時ああしていれば····愛している、愛されていたはず、なのにどうして私ではなく死を選んだのか····何度も考え、後悔したところで既にあの人がいないのです。
消化されるはずがない。
想いを誰にぶつけても終わらない。
憎しみが増し、しかし同時に増すのは虚無感。
自分を赦せないのに、赦してほしいと誰にともなく願ってしまうあの人への冒涜。
だからこそあの人の死に関わる者だけでなく、その親類縁者である陛下やビアンカをも憎むしかないと思い続けていました。
それこそが正しいのだと····。
『いつまでつまらない確執を後生大事に抱えて動こうとなさらないのです?
せっかくの復讐の機会を
あなたの愛するどなたかは、それこそを望まれていたでしょう。
そして時間と共に何の罪もなかった咎人の子供が自ら咎を負い、いつか禊を受けるのでしょうね。
ああ、それがあなたの復讐かしら?
咎人達は何一つ罪の意識を持たず、その子供にすら価値を置いていないのに子供へ復讐するとは』
1度言葉を区切ってクスリと笑う。
『何とも滑稽ですこと』
最後は痛烈に皮肉られ、令嬢への殺意が膨れます。
いいえ、違います。
図星を刺され、自分を恥じたのを隠したかったから。
わかっています。
結局のところ、私は権力に屈して最愛の人を手放してあの女を妻にした。
ただの貴族令息に何もできないと諦めた。
あの人の身に起きた事を知って私のした事は、あの女と白い結婚を続けながら今更ながらにあの人の身に起きた事を裏づける証拠を集めようとした
自分よりもずっと若く、力のない王子だった陛下に味方する事もなく、父王を、国を相手に戦う双子の兄弟を近くで見ながら、それは自分の復讐に関係ないと無視した。
所詮はあの王太子も含めた腐った王族だと
大して味方もいない状況でお荷物でしかない飢えて病んだ領民を抱えながら、父王から忌み嫌われた王子だった陛下が国に立ち向かい、王太子だった兄を排除し、父王の力を削いだ。
対して私はそれに便乗し、情勢が陛下に味方するのを確信して身内を切り捨て、のし上がっただけに過ぎない。
恥ずかしいと思いながらも、たかぎ貴族令息の私が良くやったと矮小な心を慰める。
もっと確実に仕留める事もできたタイミングはあったはずなのに。
そして私の唯一の婚約者の死にビアンカは関係ない。
けれどあの2人を両親に持つから大事にもしてやれない。
ビアンカの為に我慢するには、長く慕われ続けたせいで生まれた情のような憐れみでは足りません。
私の中の暗く時間をかけた分だけ歪みに歪んだ憎悪の炎は消えずに鈍く燻り続けているのです。
お父様、と何度も呼ばれましたが、まともに返事をした事もない、血の繋がらない····娘。
根は素直な子です。
私がもう少し父親の真似事でもしていれば、あの子の傲慢さは鳴りを潜めていたのでしょうか。
周りへもっと配慮のできる子供に育っていたのでしょうか。
しかしもう手遅れだと思う自分が言います。
愛しいあの人を殺した者達の子供など親共々罰を受けろ、子供も生きているだけで罪人だと。
しかし自分がどんな者達の子供かも知らない、あの人の死に関わったわけではない罪の無いあの子を、冷たくあしらう私を父と呼んで慕う愚かな子供までもを断罪する事をあの人が本当に望むでしょうか。
しかしそう思う事も私にとっては復讐から逃げるようで、あの人に申し訳ない。
私は荒れ狂い始めた胸の内を誤魔化すように、言うだけ言って部屋を出る令嬢に殺意を向け続けるしかありませんでした。
時間が経っても令嬢の最後の言葉だけがずっと耳に残り、消えず····令嬢を見かける度に何度も苛立ち、憎々しく感じていました。
しかしその言葉が無ければこれまで独自に調べ上げた元王太子と元王女に関わる全ての資料を、信用しきれないまま陛下へと渡す事はなかったでしょう。
交換条件として然るべき時が来た時の尋問の権限を得ました。
もちろん宰相の仕事ではありません。
憎悪するあの者達を尋問にかこつけて拷問し、死んだ方がマシだと絶望させる為です。
必然的に傲慢な態度で城の者達に接し続けたビアンカへの不当な拷問等を用いた尋問が防げたのは、ただの偶然です。
あの時、ビアンカが尋問の場に来た時点で自分の出生の真実を知っていたのは、陛下が自ら先に伝えていたようです。
私から伝えるよりは、実の叔父である陛下からいくらかの情をかけた伝え方をされた方が良かったのでしょう。
顔面蒼白ながらも、幸いにも私の口頭尋問には素直に答えていました。
尋問に関わる言葉以外は話していません。
元戸籍上の娘の今後をどうするべきか。
この時はまだ人知れず葛藤し続けていましたから。
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