293.ある意味良い性格〜ヒュイルグ国宰相side

『じゃあね、エヴィン。

次にふざけた婚約もどきや婚姻なんて要求してきたら、君の前から完全に気配を消すから』


 令嬢は別れ際、ん、と陛下に両手を差し出して抱っこをせがみました。


 あと数ヶ月もすれば14歳となり成人するはず。

ですが、まだまだ背も体つきも小さく、幼い見た目の少女が上目遣いに強請るのは····不本意ですが私からしてもめちゃくちゃ可愛かった。


 妖精姫なんて噂されるくらいです。

庇護欲をそそるし、陛下の後ろからのぞき込む形の私でもうっかりそう思ったくらいですからね。


 幼女趣味の変態ロリコン野郎と噂される、令嬢が3つの頃からの筋金入りで他には脇目も振った事のない一途な陛下には願ってもいない可愛いお強請りだったのでしょう。


 だから本当に外見とは全く異なる、ある意味良い性格をしていると最後まで思わされてしまいました。


 固まった陛下が我に返り、おずおずと抱き上げ、デレッとした顔をしたんじゃないかと思ったタイミングからの、首に抱きつかれてドキッとしたんじゃないかと思ったタイミングからの、この台詞を耳元で囁かれたんですから。


 令嬢が大好き過ぎて、令嬢限定でドMな陛下にもなかなかハードなボディーブローだったと思いますよ。


 最強にして最恐の脅し文句だったに違いありませんから。


 陛下の隣にいた梟属のヒルシュにははっきり聞こえていたようで、ギョッとしてましたし、陛下の真後ろにいた私は唇の動きを読んでドン引きです。


 彼女がこの国に来て初めて挨拶を交わしてからほどなくして食らったあの言葉といい····本っ当に良い性格してますね。


 普段は見た目通りです。

どちらかといえば大人しく気遣いもできて、にこにこと受け答えをしています。

硝子ブロックや卓上コンロなど、この国に利益をもたらしつつ、職人達にも自信と可能性を明るく示した。

北の職人ほど頑固で偏屈な者が多いのに、そんな者達にもいつの間にか慕われていました。

皆が皆、好感をもつ令嬢。


 義理の兄達の前ではつくづく毎回デレデレと可愛く甘え、義兄達の言う事は何でも無条件に許す少女。


 しかし芯の部分はそこからほど遠く、苛烈。


 あれは令嬢ごこの国にきて比較的すぐの頃です。

 

『私のここでの用件は仕込み終わりましたの。

後は早くグレインビル領に帰る事だけが目的ですわ。

ですから滞在するのは後少しだけとしか考えておりません。

そもそも私は国王を始めこの国のトップ達全員が等しく大嫌いですもの』


 大嫌いのあたりだけ、とてつもなく良い笑顔で思わず陛下を憐れみました。

もちろん令嬢は大嫌いな陛下の反応など意にも介しません。


 側近であるヒルシュもどことなく顔色を悪くしていましたし、一体何をやらかせばこんな事を微笑んで言われるのだろうかとこの時は不思議でした。


 この時点で私が知っているのは、領主だった陛下が領民への援助の為に自分を忌み嫌う当時の父王だった性根の腐りきった男にある命令をされた事。


 それが物心もついていなかっただろう当時3歳の隣国のグレインビル領領主の養女を拐えという、息子の失脚か、あわよくば返り討ちにあって殺されるかを狙った命令でした。

結局父王も陛下も失敗していますが。


 そこで養女を見初めてロリコン野郎に目覚めたんだろうな、程度の認識です。


 彼女が何をどう仕込んだのかは、実は今も私にも検討がついていません。

恐らく陛下もですが、この国に何かしらの不利益を招くものではないと思っています。


 ただやはり、かのグレインビル家の令嬢なのだと妙な所で納得しました。

もちろん1番の目的は陛下の打診の取り下げでしょうが、それと引き換えにした親善の為だけにこの国に来るほど、グレインビルは甘くないようです。


 グレインビル侯爵であるあの養父の命令なのか、令嬢本人の狙いなのかわかりません。

しかし養父の許可なしに令嬢がここへ来る事はできませんから、侯爵は知っているという事でしょうか?


 どちらにしても養女を溺愛しているというのは有名な噂ですが、しょせんは養女。

陛下が執着するこの養女を使って何かしら企んでいるのかもしれない。


 そう警戒していましたが、仮にも一国の王に微笑みながらその王を始め私達全員が等しく大嫌いとかすその胆力には恐れ入りました。


『ですが特に何も致しませんわ。

だって何もせずともここにいるだけで、あなた達の望む囮にも餌にもなりますでしょう?』


 考えを巡らせていれば、私をしっかりと見据えてそん事を言い出します。


 この小娘····。


 どこまで気づいているのかは知りませんが、余計な事を言ってくれるものだと憤りました。

当然ですがあの男の息子である陛下もその側近や部下も信じてはいません。

少なくともこの時は。


 実際の所、10年前から追放された元王太子や婚約者の死に関わった者達の足取りを単独で追い続け、あらゆる情報を国内外からかき集めていました。


 陛下が執着し、グレインビル家の養女というだけでもこの令嬢は色々と利用できます。

加えて数年前の誘拐犯達が元王太子接触し、それとなく令嬢の情報を集めている素振りもあった。


 それならこの令嬢も陛下共々餌に使い、長らく憎悪し続けるあの形ばかりの妻を、そして直接的に私の大切な唯一の婚約者を傷つけ、絶望させ、死に追いやった元王太子を誘き寄せ、地獄の苦しみを与えてから殺してやる。

そう考えていました。


 陛下が即位してからの溜まった膿を絞り出すのは私からすれば、あくまでついで。

陛下も餌でしかありません。


 娘として私の籍に入れているビアンカも、成長と共に実の両親同様傲慢になっていきましたし、赤子の頃から可愛いなどと思った事もありません。

外見も実の両親によく似ていて、嫌悪しか感じない。

断じて、絆されたりなどしてやるものか。


 ただ····いつからか哀れな娘だとは思うようになりました。

不義の子供で、血縁上の父親は廃嫡され、国外追放となった元王太子にして犯罪者。

母親もいつかは実の父親共々、父親と信じて疑った事すらない私によって断罪され、名実共に犯罪者の子供となるのですから。


 貴族として母親に感化され、我儘に贅を尽くして生きてきたせいで内面もまともに成熟しませんでした。

貴族の娘以外の生き方をした事もありません。

私が復讐を果たせばビアンカは立場も尊厳も失い、生きてはいけないか、または死んだ方がマシな目に合う事は確定していたのです。


 令嬢のあの苦言がなければ、ビアンカは今頃そうなっていたでしょう。


 頑なだった私に吐き捨てた令嬢の苦言はあまりにも的を得ていて、あの時は反論すらできないほどに心を抉ってくれましたが、今はそれなりには感謝しています。

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