262.選択とままならない感情
「そもそも君達の常識は僕にとって非常識だ。
特に医療に関しては。
けれど君が領主だったあの時の伝染病の対処で僕の知識が正しかった事は証明した」
「それは····」
思わずエヴィンが口ごもる。
「また押さえつけるようなやり方で証明されたいの?
でもこの件に関しては僕にそうする必要なんてない」
あの時は必要だったから反対する奴らを脅して、無理矢理従わせた····あの赤い髪の彼に頼んで。
情報収集して当たりをつけていたとはいえ、当時の国王の命令でエヴィンの側にいた政敵全員をサクッと片っ端から言葉そのまま、消し炭にしてしまったのには内心ちょっと引いた。
まあ彼に任せたのは僕の責任だし、お陰でヒュイルグ国だけじゃなくナビイマリ国の伝染病も早期に収束したからいいんだけど····。
「心臓を止める事が殺す事になるならそうなるんだろうけど、そうしなければその心臓は救えない。
そしてその為の知識と経験に基づく緻密で手早い処置が必要になる。
だから僕の幼い手では救えない。
まだまだ巧緻性に欠ける。
ずっとそう言ってきた。
手術できる者が執刀するしかない。
それから僕は最初から何もしなくても、発作を抑える薬があったとしても、彼は遠からず死ぬとも伝えてあったよね」
「····わかって、いる」
静かに告げる僕に、エヴィンがギリリと歯を食いしばる。
僕はずっとできないと言い続けていたのに、結局は薬を飲ませれば治るとでも思ってたのかな?
もちろん治療の方法も知ってはいる。
手術するリスクはもちろん、起こり得る不測の事態もそれなりに予測はできる。
だから今の僕の手では絶対に手術なんかできないんだ。
「なあ····もしお前がもっと早くその手術をしてくれるように手筈を整えてりゃ、こいつの生存率は高かったんじゃないのか?!」
「そうだよ」
「だったら····」
「エヴィン····やめるん、だ」
迷いなく肯定する僕に間違いなく僕を責める言葉を吐こうとした弟を兄が弱々しくも止めた。
「もし僕が手術の手筈を整える場合、僕の大事な者がココに続いて君達のせいで再び失われる。
あの子が助ける事を望んでいても、だから僕はしたくなかった」
エヴィンが言いたい事はわかる。
だけど、少し前までの僕にはそれをしたくない気持ちしか無かった。
僕の言葉に双子は同じように顔を歪めた。
「けれどその事を君達から責められる謂れはない。
特にエヴィン、君にはね。
もし僕を責める資格があるとすれば、代償を払い消えてしまう、君達とは完全に無関係な僕の大事なあの子だけだ。
間違っても君達にそんな資格はないし、僕は何を犠牲にしても万人を助けたいなんて言う聖人になる必要性を感じていない。
君達がココに何も償う事もなく今日まで生きてきておいて、そのせいで僕が今日まで彼を助けない選択をしてきたのに僕を責めるのはお門違いとしか思わない。
結局僕は彼を助けても得る物は何もなく、失うだけなんだから」
「だったら、どうして今になって····」
エヴィンは僕が何を言いたいかを頭では理解しながらも、感情が追いついていないんだろうね。
何かを言わずにはいられないみたいだ。
「ココに夢で色々と言われたから。
ただの夢かもしれないけど、だから助けてもいいと思えた。
今ならまだぎりぎり間に合う可能性もある。
それに····」
『お前が医者で良かったよ。
リスクは理解した。
それでも頼む。
娘を助けてくれ』
あれから何百年経っても忘れていない、忘れられない、忘れたくない僕の大事な幼馴染で親友。
「それにあの時の君が····よりによってあの時の彼に似ていた、から····」
『それでも教えてくれ。
アイツを喪いたくない』
本当に、何でこいつなんかと····不愉快だ。
視線が自然と下に落ちる。
そうでなければきっと今も彼を見捨て続けていられたのに。
不意に、それまでずっと無言で成り行きを見守っていたバルトス義兄様の手が僕の頭を慰めるように、寄り添うように優しく撫でる。
ん、大丈夫。
「どういう····」
大きくて包容力を感じさせる手に頭を擦り寄せてからエヴィンの言葉を遮って病気を患う当人に問いかける。
「どちらにしても、ラスティン。
君がその低い可能性にかけて生きたいと望むのを選べるのは、今だけだ。
僕の大事なあの子はともかく、僕の気持ちは君が手術を拒否してもいいと思っている」
「その大事、な、子を····犠牲には····」
ああ、そうか。
あの子の事をきちんと伝えていないとさすがに断る方に舵を切るしかないよね。
それはフェアじゃない。
「言い忘れていたけれど、何もしなくてもあの子は遠からず消える事が避けられない。
それからあの子は人ではないから死の概念からは厳密に言えば外れている。
ずっと人殺しの道具として使われてきた子だ。
最後に誰かを救う為に力を使えるのなら、あの子としては本望らしいよ」
その言葉に双子は複雑そうな表情を見せる。
「ただ僕は····あの子にできるだけ長く、平穏で在り続けて欲しかった。
これは僕のエゴだと自分でもわかってる。
けれどこれがもし····もっと早くあの子と出会っていたら····君なんかじゃなく····母様を助けるのにその最期の力を使って欲しいと懇願しただろうね。
グレインビルの邸で君が倒れた時、必死で助けてと僕に泣き縋った君の子供達と同じように」
ラスティンがはっとした顔をする。
そうでなければあの薬を君に与えたりなんて、そもそもしなかった。
1度深呼吸して重苦しくなった気持ちを吐き出す。
僕をずっと撫でてくれている大きな指に、小さなムササビハンドを絡める。
「僕は自分勝手だから、綺麗事を言うつもりもない。
僕は君達が大嫌いだし、君を助けたら助けたで君達を今以上に嫌う自信しかないし、しばらくは自分にも苛つくだろうね。
でも助けなかったら助けなかったであの子に心残りを作ったまま消えさせてしまうから、結局それはそれで自分にも苛つく」
「····矛盾、しまくりだな」
もうエヴィンも僕にどう言うべきかわからないみたい。
ただ呆れたように、けれど複雑な自分よ胸の内の感情を持て余すかのように苦笑した。
「仕方ない。
人は元来そういう生き物で、僕も結局はそういう生き物なんだ。
それを····夢でココが思い出させてしまった」
『許さなくてもいいし、怒ってもいいんです。
ですが私の為にと思っているのなら、いつまでもそうしていなくていいんですよ。
アリー様の感情の赴くままに許してもいいし、悲しんでも、寂しく感じてもいいんです。
泣いても、それから笑ってもいいんですよ。
何よりも、助けるのを躊躇わなくていいんですよ、アリー様』
そっと、ココに言われた言葉を反芻する。
あれは僕にとって都合が良すぎる夢。
けれどあの時僕を抱きしめたココの温かさは今も覚えている。
現実味のある温もりだった。
それに何より僕は魂が在るというのを身をもって知っているから、あの時のココを否定もできない。
「選ぶのは君だよ、ラスティン。
そしてエヴィン、君も。
手術を受ける場合、君にも協力してもらう必要があるからね。
さて、どうする?」
心の中では手術という選択肢を選んで欲しくない自分もいる。
認めたくはないけれど、彼を助けたいと思う自分も····。
人の感情って本当に····ままならない。
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