259.エセ爽やか野郎と憤怒の悪魔〜ギディアスside
「へー、いい反応してんじゃん」
振り返ると既に背後を取られていた。
障壁を挟んですぐ目の前に男の顔があった。
まずい。
一瞬身構えたものの、特に攻撃の類は仕掛けてこない。
長年の王太子教育の賜物か動揺を表に出さなかった自分を褒めたい。
男は私の緊張感とは対象的に、軽い口調で面白そうにこちらを見ているだけだ。
私も改めて男を観察する。
私達と同じくらいの体格と年齢のように見える男は、燃えるような赤い髪は長く、目元は涼やかな青い目をしていた。
光の加減で目の青さが揺らぐように変わって見える。
刺客の可能性は低いかな。
外は雪も積もる真冬だというのに、外套も羽織らず随分と軽装だ。
顔立ちはバルトスと同じように貴族女性達が喜びそうな程に整っている。
氷と称されるバルトスとは対照的に快活そうな、生気に溢れた爽やかな青年といった印象を与える雰囲気を持っている。
1度でも会った事があれば忘れる事はないから、侵入者なのは間違いない。
見た目は人属だし、上機嫌に笑ってはいるけれど目は笑っていない。
なにより隙がなく、もし私が何か攻撃すれば簡単に反撃されそうな圧を感じる。
····この男は強い。
思わずゴクリと喉を鳴らす。
それにしてもどうやってここに入ったんだろうか?
この部屋は許可を与えた者以外は入れないようにしてある。
限られた者でも主である私に悪意を向ければ部屋には入れず、転移で入ろうとしても弾かれる。
「何の用だ。
今はお前の遊びに付き合うつもりはないぞ」
対してバルトスは全く動じず、先程とは打って変わって不機嫌な様子を態度を在々と出している。
知り合い、なのか?
口調は随分と気安い。
「うっわ。
超不機嫌だね、バルトス。
あーあ、残念。
もう少し驚いてくれてもいいのにな」
そんな友を全く意に介さず、突然現れたこの男は相変わらず爽やかに残念がる。
「ふん、エセ爽やか野郎め。
お前達の守護魔法の類いを透過する癖は城ではやめとけと言っておいただろう」
「えー、だってオイラの可愛い愛し子が泣いたんだよ?
オイラにだって泣いて恋しがってくれた事ないのにさあ。
それにお前達グレインビルみたいにオイラ達を弾くような類の魔法や魔具を使ってない奴が悪いんだろ」
口を尖らせて自由に喜怒哀楽を見せる。
····愛し子が泣いて恋しがる?
この男達を弾く類?
まさか····。
この男の正体が何なのかわかった気がする。
「ふん、俺の可愛い天使だからな」
「うっわ、そのドヤ顔ムカつくー!」
「それよりも、どうしても手を貸すというなら借りてやらなくはないが?」
「えー、何その上からの物言い」
私も同感だが、あのバルトスが他人の力を借りるという判断を下した事に驚いてしまう。
それだけこの男の実力を認めているんだろうか?
男の正体が私の思う通りなら、それはそれで納得するけれど····何だか嫉妬してしまうな。
けれど口を挟まずに2人の成り行きを見守る事にした方が良さそうだね。
「何だ。
貸さないなら出てくるな」
「何年かぶりだけどやっぱりグレインビルはまとめて気に入らない。
でも貸してやるよ?」
でもこの男も大概上からの物言いだ。
何年か前に離宮で友と舌戦を繰り広げていた稀有な存在のはずの彼女とどこか雰囲気が似ている。
彼もかなり高位の存在なんだろうか?
「それはお互い様だ。
だが借りてやる」
「俺の可愛い天使の為だ」
「オイラだって愛し子の為だし」
そう言って男は私の方を改めて見る。
「ふーん、王太子ってだけの事はあるみたいだね。
じゃ、先にヒュイルグの船着き場に行っておくから。
さっさと来なよ」
言い終わるが早いか、今までいたのが幻だったかのようにパッと消えた。
「そうそう、オイラ
だけど、オイラの愛し子があの狐のお嬢ちゃんが死んでからずーっと溜めてた負の感情から解放されたのは良しと思ってるよ。
ま、オイラ達は人
オイラ達が手を貸さなくなれば自然界が猛威を奮う事になりかねないから、そろそろお前達の国も気をつけた方がいいんじゃない?
オイラの愛し子を大好きな同胞は多いからね」
「?!」
男の声と共に、部屋全体に一瞬だけ殺意が満ちる。
バルトスが寮の自室で放っていたような物とは違う、私に向けた明確な殺意。
まるで殺そうと思えばいつでも殺せたと言うように。
「バルトス、今のは····」
「エセ爽やか野郎だ。
ん?
通信····なんだ、レイヤードか」
殺意の余韻を早く抜ける為に口を開けば、タイミング良く今度は彼の弟からの連絡らしい。
一応風で集音する。
『兄上、まだそっちにいるでしょ。
来なくていいから。
じゃあね』
ブツン。
切れた。
言うだけ言って、また切った。
何してくれてんの?!
レイヤード?!
そろりと兄であるはずのバルトスの顔を窺えば、そこには憤怒の形相の悪魔がいた。
叫ばなかった自分を褒めてあげたい。
「さ、行くぞ」
言うが早いか肩に手を置かれた瞬間景色が白く変わり、私の全身は風と雪に晒された。
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