255.シスコンと殺気と良い笑顔〜ギディアスside

「おのれ、レイヤードめ。

俺の可愛い天使を独り占めしやがって。

会ったら絶対凍らせてやる。

大体····」


 寮の自室に備え付けてある椅子に腰掛け、机に両肘をついて組んだ両手に顎を乗せたバルトスは溺愛する天使の通信を強制遮断されてからずっとこの調子だ。


 そこらへんの凶悪犯顔負けの悪人顔でぶつぶつと呟いていて、目が完全に据わっている。

はっきり言ってこっちはドン引きだ。


 行儀は悪いけど、友の視界から少し外れた斜め前辺りでその机にもたれつつ、浅く腰掛けるようにして背を向けて見ないようにしている。

寮の個人部屋で彼は誰かを招くつもりもないらしく、ここは他に座る場所がない。


 この呟きはいつ終わるんだろうね?


 黙っていれば氷の麗人と貴族女性達に崇められている顔が今は残念極まりなく、ここに彼女達がいたら間違いなく卒倒しそうだ。

この国の王太子としては彼女達の夢が末永く夢のままでいる事を願うばかりだよ。


 部屋のいたる所には少し前まで彼が吹雪かせた名残りが白く積もっているけど、部屋の主はお構いなしに殺意に没頭して殺気が駄々漏れだ。

刺し殺されそうな刺々しい殺気に長年の付き合いがあっても後ずさりたくなるから、そろそろ止めて欲しい。


 しかも理由が弟に妹との通信を邪魔されたから、というなかなかのしょうもなさっぷりだ。


 ····こわ

シスコンこわ


 まあ気持ちはわからなくはないんだけどね。


 彼の天使も頷いたとはいえ、よりによって10年程前まで長らく自領で小競り合いをしていた国だ。

しかもあの子の専属侍女を殺して誘拐しようとしたのがあの国王だったなんてね。

その国に当初の予定を大きく超えて滞在している。

その上数年前のように再び拐われ、これまた再び生死を彷徨ったんだから。


 私だってその報告をまとめて受けた時はそんな事をあの子にお願いしたのを少なからず後悔したし、心配で気が気じゃなかったよ。

幼少期からよく知る女の子で、兄心も少なからずあるもの。


 それでも侯爵と彼があの国に駆けつけなかったのは、このアドライド国や周辺国との関係を少なからず考慮してくれたから····だと思いたい。


 だって我が国が誇る魔術師家系の一員らしく、バルトスは魔術師として我が国ではトップクラスの実力者だ。

冬に閉ざされる最北端の国であっても、知らせを聞いてすぐの、妹が倒れたあの直後ならば渡る事はできた。

もし彼が自身の願望に忠実になれば、私が止めても無駄なのは間違いなかったから。


 けれど彼の立場はアドライド国グレインビル侯爵家嫡男であり、グレインビル侯爵次期当主でり、王宮魔術師団副団長だ。

冒険者を選び、ある程度自由に生きられる次男とは立場が異なる。


 そして父君であるヘルト=グレインビル侯爵もまた同じだろう。


 いや、1度はバルトスも休暇届を提出してたんだけどね。

さすがに他国の反乱が起きた直後だよ?

戦力的立場のある彼をその国に向かわせるのは色々まずいって事で却下したんだ。


 あの時、彼の感情が抜け落ちて凍えた目になった瞬間は今でも忘れられない。


 数年前にあの子が巻きこまれた誘拐事件から時間をかけて少なからず埋まった私達の溝が、今度は大きく深掘りされたのを確信した。

それでもそこで引いてくれた事には感謝している。


 王宮魔術師団を辞めるって言う時期が早まりそうな気がしてならないのだけが不安だけど。


 もちろんグレインビル侯爵にも自領に留まるよう父上と宰相から泣きのお願いを即座に伝えたらしい。

バルトスの上司であるネビル=マクガレノ団長の転移で内密に、直々に。


 その翌日からつい先日まで、父上はあまり人前に出なくなり、出る時は滅多にしなかった王冠を深く頭に被り続けていた。


 宰相もまた先日まで城にあてがわれている自らの執務室に籠城し、表には補佐を務める息子のマルスイード=ルスタが出るようになった。

ただ宰相の頭は冬の時期には似つかわしくない程短く、チリチリで寒々しいという噂が城内でまことしやかに囁かれるようになる。


 当然だけど誰もが王冠を黙殺し、宰相の噂の真偽を確かめる猛者もおらず、ささやかで謎な緊張感だけが城内に漂っていたのは言うまでもない。


 それはさて置き、侯爵はこちらの要望を受けて自身は領から出ずに愛娘を因縁ある国に滞在させ続けてくれているのだから、感謝すべきだろう。


 貴族籍ごと領主の立場を返上してきそうなのが不安だけど。


 ただ1つだけ、時々疑問には感じている。

本当に彼らは己の立場を考えてくれた結果だけだろうか、と。


 何故ならグレインビル家が溺愛する妹が渡航するのを許す事自体、本来の彼らから逸脱した行動だ。

しかも当初は彼女の専属侍女すら自国に置いて行くのを許している。

さすがに私達もそれは要望していないのに。


 もちろんルドの渡航に合わせて滞在の延期について打診した時、侯爵はかなり渋った。

いくら兄であるレイヤードが側に付いていても、あの国の冬は雪に閉ざされる極寒の地となる最北端の国だ。


 虚弱なあの子の体質を考えれば、そんな国で慣れない人間の世話では不安しかなかっただろう。

結局溺愛する彼女の希望は無視して専属侍女と愛馬兵器を送りつける事の他、もしも次男と天使が何らかの助けを求めた場合には今度こそ侯爵かバルトスが駆けつける事を王家も認め、その際に起きる何らの混乱の責も問わないと約束した事で折り合いをつけたようだけれど。


 とはいえヒュイルグ国の気候を考えれば駆けつけるのも難し····。


「ところでお前はヒュイルグ国の王城に入った事があったな?」


 ····うん、何か嫌な予感がしてきたな。


 自分の考えに没頭しそうだった意識が不穏な問いかけに浮上する。


 確かにヒュイルグ国王が即位した翌年、同時に執り行われた建国祭と即位式で我が国の王父上の名代として出席した。

あの時はグレインビル侯爵も護衛の1人兼、グレインビル辺境領領主として共に同行したんだったかな。


「えーっと····なくは、ない、かなあ?」

「そうか。

知っていたか?

俺の可愛い天使は当時父上が滞在していた客室に滞在しているんだ」


 うっわ、友よ。

突然めちゃくちゃ良い笑顔になったね。

········正直怖いんだけどな。


 彼は立ち上がり、振り向こうとしない私の背後から、ポンと両肩に手を置いた。

途端に転移魔法で転移されてしまう。


 転移先は見覚えのある私の執務室だった。



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お知らせ

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本日夕方にもう1話投稿します。

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