249.感情の決壊〜レイヤードside
「そう。
怒ってるのはニーアを連れてきたから?
でもこの極寒の国で冬を越えるなら専属侍女のニーアがいないと辛いのはアリーだよ?
元々は冬に入る前にグレインビルへ戻るつもりだったから、僕達はニーアを置いて行くのを許可してたんだよ」
「そ、ゲホゲホッ、ゴホッ。
それはわかってるもの!
だけど····だけど!」
少しずつ感情的になってきたね。
あともうひと押しかな。
僕の可愛いアリー。
本当はこんな風に追い詰めたくはないんだ。
でも心に溜まった物は吐き出さないと、本来の優しいアリーが歪んでしまう。
だってあの時はまだ3才で、普通は記憶になんてほとんど残らない時期に起こった事なのに、アリーは正確に覚えているでしょ。
だからかつての専属侍女だったココの命日には、アリーは必ず墓前とココの亡くなったあの場所に花を手向けるのを欠かさないんだよね。
護衛を兼ねる専属侍女だって、長い間拒絶してた。
あの時、僕はまだ血の繋がった妹であるルナチェリアと義妹としてのアリアチェリーナとを比べて、義妹だったアリアチェリーナを心から受け入れられていない時期だった。
だから父上達を見送ってからは熱を出してた義妹をココや使用人達に任せて部屋に籠もってしまっていた。
「ごめんね、アリー。
あの時、僕がちゃんとアリーを泣かせてあげられたらこんなに苦しまなくてすんだのに」
「う····っ、ち、がう····ゴホッ。
ちゃんと、目を、覚まし、てたら····ココ····」
そろそろ、いいかな?
狼は黙って痛ましい目で自分の腹に手を添えて服の上からアリーの体を優しい手つきでずっと撫でていた。
立ち上がってその武骨な手を退かす。
服を捲れば、真っ白なはずの体は朱に染まっていた。
どれだけ血を流したんだ?!
愕然としつつ、痛々しい小さな体を両手でそっと掬うようにして胸に抱きしめる。
もう拒絶はされない。
狼の腹にも血がこびりついていたから洗浄の魔法で綺麗にしてやる。
「ありがとうございます」
「僕の可愛いアリーに関わる痕跡を残したくなかっただけだ」
本来なら腹に抱えるのだって、アリーの血にまみれるのだって僕の役得だったのに!
睨みつければ微妙な目で見つめ返された。
何かな、そのちょっと引いてる類いの目は。
アリーは顔を見られたくないのか、僕の手の中で丸くなって体毛に顔を突っ込んでしまった。
体は小さく震えている。
白い毛にこびりつく血は乾いているから、ニーアが傷口だけは塞いだみたいだ。
でも毛で覆われているから傷口がちゃんと確認できない。
「あの時あんな寒い中、1人にしてごめん。
早く駆けつけられなくて、ごめんね」
「····っ、違う!
兄様のせいじゃない!
っ、ゴホッ。
全部、弱かった、から····っだ、からっ」
次第に感情的になる声に内心、早く爆発してくれと祈る。
「大丈夫。
泣いていいんだよ、アリー。
アリーはココが大好きだった。
理不尽に奪った奴が1番悪いんだ。
守れなかった僕もそうだよ」
「っだから違うって言ってるじゃないか!
兄様は悪くない!
許せないのは、自分自身だ!」
叫んで、ゲホゲホと咽るムササビの背中ををそっと擦る。
「「「グレインビル(アリー)嬢」」」
と、そこで
だけど直前にアリーの叫びを聞いたのか、大人しくしている。
「っだから、泣く、資格も····ケホ、あんな、死に方したココに····わる、い、のにっ」
やっと顔を上げてくれたと思えば、つぶらなムササビの丸目からぼろぼろと涙が溢れた。
どうかこのまま全ての感情を吐き出してほしいと心から願う。
「な、んで?!
何であんな、頭、だけ····っう、いっぱい、傷、顔、も、抉れ、てっ、ゲホッ····えっ、んっ、ココっはっ、あんな、風、にっ····んっ、ケホッ、し、死に方じゃな、くて、いい、じゃない、かぁ!!!!」
とうとう声を上げてわぁわぁと泣き始めた。
「許せない!
許せないんだ!
全部!
全部許せない!!」
張り裂けるような声を一気に上げ、僕の胸にしがみついて泣き叫ぶ。
その声に奥の部屋に控えていただろうマーサも慌てて姿を現した。
マジックポケットからあらかじめ用意していた毛布を取り出して体を包み、ネックレスを外す。
いくら上級の治癒魔法を使っても、傷が癒えきっていないのは間違いない。
毛皮で確認できずに万が一膿んでいたら、今のアリーの体力では命取りになる。
毛布に包まれて元の人の姿に戻ったアリーはやはり裸だ。
狼、許すまじ!
だけど今はそれよりも可愛い僕の妹、アリアチェリーナが優先だね。
僕の腕に乗せたアリーをそのまま抱えて元のソファに座り直す。
アリーはもちろん僕の膝の上だ。
僕の首に腕を回して声を上げて泣いている。
まだ感情的に許さない、許せない、ココ、と泣き叫ぶ幼い妹を子供にするように抱きしめて背中を優しく叩く。
妹が10年以上ため続けた心の澱が少しでも解消されるように、ただずっと黙って小さな背中をトントンとあやすだけだ。
彼らを見れば、皆真っ青な顔色になっている。
特に国王と側近はもはや色を無くして真っ白だね。
彼らは知らなかっただろう。
逃げた後の事など知ろうともしなかったはずだ。
ココの残った亡骸が頭部だけだった事も、それすら損傷が激しく肉片のような顔だった事も。
そして雪がしとしとと降る中、まだうちにきて3年ほどしか経っていない妹が、ココをシーツで包んで寝衣に裸足で震えながら座りこんでいた。
小さな頭や肩に雪を積もらせ、ココを抱き抱えていた小さな妹。
ずっと泣きそうな顔で、だけどあの時1度も泣かなかった妹を彼らは知らない。
僕がもっと早く義妹ではなく妹として受け入れていたら、泣いてくれていたかもしれないと思わずにはいられない。
長く泣いて、声が枯れた頃に意識を手放した。
だけど僕の首に抱きついた腕はまだ弛まない。
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