248.人生初の緊急事態〜レイヤードside

「ア、アリー?」

「ケホ、ケホ····嫌」


 僕の可愛いアリーのお馬さん3兄妹達と共に戻ってきたと聞いて城の入口まで出迎えれば、どこぞの狼の腹の中から冷たく突き放された。


 予想してはいたけど動揺が隠しきれず、上ずった声で名前を呼ぶも、やはり拒絶····。

咽ているのももちろん気になるけど、僕とアリーの人生において初の緊急事態に頭が真っ白になる。


「お、おい、大丈夫か、レイ?」

「ふ、ふふ····ちょっと黙っててくれるかな、ルド」


 だめだ、大丈夫じゃない。

ルドのウザさが際立つんだけど、あっち行っててくれない?


「いや、しかし····何故シルの腹からアリー嬢の声が?」


 そんなの愛くるしい真っ白なイタチかムササビになったからに決まってるだろう!


 心の中で叫ぶ。


「お嬢様····どうか、あと1度だけ治癒魔法をおかけ下さい」

「怪我をしたの?」

「ケホッ、嫌」


 ニーアの不穏な言葉に思わず眉を顰める。

あと1度?

何度かかけないと治らない怪我?

相変わらずの拒絶の声は少し震えている?


「毛に隠れてはっきりとは見えなかったが、かなり流血していたから傷は深かったはずだ」


 どこぞの国王が狼の腹を気遣わしげに見て報告してくる。


 アリーはただの掠り傷ですら上級の治癒魔法でないと治らない。

加えて元々の治癒力が低いのと、魔力耐性の低さで何度もかければ逆に傷の治りが遅くなったり、膿んだりしてしまう。

回復魔法もそうだ。


 もしもの時を考えてそういう系統の魔法も使いこなすニーアを行かせたけど、狼の腹に籠城されてしまってはできる事も限られてしまうのは仕方ない。


 というか、服は?!

まさか裸で抱き合っているのか?!

狼滅びろ!!!!


 思わず雷撃しそうになるけど、狼の腹にアリーが籠城中だったのを思い出して堪える。


「ひとまず部屋に行くよ」


 そう言って狼ごと転移する。

それに気づいたニーアだけが僕の転移に滑り込んだ。

予想通りだね。


「座りなよ」


 アリーと僕に充てがわれいる部屋に転移してすぐに暖炉の前の数人掛けのソファに狼を腰掛けさせる。

もちろん僕の可愛い籠城中のアリーの為だからね。


 僕もその横にある1人掛けのソファに座ると、マーサが気配に気づいて出てきた。

けどそれは僕のやや後ろに控えたニーアが手で制する。

アリーがいない時に顔合わせは済ませていたから、マーサは僕に軽く目配せして奥の部屋に戻った。


 マーサにはアリーがいつ戻ってもいいように部屋は温めてもらってたし、魔法だけではアリーの体を芯から温めてあげられない。


 本当なら捜索にだって僕が行きたかったけど、まだ大公が予断を許さないせいで断腸の思いでニーアに任せた。

もしもの時、大公の心臓に適切な雷を落とせるのは僕だけだったから仕方ない。


 僕の可愛いアリーの誘拐間際のお願いがなければ大公を優先なんかしなかったのに!


 正直大公の消えかけの命なんか僕の可愛いアリーの前では何の価値も無いんだよね。

そもそも本来なら彼はグレインビルの邸で発作を起こして亡くなってたんだから。


 それでもアリーが延命させてしまったから仕方なく手を貸している。

そのせいで僕の可愛いアリーが目の前で誘拐されてしまうなんて!


 もちろん予想外、というわけではない。

理由はまだはっきりしないけど、誘拐犯達の目的はあくまでアリーじゃないかとは薄々気づいていた。

連中が再び姿を現した時期からしても、隣国のどこぞの王女が動きだした時期にしても。


 本当、呆れる程にあの国王は王子時代から余計な事を仕出かすから殺意が湧く。


 今回の渡航からして全てが気に入らない。

僕だけじゃない。

父上も兄上も自分達の下した決断に納得はしてるけど、そうしたかったかと問われれば不服ではある。


 元々アリーから動くまでは放置しておくと決めていた。

そこの国王馬鹿からの自分勝手な婚約の打診も国王になったあの時以来、ずっと無かったからね。


 それならアリーの中の未消化な怒りや遣る瀬なさ、そういう心の澱が今以上に膨れ上がる事もないだろう。

そう考えて僕達家族は見守っていた。


 結局無駄にされたけど!


 今回はそれに乗じてアリーの父親として父上が決断してしまった。

だからずっと気にしていた娘の複雑な澱の解消に劇薬を投入するような真似をしたんだ。


 僕の可愛いアリーが心に溜め込んだ澱を払拭するには、1度は元凶の元で過ごさせるのも仕方なしと判断した結果だし、兄上も僕も頷いた。


 だけど冬に入る前にはアリーと帰るつもりだったんだ。


 なのに父上は効果が薄いと判断したのか、アドライド国の国王と王太子が第2王子の面倒を押しつけてきたのを了承する始末だ。


 さすがに父上からそれを聞かされた時は怒りで父上の執務室を半壊させてしまった。

けど父上もわかっててそれを許したんだから、気にしない。

そうでなければ半壊はさせなかったはずだ。


 そう、僕はまだ父上に敵わない。


 だからこのまま僕の可愛いアリーがあの日から拗れさせ、募らせた心の澱を解消できずにいると更にこの国での滞在を延ばされかねないと直感した。

絶対に後でアリーが怒ってしまうのもわかってて、専属侍女であるニーアを連れて来たのはそうさせない為に僕が投入した劇薬みたいなものだ。


 愛馬達も伴ったのは、アリーが不測の事態に陥った時や万が一拐われて怪我をした時にいち早く駆けつけて護衛をさせるのが目的だけど、できれば避けたい事態だったのは言うまでもないよ。


「アリー、出てきて傷を見せて?

誘拐犯達が傷つけたのかな?」

「ケホッ、嫌。

ケホッケホッ、怪我は自滅したの。

ムササビで逃げてる時に風に、ゲホッ、飛ばされて木の枝に引っかけた後で頭をぶつけたの、ゲホッ」


 咳をずっとしてるから、確実に寝込むだろうね。

少しずつひどくなってる。


 誘拐犯達はアリーを無闇に傷つけないと確信してたけど、アリーの難しい体調管理はできないと思ってた。


 まさか自主的に木の枝で怪我するとは思ってなかったけど。

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