193.増える特産品
「····あれ?」
「どうした、俺の天使」
「柔らかい?」
「····そう、だな?」
厳しい冬の寒さを少しばかり脱却した、南領あたりならそろそろ春かな、なんて言ってるだろう麗らかな陽気の下で、僕とバルトス義兄様はグレインビル領にある山の頂上に立っている。
もちろん北領の山頂だからね。
雪もしっかり積もってるよ。
僕は暖かい格好をして、氷熊のケープと皮手袋で防寒対策もバッチリだ。
そんな僕達は何をしているかと言うと、ずばり、バリーフェの発掘。
ほら、真冬に義兄様達が捕ってきてくれたあのお魚の魔獣だよ。
といっても外見はあっちの世界の髭鯨。
何匹か試しに欲しくて言ってみたら63匹も捕ってきてくれちゃったし、冬に差し掛かって体調が不安定になってきたからひとまず腐らないように1匹だけ残して天然の冷凍庫である雪山に埋めてもらってたんだ。
結局その1匹も料理人さん達が解体しようとしたのに僕の体調が悪くなって追加で雪山に埋めてもらった。
バリーフェのお肉はものっすごく硬いし、ツンとした刺激臭もある。
骨や皮はそれなりの硬度はあるけど他の魔獣と比べて特別硬いわけでもない。
内臓も何かに使えるわけじゃない。
なのにいるのは火山地帯のマグマの中。
しかも群れで行動するから個々は大して強くなくても、やり手のリーダーが統率すると集団でマグマを吹きかけてくるようになる。
その分攻撃力が高くなるから、火口付近に漂う事もある有毒ガスの存在も手伝って難易度は上から3番目のBランク。
放っとくと大繁殖して火山を噴火させる時もあるんだけど、火山地帯は元々人が住まないようにしてるから積極的な間引きもしてないんだって。
B級冒険者なら概ね達成できるけど、失敗すると死んじゃいますよ。
気を引き締めて覚悟して達成しましょうね、てレベルかな。
ちなみにマックスのSランクは火山の噴火とか大津波なんかの災害級の難易度。
引き受けたらもれなくほぼ全ての冒険者が死んじゃいますね、御愁傷様ですってレベルだよ。
A級冒険者の義兄様達が5人くらい集まってしっかり意志疎通と連携取れる攻防して、初めてS級冒険者に勝るとも劣らない戦力レベルがS級冒険者だよ。
僕は一言も勝つって言ってないから、そこ間違えちゃ駄目だよ。
災害級の力をもつ冒険者だからね。
世界中で3人いるらしいけど、その素顔は冒険者ギルド本部の中でも数名しか知らないんだって。
話は戻るけど、義兄様が掘り起こしたバリーフェが柔らかいんだ。
あの残してたバリーフェはうちの腕っぷしの良い料理人達ですら四苦八苦してたくらい本来はガチガチに硬いはずなんだけど、何故?
「義兄様、切れる?」
「やってみよう」
短刀を射し込む。
「切れたね」
「切れたな」
おかしいな。
大して力を入れてないのに、こんな風に刃は素直に入らない。
「そのままくり
短刀をぐりっと返して身を抉り出す。
ついてた皮も簡単に剥がせた。
「できたね」
「できたな」
差し出された身はぷりぷりした白身だ。
香りも臭くない。
辺りには誰もいないのを確認して、魔眼で見るけど、魔素も毒もない。
「焼いて?」
初級の火魔法で身を炙り、火を通すとどこかで嗅いだ懐かしい、香ばしい良い香り。
ほんのり赤く色が変わる。
受け取ってしばし観察。
「俺が毒見を····」
義兄様が何か言ってるけど無視してパクッと自分が口にする。
「アリー?!」
「····あれ、美味しい?!」
義兄様ってば珍しくお名前呼びだ。
マグマを泳ぐ怪魚だから焦ったのかな?
気にせずもぐもぐする。
この甘味と少し殻っぽく香ばしい風味、ぷりぷりした懐かしい食感····。
にこにこし始める僕の様子に好奇心を煽られたのか、義兄様も再び抉った白身を炙ってパクり。
「····旨いな」
それにほどよい脂がのっててジューシー。
本当に気になってた部分も一応確認したし、ひとまず5匹ほどお持ち帰りしよう。
今日はバリーフェのフライかな?
使い道ができたし、他はまだそのまま保存しとこう。
グレインビル領ならまだ雪は溶けないからね。
帰って改めてニーアに鑑定してもらってからその日はうちの料理人達と試食会したんだけど、なかなか好評だった。
後日お世話になってる取引先や商会長さん達はもちろんだけど、バリーフェ捕りに尽力してくれた人達にも配ったよ。
皆美味しいって好評だった。
僕のおすすめはバリーフェフライ。
僕はエビフライって呼んでる。
そう、味も食感もエビなんだ。
見た目鯨で中は海老。
バリーフェって面白いね。
この予想外の事態で僕の1番の収穫は義父様が晩酌のおつまみにリクエストするくらい気に入ってくれた事だよ。
それもあって翌年からなんだけど、グレインビル領の春珍味として期間と数量限定の雪室バリーフェが特産品になっちゃった。
火山地帯が多くある西の諸国との交易がまた増えたんだけど、ランニングコストが気になるんだよね。
と思ってたら何年かして、この国の西の辺境領とも取り引きするようになったよ。
西の諸国ほど大きな火山地帯はないんだけど、あそこにも小規模なのはあるんだ。
バリーフェの刺激臭がなくなって柔らかくなった原因は雪室効果だった。
天然の雪でじっくり熟成されていく過程で刺激物質が分解されて、身の糖度も高くなったんだ。
この国は北国だからあちこちに雪山はあるんだけど、あの固くて刺激臭のする身を無害化できるくらい効果的に雪室能力を発揮するのはこの領だけだったみたい。
雪国バンザイ!
そして春。
もうじきアリリアの咲く頃。
13才の誕生日を目前にして、僕はある物を作った。
それをポーチに入れて自室を出る。
「レイヤード義兄様、お待たせ!」
「····本当に行くの?」
できる専属侍女ニーアによって外見を令嬢らしく整った僕を一目見た義兄様はどこか不服そう。
義兄様も貴族令息としての整った装いだよ。
格好いいね。
「もちろん!
僕、生徒に見えない?」
「そんな事ないよ。
でも初々しくも可愛らしすぎて目立っちゃうね。
行かなくていいんじゃないかな?」
「それはダメ!
それより早く魔法技術学園に行こう!」
そう言って義兄様に抱きつくと仕方ないとばかりにため息を吐いてから僕を軽々と抱き上げ、転移で学園に連れて行ってくれた。
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