192.死んだ魚の目~ルドルフside

「見たところただの護身用魔具を酷使してるだけだよね。

しかも馬鹿の一つ覚えで真っ直ぐ飛ばす光の矢もどきばっかり。

Dクラスの魔獣の体すら貫けないなんて、ほとんど壊れかけだよ、それ」

「ただの····護身用····」


 呆然とする問題王子の顔からは完全に血の気が引いている。

いつもの彼なら相手を嘘つき呼ばわして否定するはずだ。


 だが大して強い方ではない魔獣の体にあの矢は1度も刺さらなかった現実を目の当たりにした。

だからこそ少しでも触れればただの火傷ではすまないマグマを吹きつけられる恐怖に負け、側近候補だというもう片方の問題児と共に俺達の後ろに逃げた。


 本人達は後衛役を担うなどと言って誤魔化したつもりだろうが、全く誤魔化せていない。

それに後衛とは名ばかりで、忘れた頃に光ってる矢や魔力の密度がカスカスな風の刃が飛んで来ては何回かに1回バリーフェの体に当たって霧散するだけだ。

正直コントロールも微妙で、こっちに飛んでこないかとひやひやした。


 どうでもいいが側近候補の方は問題王子の護衛も兼ねてなかったか?

まあ今更本当にどうでもいいが。


 俺とゼスト、ペルジア先輩でそんな逃げ腰の2人を庇いながら、後ろからの掩護射撃という名の不意打ちの攻撃に警戒しながらバリーフェの群れに対峙するなんて····正直こっちが恐怖していたぞ。


 あの悪魔兄弟が群れごと捕った?

そうしてくれなければまず真っ先にバリーフェに殺られていたのは俺達だ。


 実際あの2人はこちらの様子を見ながら捕っていたし、それはゼストの護衛のリューイも同じだ。

危険と判断した力の強いリーダー格をわざと捕っている。


 ペルジア先輩もある程度間引きされて弱い個体や群れになってから俺達から離れた。

様子を窺いつつ、対岸にいた危なそうな群れのリーダー格に絞って2匹捕ってくれた。


 確実に俺達に経験を積ませる為に動いてくれていたのだ。

それなのにこの問題児バカ王子ときたら····。

正直酷すぎて怒りより呆れの方が強い。


 そして逃げた上に俺達を盾にした事をバルトス殿にも先ほど指摘され、A級冒険者の立場から直接抹消の可能性を示唆された。

レイにはそうなった時に確実に起こり得る未来を語られる有り様だ。

ぶっちゃけ冒険者登録しなければこんな事にならなかったはずなのに、何も考えずに登録したんだろう。

入学当初にゼストが登録していなかった理由を考えた事もなかったんだろうな。


 これまで教会という強い後ろ楯や光の精霊王が自分についたという宣言、王子としての立場に守られもてはやされて構築されてきた高いだけの中身のない問題王子のプライド。

それは今、自らの失態の自覚と悪魔兄弟に突きつけられた現実的で容赦のない言葉にぼろぼろに砕けたようだ。


「何?

そんな事も気づいてないの?

そもそもそれにはまってる石、魔石だよ。

それもかなりくたびれててそろそろメンテナンスしないと割れちゃうよ?

精霊が宿るのなら精霊石でしょ。

ゼストの指輪の石が精霊石だから見比べてみたら?」


 更に悪魔弟は現実を突きつければ、問題児達が揃って愕然とした顔でゼストの指輪についた石に目をやる。

だが鑑定魔法を使えない2人にはわからないんじゃないだろうか。


「そもそも王族だ、高位貴族だと言うならそんな魔具に頼らずにもう少し自分の実力底上げしていかないと、ザルハード国自体が冒険者にも舐められちゃうってわからないかな?

今の君達って僕の可愛い妹の愛馬より弱いよ」


 いや、待て。

心の妹が手塩にかけて育てた愛馬は兵器レベルだ。

俺は単体でならやっと勝てるが、多分ゼストはほぼ互角。

あの3兄妹がまとめて襲ってきたら俺は絶対逃げる。

全力で逃げる。


「ほら、わかったらさっさと次やるよ」


 ん?


「兄上、絶対零度でそこの4人凍らせて下さい。

密度濃い目で」

「何だ?

のか?」


 え····どこに?


「マグマの中って誰も確めた事ないでしょ。

まともに魚も釣れないなら別の役割をしてもらうしかないよね。

4人共、魔石があったらしっかり採ってきてね」


 その時のレイの顔は、きっと心の妹がいつも通りにうっとりと眺める王子様スマイルとやらだったに違いない。

 

 こうして俺は阿鼻叫喚する間もなく瞬間冷凍され、俺達4人は揃ってマグマに放り込まれた。


 ····怖かった····本当に。


 マグマの中でじわじわ氷解するのを見ながら魔石を探すのはかつてない恐怖だった。

マグマの中で生態系の配慮から残されたバリーフェにつんつんされるのも、大きい髭の生えた口を開けて飲み込もうとされるのも怖かった。

連中に歯が無かったのをこんなに感謝した日は無かった。

2度とあんな日が来ない事を心から祈っている。


 この後南国にも入って5ヶ所の火山帯を巡り、俺は結界魔法を習得した。

魔力障壁は役にたたなかったからだ。

風魔法の精巧さも上がった。


 服は帰城するまでにいくらか焦げた。

問題児2人は結局ほとんどの服を焼失····溶失?した。


 今までなら絶対拒否しただろうゼストや平民で獣人でもあるペルジア先輩の予備の服を大人しく受け取っていた。


 バリーフェは結局俺とゼストは3つ目の火口でノルマを達成し、問題児2人は最後の火口でやっと1匹だけ2人の力で捕った。

だが彼らはマグマの中で転がる魔石を風魔法を駆使して採取する腕の方が格段に上がった気がする。


 アドライド国の王城に帰城した時の彼らの目は、捕ったバリーフェよりも死んだ魚の目をしていたように感じた。

きっと俺もそこは負けていなかったに違いない。


「お帰り。

悪魔使いを怒らせるのは2度としちゃ駄目だよ」


 そんな事を言う兄上の目がかつてないほどに生温かかった。

もちろん全力で頷いた。


 今になって····いや、今だからこそ気になる。

心の妹は何故使い道の無い、あっても代えのきく素材で有名なバリーフェを欲しがったんだろうか、と。

63匹って多くないか、と。


 もちろん彼女の事だ。

俺にはわからない、何か特別大きな理由があったからに違いない。

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