159.神出鬼没
「それで、グリッゲンはどうやって調理するんですか?」
「おっと、そうだったな。
まずグリッゲンは生の香辛料を使うのが特徴的なんだ。
つっても激辛過ぎて食べるのは人属の1部と獣人でも爺婆がほとんどだな。
カハイと一緒で年々癖になるらしい」
コーヒーを飲み干した僕に気を取られて進行が止まったおじさんに先を促す。
王子は隣で意を決した様子で一気飲みして悶絶してるよ。
おじさんは説明しながら手際よく材料を並べ始める。
あっちの世界と同じで目にも鮮やかな緑色がほとんどだね。
ヤッツは既に上を少し切ってあるから中の液体は出してあるのかな。
よく見ると実の真ん中を一周するように線が入れられてるから、下準備は終わってるね。
「まず1番大事なのがヤッツと南国ではよく見る辛青カコだ。
ちなみに辛赤カコもあるし、辛くないカコもあんだよ」
なるほど。
ココナッツと青唐辛子の事だね。
唐辛子は茄子科植物で、茄子を一纏めにしてこっちではカコって言うみたい。
こっちにもちゃんと黒紫色の茄子は存在してるよ。
おじさんは青唐辛子を1本両手で持って真ん中からプチンと割る。
あ、小さく飛んだ汁がテーブルのヤミーに····。
(ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!)
「あっ」
断末魔のような雄叫びを上げて小さい妖精が走り回る。
惨劇を目視できる王子が思わず声を洩らして立ち上がりかけると、彼を素通りして後ろの護衛、リューイさんの胸元に飛びついて大慌てで顔を擦りつける。
「ごほん。
何でもない。
続けてくれ」
王子はチラリと後ろを見てから座り直して誤魔化す。
リューイさんはこっそり下位レベルの治癒魔法をヤミーにかけてあげている。
あ、ヤミーが泣きながら王子の指輪に帰って行っちゃった。
そんなやり取りを目視できないおじさんは怪訝な顔をしながらも説明を再開する。
「それとこれ。
ウナ。
すっげえ臭いするけど、南国ではよく使う魚の塩漬けを発酵させたやつ」
パカリと瓶の蓋を開けるとあの独特の香りがする。
「うっ、腐ってないか?!」
王子、失礼。
「魚の発酵臭ですね」
「嬢ちゃん、わかってんじゃねえか。
これは炒め物にも使ってるぞ。
こっちはその上澄み液で、どっちもウナっつうんだ」
ふんふん、魚醤だね。
あっちの世界ではナンプラーって言葉の方がイメージしやすいかもしれないけど、ナンプラーも魚醤だし、僕の頭の中の識別は魚醤でいっか。
カイヤさんの商会でも東の国々で扱う魚醤は何種類かあるんだ。
「あとはペル、ボウ、ツァサ、レネなんかを刻んだりペーストにしたりして入れる」
パセリ、バジル、パクチー、レモングラスだね。
パクチーとレモングラス以外はこの国でもよく見るハーブ草だ。
王子がパクチーを手に取って香りを嗅ぐけど、すぐに元に戻す。
パクチーは人によっては受けつけない人もいるからね。
他にコリアンダーとクミンはアボット商会でも取り扱いがあるけど、そういえば全部乾燥させたものばかりだったっけ。
乾燥した香辛料を使うのがリー、そのままの状態で使うのがグリッゲンだよ。
かなり大ざっぱだけど。
「それとここらへんはどの国でもあるやつだ」
そうだね。
玉ねぎ、ニンニク、塩胡椒は本当にどこにでもあるんだよね。
「ヤッツなんだが、上切って中の液体をそのまま飲んでるのがヤッツジュースで、グリッゲンに使うのはヤッツミルクになる」
おじさんは奥に目配せしてから両手でヤッツを掴むとパカッと2つに割った。
ほうほう、こっちの世界の果肉はほんのりだけど薄い蛍光グリーンだ。
南国は蛍光色を纏う決まりでもあるのかな?!
「この果肉を潰して水か、中の果汁で撹拌して濾したらヤッツミルクの出来上がりだ。
搾りかすは乾燥させて料理の風味付けに使ったりする」
「どうぞ」
再び猫耳少女がタイミングを見計らって冷えたヤッツミルクを置いてささっと奥に走る。
····素早い。
交流する暇がない。
僕のケモ耳センサーが獲物は向こうだと反応し続けるのが切ない。
「飲んでみてくれ」
そんな僕の様子を気にもせず、おじさんはすすめてくれる。
ただグリッゲンの説明に入ってからは香りにやられっぱなしだったからか、王子は警戒しまくりだ。
でもヤッツジュース飲まなかった?
あ、ヤッツを切ってるとこ見なかったからわからなかったのかな。
仕方ないから僕が先に飲む。
「甘さもくどくないし、ミルクにするとヤッツの独特の風味も強くなって良いですね。
美味しいです」
それを聞いてから王子も一口。
僕をスケープゴートにしたのは気づかなかった事にしてあげるよ。
「これは旨い!
屋台で飲んだジュースと同じ味だが、こっちの方が濃厚だな!
これを入れるからグリッゲンは独特の甘さがあったのか」
「ああ。
南国じゃこのヤッツミルクを使った料理も多いぞ」
一気に明るくなったお客様のお顔におじさんもほっとしたみたいだね。
「南国にはベイは無いんですか?」
「ベイって東の国々の主食だよな。
南国にはねえよ。
西国と同じで平べったいパンが主食なんだ」
「····そうですか」
そう、インディカ米やタイ米は無いらしい。
小麦や大麦、ライ麦はあるよ。
餅米だってあるんだけど····これはいつか現地調査を····。
「アリー、駄目だからね」
そう、義兄様達が反対····ん?
「なっ?!
えっ?!
あ、ああ、レイヤード殿か」
「誰だ?!」
僕の背後から急に声がしたかと思うと、そっと僕の肩を後ろから優しく叩く。
後ろを振り向くと頬っぺたにふにゅりと人差し指がめり込む。
もう、イタズラ好きな義兄様も可愛いんだから!
おじさんはいつぞやのダンニョルさんと同じようにピョーンと跳躍してファイティングポーズを決めた。
さすが親子だ。
椅子が派手に倒れたけど全く気にしてないみたい。
王子はもはや神出鬼没なレイヤード義兄様には慣れきった模様。
まあ転移をしょっちゅう使う義兄様達だし、この国の王太子もマスターしてたものね。
でも今回のは転移じゃないよ。
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