141.舌鼓と戻ってから2

「あの兄妹、本当に兵器だよね。

でもお陰でこの領の兵士達も気が引き締まったんじゃないかな。

グレインビル兄弟だけじゃなく、侍女とお馬の師匠と馬にもこてんぱんにやられちゃったからね」


 あれ、ニーアとガンさんまで混ざってたの?!

暇過ぎちゃったのかなあ。


「海岸で発生したスタンピードの影響も殆どなくて領民も無事だったけど、たまたまだからね。

海岸への見回り予定の兵も誘拐騒ぎで城に留まって見回れてなかったのを知った時はぞっとしたよ。

たまたま君達が海岸にいて、たまたま正体不明の炎の魔獣が追い込んだのが干潮で広がった浅瀬の遥か先だったっていう偶発的な幸運には感謝しかないな」


 おや、何で僕のお顔をじっと見るのかな?


 そう、海岸沿いや人里にほど近い場所で何故か大量に発生した下級魔獣はそれを狙ったかのように現れた炎の魔獣やとっても俊敏な中級以上だと思われる魔獣に追いたてられて小規模ながら3つのスタンピードを起こした。

それらがたまたま海岸に向かって1つになり、干潮の時間帯によってできた崖下の浅瀬を通って隣国に向かってったらしいよ。


 翌朝領民が近くの海岸で見たのは見るも無惨な無法者達の亡骸だったとか。

そう、僕が知るどこぞの獣人の小国が滅んだ時の亡骸と同じように。

山中の魔獣はスタンピードとなる前に大半が討伐されたんだって。


 夜会は中止になるかと思いきや、翌日に行われたそう。

そもそもこの狩猟祭の主旨は隣国への牽制もあるでしょ?

そこへ隣国の関与を臭わせる王族の誘拐事件と不自然な魔獣の大量発生が起きたからね。


 王家や辺境領主としては王子も僕も無事に戻ってきたし、スタンピードは未然に阻止したってアピールがしたかったみたい。

ルド様は夜会に出席したらしいし、国の体面は守られたよね。


 王子が帰還して誘拐事件の主犯を特定出来たのも良かったんじゃないかな。

もちろん犯人は元近衛騎士団団長、副団長のベルヌ=アルディージャ、ジルコミア=ブディスカ、元王宮魔術師団団長のゲドグル=ダンラナの3名。

ただし理由や背後関係なんかの詳しい事は目下調査中で彼等は指名手配となった。


 無惨な遺体と成り果てた魔物呼びの香を焚いていた無法者達からは当然だけど身元がわかるような物は何も出なかった。

もちろん隣国の関与なんて表立っては調べられないよ。


 だからあの3人が捕まるまではずっと調査中になるんじゃないかな。


 なんて思いつつ、僕はギディ様の視線を無視してそろそろ少し冷えただろうタコ焼きをパクリと食べた。


 外はこんがり、中はトロリとした食感がたまらない。

ほんのり甘く酸味のあるソースが生地とタコの旨味を引き出している。


 ケルトさん、素晴らしいソースの開発をありがとう!


 向こうで串焼きをせっせと焼いてるケルトさんに心で感謝しつつ、気になってた話題をギディ様にふる。


「ギディ様、お会いされた婚約者の方はいかがでしたの?

確か婚約者としては初めてお会いされたとか」


 ふふふ、ついニマニマしちゃう。

王妃様との恋バナはこれから先も実現しないからね。

息子から恋愛エキスをいただこうじゃないか。


「あれ、アリーもお年頃かな。

そういうのにはまだ興味が無いのかと思っていたよ」

「ふふふ、その他大勢の令嬢の1人としては、自国の素敵な王太子殿下と隣国の美姫と噂される王女様との初の婚約者としての逢瀬は気になりましてよ?」

「互いにスタンピードの脅威に晒された国として国境付近で行った、慰労会という名のお茶会だよ」


 そう、これまで同盟国としての結束強化の為に結ばれた婚約者達は婚約してから1度も直接会ってないって話は本当だった。

一応隣国との同盟を結んだ15年くらい前に当時2才の王女が大使と一緒にこの国に来たらしいけど、当時はギディ様も6才。

挨拶したくらいの印象しかなかったんだって。

それから何年かして婚約してからも互いの交流は手紙くらいって、政略結婚にしてもどんな仲なのって思わない?


 だけど同盟国で王族が婚約者同士だといっても今回みたいに隣国は度々不穏な動きを見せてた。

うちの国も積極的に婚約を継続させようとはしていないし、それは隣国も同じだったみたい。


 うーん、外交難しいよね。

ギディ様はともかく、王女はもう17才になる年だから、あちらの学園を卒業間近のお年頃だよ?

婚姻するにしても王太子妃になるわけだから、この国の妃教育を受けてからじゃないと婚姻させられないからね。

最低1年の教育期間を考慮したって婚姻は19才。

教育期間は延びる事もあるからさ。

 

 で、偵察と牽制と婚約についての今後の様子窺いでこちらから強くプッシュして慰労会という名のお茶会が先月実現したってわけ。


「王女と王太子殿下の婚約者としての初めてのお茶会のお話を当人からお聞きする機会なんてそうそうありませんもの。

ぜひお聞きしたいですわ」


 カモン!

浮わついたお話!


「今の私はただのギディ····」

「バルトス兄様、接近禁止中の王族の方が紛れて····」

「わかった、降参だアリー。

バルトス、一応確認するけど、この辺一帯の幻覚と防音の魔法は完璧?」

「俺の天使をむさ苦しい野郎共に晒すとでも?」

「わかったよ。

あのね、アリー。

多分このままだと婚約はかい····」

「え、ストップです。

期待してたのと違いそうなんでもういいです。

巻き込み事故はもうこりごりです」


 レイヤード義兄様が不穏な気配を察知したのかバッと僕の両耳を押さえて遮ってくれた。


『婚約は解消になる』


 唇はそう動いたけど、見なかった事にしよう。

僕は読唇術は使えないからね。

気のせい、気のせい。


 あ、バルトス義兄様ってば、ギディ様の頭はたいたけど、不敬罪にならないよね?


「ところでシル様はまだ謹慎中ですか?

今日はお会いできると思ってましたが」


 慌てて話題を変える。

だけどギディ様は少し気まずそうな顔になった。


「あー、シルは····」

「アリー嬢!

やっと来れたぁ!」


 黒豹のアン様がザザッと砂浜を蹴って目の前に現れた!

遅れて王子達と闇の精霊も来たけど、僕は少し膨らんで毛並みが乱れた黒いお耳と尻尾にロックオン!


「アン様!

お耳と尻尾を····」

「「アリー」」

「····きょ、今日はお約束は····」

「「した」」


 ふぐっ。

こういう時の僕の義兄様達は息がピッタリだ。


 したね、確かにしたよ。

何なら昨日からずっと釘刺されてるよ。

だからパラソルエリアの向こうにいる獣人兵士や獣人騎士、更には彼等の家族にちらほら見える可愛らしいお耳や尻尾は見なかった事にしてるんじゃないか。


 でも僕の前に突然差し出されたら我慢してた分お耳と尻尾愛が炸裂だよ?!

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