108.笑い上戸が過ぎる

「アリアチェリーナ嬢、その、彼女達が無理に連れて来たようだがすまなかった」

「なぜ王子が謝るのです?」


 僕の前からケーキが消えるのを待って隣の王子がおずおずと謝ってくる。

そう思うなら事前に食い止めて欲しかったんだけどな。

ちなみに大人組は3人で世間話を始めてるよ。


「彼女達は····」

「ディナ」

「リナ」

「ディナとリナは俺にとっては従姉弟のような関係なんだが、少々お節介で····」


 その言葉に美人達はムッとする。


「お節介じゃありませんわ。

ね、ディナ」

「そうでしてよ。

まだまだお相手を決められない我が国の王子を憂いておりますの。

普段あまりお顔を合わせられないご令嬢の中でアリアチェリーナ嬢とはまだお話しされていらっしゃらなかったでしょう」

「いや、それは····しかしレイ、レイヤードと約束をしていて····」


 王子がもごもごと言い淀む。


「ですから私達がでしゃばってお連れしたんですのよ」

「レイヤード様にはそうお話しなさればルド様にはお咎めもないでしょう」

「····レイヤードに限ってそれは····」


 うん、何となく読めてきたけど、大方レイヤード義兄様に僕と直接的な接触はしないとか約束してたんじゃないかな。

で、それを聞いたお節介美人達が気を利かせて僕をここに連れて来ちゃったと。


 これ、後で義兄様にこってりしぼられるやつだよ。

義兄様なら王子相手でもそんなの関係ないって一刀両断するよ、絶対。

王子もわかってて何で強く引き止められなかったんだろう?


 でもまあ3人の会話聞いてたら、明らかに王子のが弱いから仕方ないのかな。

年上のお姉様達だものね。


 でもでも、そんな事よりも義兄様の気遣いを感じられて僕はとっても嬉しいな。

お家に帰ったら久々に僕にお耳と尻尾を生やしてわしゃわしゃさせてあげようかな。

毛がふわふわした動物がいいかな?

それともつるつるした感じ?

うーん、迷うなあ。


「ねえ、アリアチェリーナ嬢。

まだハンカチはお持ち?」


 清楚美人の微笑みに現実へと引き戻される。

何だか嫌な予感がするな。


「残念ですが、伯母様、従姉様の他にお2人に差し上げてしまって、差し上げられそうな手持ちが無くなってしまいましたの」

「そんなにお持ちになってらしたのね。

予備があればルドルフ殿下にも差し上げて欲しかったのですけれど····」

「せっかくの機会でしたのに、本当に残念ですわ」


 やっぱりね。

とりあえず心にもない事を言っておこう。


「ぶふっ····あ、いや、ふふ、すまない。

そんな笑顔、で····くくっ」


 あ、顔に出ちゃってた?


 にしても王子って笑い上戸なのかな。

そんなに面白い?

むしろ不敬とか言われそうだけど。


「ね、ディナ。

やっぱりアリアチェリーナ嬢が絡むとルド様の表情が違いますでしょう」

「ええ、そのようね。

私もアリアチェリーナ嬢なら····」

「2人共、悪ふざけはそこまでになさい」


 スルフェルド公爵夫人が柔らかい口調だけどどことなく圧を込めて止める。


「そうでしてよ。

これ以上は三大筆頭公爵家と称される私達にも許されない発言よ」


 やんわりと、しかし確実に制止するカリェッド公爵夫人。


「「申し訳ございませんでしたわ」」


 美人2人はしゅんと項垂れ、謝る。


「すまないね、グレインビル侯爵令嬢。

今の話は忘れて欲しい」


 僕にもしっかり口止めするリュドガミド公爵。


「もちろんそう致しますわ」


 願ったり叶ったりだよね。


「ぶっ、そんな嬉しそうに····くっ····」


 王子、もう少し空気読みなよ。

明らかに王子の婚約者が決まってなくて年上の従姉達が気を利かせようとしたら僕に飛び火したってやつだよね。


 一応僕は魔力0の虚弱体質引きこもり令嬢を地でいってるんだから、間違っても三大筆頭公爵家が僕を推したら駄目なやつだからね。

まあグレインビル侯爵令嬢ってバックグラウンドはおいしいだろうけど、それを上回る不良物件だと心得て欲しいよ、まったくもう。


 なんて思いながらもお顔は淑女スマイルだよ。


「ふふ、怒らないでくれ。

大丈夫だ、俺だってレイヤードの怒りの雷撃は恐いんだぞ。

それにアリアチェリーナ嬢を妹にしたいと思う事はあっても、11才の女の子にそっち方面の感情は湧かないから安心してくれ」


 今度は王子に頭をぽんぽんされる。

何でバレるのかな。

でも僕の機嫌が急降下したのがわかったのは何よりだよ、王子。


 それにしても僕の頭は撫で心地が良いのかな?

さっきはお隣の公爵にもされたし。


「まあ、ずるいですわ。

私達だってアリアチェリーナ嬢には妹になって欲しいと思いましたのよ。

ね、リナ」

「そうですわ。

抜け駆けは許しませんわよ」

「もしかして、それで俺の婚約者に仕立てて妹として囲い込もうとしたのでは····」


 王子が恐る恐る尋ねると、美人達は清々しい程に開き直った。


「あら、やっと気づきましたのね」

「お年を考えてもまだまだ社交界には出ませんのよ。

それにグレインビル家が一丸となって領から出さない深窓の妖精姫ですもの。

次はいつお会いできるかわかりませんわ。

ね、ディナ」


 うん、やっぱりもう帰りたい。

仲が良いのはわかったけど、僕にとっては巻き込み事故以外の何物でもないよ。


 でも見る限り三大筆頭公爵家と王家は今世代では婚姻での縁は結ばない感じだね。

確か血が近くなりすぎたからっていうので何代か前から分家筋での婚姻はあっても本家との婚姻は意図的に回避してるって義父様から聞いた事があったな。


「歓談中に申し訳ございません。

そろそろ····」


 この会場で1番身なりを良くしているバトラーが遠慮がちにお隣の公爵に話しかける。

身分的には平等だけど、公爵と公爵夫人とでは立場が違うものね。


「楽しい時間は過ぎるのが早いね。

行こうか。

王子、グレインビル侯爵令嬢のエスコートをお願いしても?」


 むぅ、余計な事を。

でも今回は仕方ないか。


「喜んで。

受けてもらえるか?」

「私の方こそ喜んで」


 淑女スマイルで差し出された手を取る。


「ぶはっ」


 ちょっと、そこでうけるの止めてよね。

王子ってば笑い上戸が過ぎるよ!

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