83.私の現実2~sideクラウディア

「フォンデアス公爵家という家名にただ胡坐をかき、自身の能力や公爵令嬢、いえ、ただの貴族令嬢としての立場や考え方すら身に着けていらっしゃらない。

貴族として、貴女の大好きな公爵家という家門のご令嬢として、貴女はどのように義務を果たされていたのです?」


 義務なんて、そんなもの求められた事はありませんでしたわ。

けれど····教えられてはおりました。


 陞爵の経緯····政治的な思惑?

ただ功績が認められて、としか····政治的な思惑なんて、考えた事がありませんわ。

それに自領の事は当主がなさる事ではありませんの。

ただの令嬢の私が知るわけ····そう、令嬢····。

それを都合良く免罪符にして自分に少し有利になれば、努力していると見せつけられればと軽く考えしまいましたわ。

お母様が淑女教育以外も学ぶようとおっしゃったのはきっとその事を伝えたかったからなのに?

お父様に尋ねるような疑問など何も持たず、及第点程の意味を成さない知識を詰めただけ。

なのに認めていただけないと嘆いて····。


 今にして思えば、お兄様も見捨てずいつも諭そうとしていらっしゃったのに。

あぁ、けれどこれまで見下してきた偽物に言われても素直に認められ····。


「実際淑女教育以外にも学ばれていたとお聞きしていますから、表向きな話だけでなく実情を知る機会はありましたよね」


 図星だからこそカッと顔が熱くなって怒鳴ってしまいましたの。


「馬鹿にしないでちょうだい!

お父様にお聞きした事はありませんが、貴族令嬢は淑女教育以外の教育は講師が教える範囲で十分でしてよ!

わざわざ聞く必要などありませんわ!」


 自分で言いながらもどこかで情けないと嘆く自分を自覚して、少しずつこの偽物に追い詰められていく感覚に嫌な汗がでてしまいますわ。


 そう、やっと自覚しましたの。

周りには公爵令嬢だと言いふらしても中身は平均程度の貴族令嬢で、にも関わらず他人には公爵令嬢としての権利を求めておりました。

なのにいつも言い訳をして並みのレベルにしか学力も魔法も伸ばせず、それを恥とも思わず身を粉にするような努力などしてもいませんでしたわ。


 けれどまだ私は甘く考えていたのでしょう。

偽物の続く言葉に自らが招いた現実が公爵令嬢としていかにあるまじきものであったか突きつけられたのです。


「そうすれば前回や今回のような貴女のせいで起きた損害は発生しませんでした」

「損害って····」

「領主の一族からすれば前回の慰謝料や今回の直接売上にも関わる取引額の上乗せなど完全なる損害でしょう。

損害というより、むしろこれは人災ですね。

ただの淑女教育の範囲内での義務を主張なさるのならば、少なくともでしゃばらずに口をつぐんで会話の内容に耳を傾けるよう淑女としての言動を取って然るべきでした。

そうすれば従兄様はなぜ私にあの新作のケーキを手土産として持っていらっしゃったのか、なぜ感想を求めたのかその意味も理解でき、こちらに知らせもなく訪れた他家でその場をかき乱した上に他家の娘を罵った挙げ句、次期公爵閣下の最終決定を格下の私達の前で告げさせるなんていう恥を晒す現実はどう間違っても引き寄せなかったでしょう」


 私は反論する事などできず、唇を噛んで俯いてしまいました。

そう、やっと思い至ったのです。

迷惑をかけたのは叔父様とレイヤード様であったはず。

もちろんワイン等は持参して使用人には渡しておりますが、正式に手土産と称したのはケーキでしたわ。

お2人共に甘い菓子は苦手にも関わらず。


 けれどお兄様は偽物に手土産と言って渡した····お兄様が、次期公爵家当主が1番気を配ったのは····その、理由は····。


「あなたの与えた人災に対しての補填と今後の人災を予防する行為が早急な貴女の婚姻です。

自分が与えた人災に対しての義務は果たされるべきでしょう?」


 偽物の言葉に血の気が引いていくのを感じずにはいられません。


「そもそも貴女が暇さえあれば手当たり次第に出席しようとするお茶会や夜会に出る為の衣装、家同士の勢力関係など考慮もせずに自分をもてはやす者だけを招くお茶会を開きたいと要望するならその費用。

それには税を納める領民の働きが不可欠だとお分かりですか?」


 そう、お母様からはまだ早いとお茶会を開く許可を出された事などありませんでしたわ。


「そもそも何故グレインビル侯爵家の次男になど嫁ごうと思われたのです。

貴女が産まれてからこれまでに消費した領民の捻出した領税に対して発生する領主の令嬢としての義務を果たさずして何が公爵令嬢なのですか?

まさかとは思いますが、義務と権利は別々の物なんて子供じみた考えをお持ちでしたか?

そんなだからあなたは数日以内に私より家格の劣る伯爵夫人へと身分が変わるはめになるんです」


 ただ、レイヤード様が好きで····自分は家格が最上級なのだから好きに嫁いで良いとしか····。


「ただし、私個人への貴女の悪感情については正直興味はありません」

「····は?」


 偽物の言葉で思考が止まりましたわ。

そんな私に偽物は更に告げていきました。


 偽物は私に興味が、ない?

私が偽物を嫌おうが好きだろうが····どうでもよい?

気持ちの悪い考え?

路傍の石?


「私が個人的な何かを貴女に思ったとすればそれは、相手にすらされていないのに勝手に暴走して自爆したんだなあ、くらいのものです。

今そこで通り過ぎているただの風景よりどうでも良い他人事なんですよ」


 私はこの偽物に全く相手にされておりませんでした。

勝手に敵視して、空回って責任をとっただけ。


 絶望にも似た無力感に支配され、もう何もできず、何も話せなくなってしまいましたの。

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