80.馬車の中の辛辣1

 翌日、僕達は馬車に乗ってそれぞれ出発した。

ただしグレインビル家の馬車には僕とフォンデアス公爵令嬢の2人きりだ。


 他の3人は先に従兄妹が乗ってきた馬車で早朝に出発したよ。

従兄様ってば、すっごく僕を心配した顔で馬車に乗り込むまで何度も僕の方を振り返ってた。


 でもまずは伯父様夫妻に筋を通してもらわないとね。

先に出たのは、まぁそういう事。


 ちなみにニーアとお馬の師匠は御者台でお馬の3兄妹を操縦してる。

妹2頭が令嬢に威嚇しようとしてはリーダーの兄と師匠に窘められてたんだけど、僕の知りうる範囲で令嬢は彼らには何もしてなかったはず。

何でだろう?


 初めは令嬢と2人きりだと中で僕に何かされるといけないからって、ニーアも中に入ろうとしたんだけど僕が断ったんだ。

でも安心してよ。

言いつけを守ってレイヤード義兄様が出発前に持たせてくれた防御用の魔具は身に着けてるから。

何かしら危害を加えようとしたら触れた瞬間雷撃する《バッチ来い電撃君》と防御壁で守る《絶対ガード君》だ。

僕が2日考えて命名した義兄様の痴漢撃退グッズだよ。


 公爵令嬢の前で言葉そのままに危ないから持っててって渡された時はどうしようかと思ったよ。

むしろ今後の対策に義兄様にこそ必要だったんじゃないかな。


 後頭部に突き刺さってきた視線が痛いような、むしろ痛ましいような。

でも時々無視されても救いを求めるような目を従兄様や義父様に向ける以外、令嬢は終始無言だったよ。


 馬車の中でもずっと無言。

だけど目は口ほどに物を言うってやつで、視線は煩い。

僕たちはお昼前に出発したんだけど、最初は忌々しそうに、次いで妬ましそうに、最後は悔恨に変わった。


 僕はその間ずっと無言を貫いて、時々例の水筒に入った温冷様々な紅茶やお茶を飲んでは本を読んだり横になったりして時間を潰している。


「お前は何も言わないのね」


 ぽつりと言葉がこぼれる。

僕は読んでいた本から令嬢へ視線を投げる。


「私がお前をどう思っているのか、何をしたのか聞いたのでしょう?

自業自得だとか、許さないとか、色々思う事はあるのではないの」


 僕を睨みつけながら紡ぐ言葉はそれとは裏腹に弱々しい。

睨みつけるというよりは砕け散ったプライドをかき集めた虚勢かな。


「私は家族からフォンデアス公爵令嬢については何も聞かされておりませんでした。

そのような状況では何かを思う事そのものがありませんよ」

「でも今は聞いたのよね?」

「そうですね」


 令嬢は値踏みするように僕の顔を見つめる。


「それなら私がお前を嫌っているのも知っていますわよね」

「そうですね」

「だったら!」

「レイヤード兄様に付きまとった事、決まってもいない婚約者に成りすまそうとなさった事はグレインビル侯爵令嬢として、また義妹として今後は許しません。

調査資料を昨夜確認し、事実確認は致しました。

もちろんフォンデアス公爵家、グレインビル侯爵家の約3年前に取り交わした示談書にも目を通しております。

公爵令嬢であってもその言動はグレインビル侯爵家やその侯爵令息を社会的に貶めておりましたし、我が国の貴族法にも抵触しておりました。

家格が上であれば何でも許されるわけではございません。

だから示談書という不名誉な公爵家からの書類が我が侯爵家に存在するんですよ」


 僕の言葉に今度ははっきりと睨みつけてくる。

しかし気にしてあげない。


「ただし、すでに示談は成立し、慰謝料は支払われております。

また昨日の事についても取引額を上乗せしていただくことで両家の話はまとまりました。

なので現状としてこの件に今は申し上げる事はありませんわ。

ですが個人的な感想をどうしてもとお求めなら申し上げますが、公爵令嬢としてどころか貴族令嬢としての品位に欠けていらっしゃるとは思っております」

「お前のような元は卑しい捨て子などに!」


 思わず声を張り上げる令嬢に、あえて静かに坦々と話す。


「だから何です。

元は何であれ、今の私はグレインビル侯爵閣下が認めたグレインビル侯爵令嬢です。

当然の事ですが、家格など関係なくたかが一介の令嬢が貴族家当主の決定に口を挟む権利はございません。

そのような事を平気でなさっているのですから、そう思われるのは仕方がない事ですよ。

さしずめあなたは考え違いも甚だしい傲慢な小娘です」

「たかが一介の!?

傲慢な小娘!?」


 僕の言葉によほど驚いたのか目を白黒しているのがちょっと面白いね。

あ、レイヤード義兄様にしでかした事はちゃんと聞いたよ。

だから僕の機嫌は良くはないんだ。


「はい、私も貴方もたかが一介の貴族令嬢でしかありません。

貴族の身分など当主の意向でどうとでもなる、何の権限もない、先祖や親の威光に縋っているだけの貴族の娘なのですよ、フォンデアス公爵令嬢。

あなた自身に公の力や権限が何かありましたか?

そのように考え違いも甚だしいから当主の気持ち1つで嫁がされるんです」


 僕の言葉にぐっと言葉をつまらせた。

でもまだまだだ。

そうして僕は更に辛辣に淡々と告げていく。

僕の言葉が少しでも入っていってるうちにちゃんと教えてあげとかないと、本当に取り返しがつかなくなっちゃうからね。

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