3.お茶会~ルドルフside1

 今日は王城で茶会とあって、すでに王家自慢の薔薇の庭園には人だかりができている。

10才から15才までの家格が侯爵以上の子息令嬢が数十人集まっていた。

自室のバルコニーから蟻の子達の様子を眺めて俺は何度目かのため息をつく。


「出来の良い兄上もいるのだ。

なのに第二王子の為に将来の側近や妃候補を今から見繕う必要があるか?」

「13才となられる王子の初夏の慣例行事ですから」


 仏頂面で吐いた毒は迎えにきた近衛騎士団団長に軽くいなされる。

そうして促されるまま騎士達に挟まれて3階の居室から下へと降り、庭園へ続く回廊を渡る。


「最年少はグレインビル侯爵令嬢だったか。

いくら親であるグレインビル殿やご令息方が優れた魔術師だろうと、まだ幼すぎる子供の何を見ろというんだ」

「かのご令嬢は閣下の養女であり、世界史上3名しか確認されていない魔力0という稀有な方。

閣下自身が自領から出すことも同年代のご令嬢方との交流も難色を示す中、陛下からの後押しで渋々参加させたと耳にしました」

「魔力を持たない養女と知ってはいるが、なぜ侯爵は表に出したがらない?」

「我が国随一の魔術師一族であるからこそ、魔力を持たない義娘むすめを恥じているのやもしれませんね」

「それなら養女になどしなければ····」


 良かったのでは、と続けようとした時に前方から怒声が聞こえてきた。

瞬時に自分達に認識阻害の魔法をかけて近づく。


 どうやら庭園へと続くいくつかの回廊が合流するあたりで噂の令嬢とブルグル兄妹がもめている。

というより一方的に兄妹がからんでいるようだ。

しかし同じ学園に通う1つ年上の14才の兄が少女の手首をわしづかみにしている中、確か9才であっただろう少女は落ち着いて自己紹介を始めた。


 兄妹に顔だけ魔力0の下等生物という不名誉な扱いを受けながら、ありがとうとか落ち着いて自己紹介とか、肝がすわりすぎていないか。

一瞬だが同じ生徒会メンバーの氷の笑みが頭をかすめて身震いする。

騎士達もこれ以上の暴力はいつでも止めに入れるよう配しながらも、9才らしからぬ少女に戸惑いつつ成り行きを見守る。


 こちらからは少女の背中しか見えないが、兄の表情が取り繕った物に変わった。

腕を冷やせと捨て台詞とも思えない台詞を吐いて立ち去る兄に妹が慌てて続く。


 先ほどか弱そうな声を出していた少女が振り返っていた。

真っ白な肌に白銀の髪、紫暗のタレ目が優しげな顔立ちを引き立てる美幼女だった。


「いやいや、せめて冷却か治癒魔法かけろ~。

ん?

····できないとか?

····うっわ、あり得る」


 少女の吐いた言葉の意味を理解するのに一拍。

外見とのギャップに思わず吹き出しながら認識阻害の魔法を解く。


 少女は一瞬驚いたようだが、年齢にそぐわない立派なカーテシーを取って静かに名乗る。


 だめだ、再びギャップのツボにハマった。

騎士達はさすがに笑って····いや、頑張って耐えているのか顔がひくついている。

彼らの為にもすぐに楽にするように告げる。

吹き出す笑いが止まらなかったのは許して欲しい。


 ふと掴まれていた腕を見ると、くっきり指の跡がつき、腫れぼったい。

痛がる素振りもなかったが、どんな馬鹿力で握り潰されていたのだろう。

嘘のように笑いの渦が消えた。


「その腕は?」


 そっと腕を取り触れると、ピクリと震えた。

掴んだ上に捻られたようだ。


「痛むのか?」


 念の為に上級の治癒魔法をかけてやれば、徐々に指の跡も腫れも引いていく。


「····助かりました。

ありがとうございました。」


 先ほどまで見せていた作り物とは違うほっとした笑みを浮かべた。


「恐れながら先ほどの一件は殿下の胸に留めておいていただけませんか」


 穏やかな目で、声で願ってくる。


「なぜ?

君は悔しくないのか?

もしかして、公爵家の仕返しが怖いか?」

「そのどれも違います」

「ならどうしてだ?

今回の茶会は私の主催だ。

君は明らかに不当な差別も暴力も受けていたのに、見過ごせない。

魔力がない事や養女である事に負い目があるのか?」

「いえ、全く」

「ならば、なぜ?」


 確信を突いたと思った質問だったのにも関わらず、この魔術大国において魔力がないことに負い目がないときっぱり言い切った少女に内心驚く。


「彼らの言葉に興味がないから、でしょうか。

私が養女であることも魔力がないことも事実ですが、それは罪ではありません。

むしろそれを嬉々として取り上げ、貶めようとするご自分達こそが自らを貶めていると気づいていらっしゃらないことが私には滑稽です。

私の家族は魔力が高く、この国随一と認識されるほど魔術に長けておりますが、私を貶めたことは一度としてありません。

彼らは上しか向いていないのです。

だからこそ余計に下を向いて自分が秀でていると安心するような厚顔無恥な方々には興味も持てず、関わるのが面倒でしかありません。

ですから殿下に先ほど治していただけたことに、心から感謝しておりますの。

怪我の証拠はなくなりましたもの」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべる。 

確かに証人はたくさんいても、証拠はない。

あの兄妹は仮にも歴史の長い由緒ある公爵家だから嫌疑不十分となるだろう。


「わかった。

君のいう通りにひとまず胸に収めよう」

「ありがとうございます。

お茶会の時間がおしておりますのに、お引き止めして申し訳ございませんでした。

なみいる招待客の中で一番にお声かけできましたこと、光栄に存じます」


 これは言外に、とっとと先に行けと言われているな。

王族の自分に全く興味を示さない、見た目と中身にとてつもないギャップを抱える少女に俺は興味しかない。


「それではアリアチェリーナ嬢、また後で」


 目を伏せ、静かに礼を取る少女に笑いかけて庭園へと向かう。


(返事をしないのは逃げるつもりなんだろうけど、逃がしてやらないぞ)


 群がってきた子息令嬢にはブルグル兄妹もいたが、当たり障りなく他の子供達と同じく距離を置いた。

俺に必要な人材は彼らではない。

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