校内をスキップで駆け回る

ふたこ

ボーイ・ミーツ・マイフレンド


「会長は今日も、8時6分の電車の2両目に乗ってきた。

今朝は少し余裕がなかったようで、制服のズボンの右うしろあたりからくしゃっとワイシャツがはみ出ていて、大変可愛らしかった。


ワイシャツといえば、最近は蒸し暑い日が続くので、会長は一昨日ぐらいから半袖のシャツに衣替えをしたようだ。

世間では長袖のワイシャツを腕まくりする方が人気の着こなしだが、そういったことは考えず、さっぱりと半袖に切り替えるところが会長らしくて良い。


会長が電車に乗ってまずすることは、ひとつがイヤホンから流れる音楽の音量を下げること、もうひとつが自作の単語カードを取り出して眺めること。単語カードは古文の日と英語の日が交互だ。


雨の日はこれらの前に、眼鏡に水滴がついていないかのチェックが追加される。会長が使っている眼鏡は細いメタルのものなので、チェックの時に傾けると少し光が反射する。それを見るのが好きなので、雨の日も悪くない。


一度、単語帳を取り出そうとして、鞄から予備校の入館カードを落としたことがあった。間違いなく会長は、休日に予備校へ行くとき、私服でも学校鞄を使用するタイプだ。おそらくはお母様が買ってきた質の良いポロシャツから白く細長い腕を出して、予備校に通っているのだろう。


会長は私よりひとつ前の駅で降りてしまうので、そのあとどこに登校するのか、どんな生活を送っているのか、どんな声で話してどんな顔で笑うのか、そもそも何年生なのかもわからないが、毎日8時6分から13分までの7分間だけでも姿を見れるのが、とても幸せだ。」


一切面識のない他校の男子校生を、その「生徒会長っぽい」風貌から「会長」と呼び、日々通学電車の観察対象として楽しむ級友を眺めながら、わたしはパックミルクティーのストローを甘噛みするのであった。


翌年の春、会長は8時6分の電車の2両目に乗ってこなくなったらしい。

3年生だったんだなあ。

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