好きなモノは最後に取っておくスタイル!

はるおう

第1話 悲しみと安堵

 暗がりの中佇む男が一人、そっと溜息を吐く。

「終わったなぁ・・・」


 喪服のネクタイを緩め、一仕事終えた雰囲気に見えるのは会社員人生で培われた哀愁だろうか。

 まぁ会社員と言ってもホワイトではなくブルーだったが、年に数度あるかないかのネクタイの結び方は高校時代の制服で得た数少ない技能の内の一つだろう。


 20代にはそれなりに多かった結婚式の招待状も30も中盤を過ぎた辺りから少なくなった気がする。

 終ぞ自分が出す側にはならなかったが、それが心残りといえばそうなのかも知れない。


 祭壇に飾られた遺影を目に静かになった部屋でそんな事を考える。


 決して都会ではないが田舎とも言い切れない、中途半端な地域で葬儀を行うのであればご多分に洩れず葬儀会社に一任し執り行うのが一般的だが、このご時世のせいで参列者を呼ぶのにも気を遣う。


 幸いとは言わないが母はそこまで懇意にしていた友人も多くはなく、それならば内々にて親族だけで集まろうと思ったのだがこれが不味かった。

 祭壇の準備から神主の手配、少ないとは言え親族への連絡、直会なおらい用の仕出しの発注など多岐に渡る準備の仕事量が半端なかった。


 5年前に行った父の時は当人がまだ勤め人だった事から、同僚など会社関係で多く来るだろうと思い斎場にて行ったが、ついてくれたスタッフの方が段取りから準備、こちらが行うべき事を取り纏めて指示をしてくれたりして滞りなく進んだ印象しかなかったが、実際自分でやろう思えばなるほど、やはりその道のプロはそれ相応の事はあるとしみじみ思った次第だった。


 悲しむ暇もないとはよく言ったものだが、実際悲しむという感覚は少し薄かったかも知れない。

 それは単に忙しかった事もあるが、覚悟が出来ていたという点で父の時とは違っていた様に思う。

 出張先のホテルにて夜、病院からの電話で倒れた知らせを聞くのは中々にヘビーだ。それが2回目ともなればなおのことである。

 父の時は車で片道5時間の距離だった為、報せを受けすぐに戻ったが帰路の最中に心肺停止の報せを受け看取る事は叶わなかった。

 それを思えば母は片道2時間をクリアし、その後2週間のICUを経て数年の入院生活の末である。これで覚悟が出来ていなければとんだ能天気野郎だ。


 全く悲しくないわけではなく、悲しみと安堵が混ざった感覚とでも言えばいいのか・・・

 2週間のICUは伊達ではなく、意識不明と自活呼吸の停止による人工呼吸器の常時挿管・・・いわゆる植物状態だった為、否応にも現実が感情を上回り日々生きて行く事だけで精一杯だったのだ。


「介護認定も受け療養施設に入所をしていてどこが?」

 と介護をしている人から見れば甘いと言われるかもしれないが、

 確かにヘルパーの介助有無に関わらず自分で介護をしている人と比べれば肉体的、精神的に負担は少ないのかもしれないが、それはあくまで比べればという話であって決して負担がないという事ではないのだ。

 故ににこれまでの事を思い返し、こぼれた冒頭での溜息だった。


 最後まで片づけなど色々手伝ってくれた親戚の叔母も一声掛け先ほど帰って行った。机の上には手つかずの寿司が一折と、もう冷めてしっまているであろう吸い物がみえた。

 ふと上着のポケットに手を入れると、母の携帯の請求書があった。

 支払期限が今日までだった為、隙をみてコンビニで支払いをしようと持っていたが忘れていたのだ。


「夜風にでも当たりがてら行くか・・・」

 疲れた体に声を掛けて立ち上がるのは年のせいか、はたまた独り身のせいか・・・

 一人暮らしになってから独り言が多くなった気がするので年のせいじゃないなとか思いつつ、やっぱり年のせいで疲れ安くなった体を無理やり動かし玄関を出た。


「これからどうしよっかなぁ・・・」

 そんな独り言と、急に明るくなった視界を最後に意識は沈んでいった。

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