魔物乱入
魔法力が働かない。それはつまり、魔法どころか魔道具すらも使用することができないということ。この事実は騎士団を揺るがすには充分なものだった。
「ま、魔法力が動かない!」
「団員!いったいどうすれば…」
「狼狽えるな!」
クリスティーヌがなんとか鎮めようとするも、団員たちの心は揺らいだままだった。今まで万事を魔法に頼りきっていたからこそ、魔法を奪われたことは戦いの術と己の支えを失ったことに等しいのだ。
「なんとも哀れな様だ。これがあの帝国騎士団、せめてこの程度では心を折って欲しくなかったのだが」
「ぐっ……」
「さっきの波動が原因ね。まさかあんな能力を隠し持っていたなんて…」
「上位の悪魔はそれぞれに見合った能力を持つ。シルドロックが扱うのは浄化と封印。魔法で鼻を高くした貴様らの鼻を折るにはまさにうってつけというわけだ」
シルドロックが顕現した際に放った波動は『浄化』。バリアを含めあらゆる魔法の効果を無効化し、今回の波動は『封印』の力を有していた。あまりにも凶悪な能力、今の世の天敵といってもいい。
「しかし、それは貴様も同じ!この人数差では勝機はないぞ!」
「……ふむ。では上級悪魔の能力について少しだけ教えてやろう。ありとあらゆる能力が存在する中、一つ共通する部分がある」
男が長杖を取り出し、一度床をつく。たちまち魔法力が発動し男を中心に幾つもの魔法陣を展開した。
「『魔に属する者は対象外』。魔法は使えるし、数の差もなんら問題はないのだ」
「っ!総員伏せろ!」
初級召喚魔術『サモン・レッサーデーモン』
魔法陣から勢いよく先程の怪物、下級悪魔『レッサーデーモン』が飛び出した。クリスティーヌの一声によって伏せた団員たちは事なきを得たが、遅れた者も数人いた。
「ヒッ!?や、やめろ!離せ!あ…ああああああああぁぁぁ………」
身体を掴まれしばらく空中をさまよった後、ガラス壁の外へと放り投げられた。ここは5階、まず助からない。
「短剣を抜きなさい!無いよりはマシ、悪魔を寄せ付けないで!」
「はっ!」
しかし流石は歴戦の騎士団と言うべきか、短剣を抜き放つと粗くも悪魔たちを翻弄する。戦場では敵も魔法を多用してくるために、短剣のような小さい刃物で妥協する。これは本来、魔法力が尽きた時の間に合わせ、または捕虜となる前に自害するためのものだが、思わぬ場面で役に立った。
「ふむ……ではレッサーデーモンよ。纏まって団員を攻撃しろ」
途端に悪魔の攻め方が変わった。バラバラであった悪魔らの動きはまるで統率の取れた部隊のように数を集め連携して襲ってきたのだ。
身体能力では負け、魔法も封じられている現状では捌ききれない。悲鳴と苦悶の声が次々と部屋に響き、団員たちが倒れていく。団長2人も奮闘するが、状況は悪化の一途をたどっていた。
「まずいぞヨルン!このままでは押しつぶされる!」
「でも魔法が使えないせいで打破できる手段が無いわよ!あーん!もっと身体鍛えた方が良かったかしらぁ!」
「ぐう……万事休すか…」
ベテルギアス帝が苦虫を潰した顔で漏らす。誰が見ても絶望的な状況。男は悪魔が倒されれば即座に補充する。悪魔の数は倒せど倒せど減らなかった。
「ははははは!まったく相手にならん。魔法が無ければこの程度、己の無力さに打ちひしがれながら、地獄へ落ちるがいい!」
男の高笑いが響く。悔しさに唇を噛み、それでも騎士団は悪魔を捌き続けた。
「へぇ〜、ならお前は強いのか?」
今までに無かった緊張も何も孕んでいない声。背後に気配を感じた男が振り返るよりも先に、部屋に現れたその人物は男の頭を鷲掴みにして悪魔たちへと投げつけた。
もつれ合い数匹の悪魔とともに落下した男を見て、落胆の視線が向けられる。突然のことに騎士団も悪魔も戦いの手を止めた。
「ぐぅ……だ、誰だ!人間を投げ飛ばすとは、なんという力…!」
男が起き上がり叫ぶ。しかし帰ってきたのは返事ではなく蹴りだった。
「ガッ!?」
「はぁ……ドランに頼られたから気合い入れてたのに。こんなのが相手とか気が削がれちまうな」
「ドラン…?まさか、彼の仲間か!」
「ん?あー、そう。たぶんお前の思ってるのはドランだ。メスはお前1人……てことは、お前がクリスティーナとかいう奴か」
「クリスティーヌだ」
「おっとワリィワリィ」
ポロッと零れた名にクリスティーヌが反応した。何やら戦いの緊張がほぐれてしまったが、未だ命を狙う者は存命している。
「お、おのれ……レッサーデーモン!その女を八つ裂きにしろ!」
乱入者を排除せんと全ての悪魔たちが襲いかかる。助太刀に入ろうとした騎士団だが、それは叶わなかった。
なぜなら、悪魔の群れがその女性を包み込んだ次の瞬間には、内側から起こった魔力の爆発によって吹き飛ばされたからだ。
「な、なんだと!?封魔の力が効いていない……まさか貴様、こちら側か!?」
悪魔の力が及ばないのは同じ魔の者のみ。つまり魔力を用いたこの女は人間ではない。
「ああ?オレをお前らと一緒にするなよ。オレはカムイ。ドラングル・エンドリーと『愛玩の契約』を結んだ魔物、そんだけだ」
「ぐ、魔に属しながらも人間どもに与する愚か者めが!こうなればシルドロックを……」
「ああ、外のデカブツを頼るつもりならご愁傷さまと言っておくぜ」
「な、なんだと…!?」
「だってあのデカブツ……」
『ォォオオオオッ!??』
凄まじい轟音とシルドロックのものと思われる悲鳴が響いた。それらは絶えず発せられ、この最上階まで少量の砂が舞い込んでくる。
「今ごろドランにぶっ飛ばされてるよ」
遅ればせながら、トーナメント参加者最後の一人が戦に馳せ参じた。状況は一気に傾いていく。
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