愛玩の契約

 帝都ギアルトリアは塀で囲まれており、オーファン教の聖書に記される方角の四精霊にちなんだ名を持つ門が設けられている。


 北を治め、戦いを司る闘霊ノーレス。北門はノーレス門と名付けられ、軍部への入口となっている。


 東を治め、豊穣を司る地霊イアスト。

 東門はイアスト門と名付けられ、居住区への入口となっている。


 西を治め、権力を司る雷霊ウェウス。

 西門はウェウス門と名付けられ、特別区への入口となっている。


 南を治め、富を司る闇霊サウメス。

 南門はサウメス門と名付けられ、商業区への入口となっている。


 全ての区は繋がっておらず、中心に位置するギアルトリア城からのみ道が作られている。無論、主城を経由することなどできるはずもなく、他の区へ行くためには一度帝都から出て、門を利用するしかない。


 俺はクロエとカムイに愛玩の契約を施してもらうために、獣の姿となった二人と共に商業区へと向かっていた。


「わっ……」

「ヒィッ…」


 人一人よりもさらに大きい魔物。それが二体ともなると、高位の魔法を操る特別区の人間も恐怖を禁じえないだろう。もしどちらも上級の魔物だと知れば、どんな顔をするのだろうか。


「……ダメだな。まだ少し、記憶が邪な感情を湧かせてくる…」

「ドラン、大丈夫?顔色が悪いよ」

「……問題ない。さっさと行こう」

「強い魔法力を持つ人間がいっぱい……なあ、ちょっとだけ…」

「……ダメだ。まだ契約を交わしてもいないのに、騒動を起こしてられん」


 視線をなるべく気にしないようにしながら、しかし堂々と歩く。やがてウェウス門に着き、門番に商業区へ向かう旨を伝えた。

 こうして伝えなければ、勝手に区を出たとして罰せられてしまうため仕方ないことなのだが、俺の後ろ…クロエたちの方を見ながらビクビクとしていたのには申し訳なくなってしまう。


 門番を勤める者は総じて強い。そのためにカムイが興奮した様子でジッと見てくるのは誰であろうと恐怖する。俺だって恐怖を感じる。


 門を出ると、整備された道を歩きながらサウメス門へと向かった。道中でも俺たちは注目を集めた。

 立ち止まり、驚きの表情のまま固まる者。馬車から身を乗り出し、危うく落ちそうになる者。魔道具制作に使う魔力のこもった石『魔石』を落とし爆発する者。


 クロエとカムイを毎日見ている俺からすれば、何をそんなに驚くのかと考えそうになってしまう。しかし、これが普通の反応なのだ。上級の魔物などとてもお目にかかれない、見た時には死が確定するとまで言われているのだから。


「ボクたち、すっごい見られてる」

「うっとおしいなぁ……食っていいか?」

「……ダメに決まってるだろう。サウメス門が見えてきた、もう少しで着くぞ」


 巨大な門を潜り、商業区へ入ってすぐ横に愛玩の契約の店があった。魔物が暴れた時のために、なるべく門側で行った方が危険が少ないからだろう。


 店の扉は魔物の出入りを想定してか大きく頑丈そうな作りをしている。店員であろう屈強な男たちが数人がかりで押し開け、俺はクロエとカムイを連れて中へと入っていった。


「おい!そこのゲージを奥へと寄せろ!」

「肉は与えたか!?魔物は慎重に扱わねぇと暴れちまうぞ!」


 外には聞こえなかったものの、中はかなり騒がしかった。見回してみると、複数の魔物がゲージに入れられており、どうやら商品として管理されているようだ。


「ふぅ……ん?」


 少々小太りな男がこちらに気づき、駆け足で寄ってくる。男は俺たちの前で一度お辞儀をすると、手を揉みながら明るい笑顔を作った。


「いらっしゃいませ!当店のご利用は初めてでしょうか」

「……ああ」

「そうですかそうですか!ここは魔物に愛玩の契約というものを付与し、売買する魔物屋でございます!店名はヨクナカ、そしてワタクシは店長のカギ・セカネ。どうぞよろしくお願いします」


 男は少しばかり早口で説明すると、クロエとカムイをジロジロと見始めた。


「今回はそちらの魔物を売っていただくご予定でしょうか?それならばかなりの大金を用意致します!」

「……いいや、今回は愛玩の契約のみさせてもらう」

「ほほう、愛玩の契約……ファッ!?」


 俺がそう答えると、セカネは飛び上がり店員たちは俺たちを取り囲んだ。


「……なんのマネだ」

「そ…そりゃあ、そんな強力な魔物たちを愛玩の契約もしていないなど!暴れでもしたらここら一帯が更地になりますからね!」

「どうするドラン。オレはやってもいいけど」

「……いや、大丈夫だ。お前たちが暴れるかもしれないと思ってるなら、俺に懐いていると証明すればいいんだ」

「ふふふ、それならボク得意だよ」


 クロエが俺に身体を擦りつけてくる。おおう、モッフモフ。頭を撫でてやるとシッポをパタパタとする様は上級の魔物にはとても見えない。


『………………』

「え、オレ?」


 クロエから目を離した店員たちはカムイへと目を向ける。カムイは戸惑いながら、どうするべきか考えた。


(ヤバい、懐くってどうすりゃいいんだ?媚びるみたいなものか?クロエのはマーキングみたいなもんだし、こんな他の奴らの前でやるもんじゃねーだろ。匂いつけて、自分のいない時に他のメスを寄り付かせないようにやるんだぞソレ。でもオレがドランから離れるってそうそう無いし別に他のことでも)

「……カムイ」

「っ!?な、なんだドラン!?」

「……おいで」


 何か葛藤しているカムイへ、俺は空いている左手を広げる。カムイは一瞬硬直すると、俺へとのしかかりながら手に頭を擦り付けてきた。ふむふむ、こちらは程よくフワフワだな。


「……どうやらかなり懐いておられる様子。わかりました、こちらもあなたを信じましょう」

「……では、愛玩の契約を」

「ええ、しますよ。ではこちらへどうぞ」


 緊張した空気の中、奥の部屋へと通される。部屋の中心には大きな魔法陣が描かれており、周囲には契約用のアクセサリーが積まれてあった。


「まずはアクセサリーですな。しかし、これほどの大きさですと首輪や腕輪に限定されてしまいますが……」

「……どれがいい?」


 クロエとカムイはガサガサとアクセサリーを漁ると、クロエは首輪、カムイは腕輪を俺に渡した。


「……これをもらおう」

「ううむ…承知しました。では契約に移ります」


 セカネが、魔法力を液体にした魔法液の入った瓶を取り出し、蓋を開け中身を魔法陣へと振り撒いた。


 魔法液に反応した魔法陣が光り輝き、一定の感覚で点滅し始める。


「これで準備は完了です。アクセサリーも含め、全てを中へ」

「……どちらも?」

「はい。契約に一体ずつということも無く、スムーズに行えます」


 クロエとカムイが魔法陣にのる。すると点滅していた魔法陣はよりいっそう輝き始め、すぐさまおさまった。


 クロエとカムイには何も変わったところはない。しかし、持っていたアクセサリーには文字が書かれていた。


『愛玩:ドラングル・エンドリー』


 飼い主の名前が書かれるのか。まあこれで契約は終了だな。


「では、代金を頂きますので入口近くにいる受付へお声掛けください」

「……ああ」


 代金を渡すと、俺たちは屋敷へと帰って行ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る