サバイバルの終わり
ナイトベアとの戦いが終わり、夜明けが迫ってきた。
オレはねぐらへと戻り、傷だらけの男のために薬草を採取し、砕いて傷口に当てている。
染みるだろうが、この森の中ではこれが1番の応急手当だ。
「う……誰だかは知らんが、感謝するぞ……」
「……いえ、気にしないでください」
「だが…あの怪物を倒し、私の命を長らえさせているのだ……その功績は大きいぞ…」
「……貴方は?」
「私の名は……アライワ・オーダム。マヌカンドラ帝国の…男爵だ……お前は?」
「……私の名はドラングル・エンドリー。マヌカンドラ帝国の小貴族、エンドリー家の跡継ぎです」
アライワ男爵は俺の返答に目を見開いたあと、ゆっくりと目を閉じて大きく息を吐いた。
おそらく俺が''なりそこない''だということを知っているのだろう。そんな奴に助けられたのは屈辱なのかもしれない。
「そうか…お前が……まあいい。もはや怒る気力も無い……今までのことは水に流す。私の兵どもが全くかなわなかった魔物をも倒すその力……私に向けられたくはないからな…」
「……?はい」
怒る?俺は何もした覚えは無いのだが……それに、無闇に力を振るうことなどしないし。
「……傷があるていど癒えたら、背中に背負います。そのままギアルトリアへと向かいます」
「ああ……ここには馬車もない。それだけでも充分助かる……」
ふつう、このような提案は却下されるのがオチなのだが……心身ともに参っているのか、受け入れられたな。
「……薬草の減りが早い。少し待っていてください。また採ってきます」
「頼んだ……」
立ち上がり、川へと向かう。薬草は綺麗な水の近くによく生えている。
この森の中では唯一の水源は川しかないので、木々や地面の浄水能力が全てそれ一つに集中しているためここの川はとても綺麗だ。
「……ん?」
川のそばに人影があった。ピコピコと動く頭の耳……どうやらクロエが背を丸くして座っているようだ。
「……クロエ?」
「あ…ドラン」
クロエの隣に腰かけると、2人で静かに川を眺めた。
しばらくすると、クロエは俺に向き直り、真剣な表情で口を開いた。
「ドランは……この後は街に帰るんだよね?」
「……そうだ。父上と母上が待っている…このボロボロの姿を見られたら怒られそうだな」
「……そっか」
クロエは少し俺から視線を外すと、身体ごと俺へ向き直った。
「ねえ、ドラン。その……ボクもついて行ったらダメ…かな?」
「……お前は群れの奴らを見返すために、特訓していたんだろ?」
「うん……それはもう達成したんだけど……群れはもう無いも同然になっちゃったし…」
あのナイトベア、俺と戦うためにほとんどのホーンウルフをぶっ飛ばして追い払ったらしい。
そのせいで未だに群れはバラバラで、機能もほとんどしていないという。今はシリューが必死に仲間たちを探し回っている。
「それに…やっぱりさ、ドランと離れるのは……嫌なんだよね」
その言葉を聞いた時、言いようのない感情が沸いた。
俺が、クロエを寝かせていた時に抑えていた寂しさが、一気に安堵と嬉しさがごっちゃ混ぜになったような感情に変わったという感じだ。
「……昼頃に森を出る。準備があれば済ましておけ」
「…っ!うん!」
先程までの様子が嘘のように、飛び跳ねながら走っていった。群れの住処があった方向だ。おそらく、シリューに一言残して行くつもりだろう。
さて…と。
「……そろそろ出てこい」
「…あ〜あ、バレてたか」
木の裏から姿を現したのは、いつの間にやら復活していたナイトベア。
姿が見えなくなった時は本当に焦ったが、殺気も立てずに下手くそな尾行してきたからすぐに安心できた。
「……あんなに肩や腕がはみ出てたらバカでも気付く」
「あっちゃ〜…慣れないことはするもんじゃないな」
どっかりと俺の横に座ったナイトベアは、川の水を手でパチャパチャと飛沫を立てながら俺に問いかけた。
「なんで、オレを殺さなかった?」
「……余力が無かったからだ」
「嘘なんかつくなよ。オレが付けた傷やダメージ、全部無くなってたろ」
「……そうだ。【自動回復】、1時間でどんな怪我もダメージも回復するというスキルだ」
「なんだよソレ、強すぎだろ」
「……このスキルがなかったら俺たちの方が負けてたよ。お前の方がおかしいだろ、なんだその強さ」
「へへへ、お前を倒すためにずっと鍛えてたからな。魔力を集めるために他の魔物とも戦ったし……と、話が逸れたな。それで、答えは?」
命を狙ってきたのだから、普通であれば殺す……それが当然だ。だが、俺はコイツを殺さなかった……。
「……お前との戦いは、確かに俺たちが勝った。だが、俺はお前に負けたんだ。そんな俺が、お前の命を奪う資格は無い」
「へぇ、変なとこで気を回すんだな」
「……それに、お前との戦いは存外楽しかった。今まで、楽しいと思えたことはほとんど無かったからな……数少ない楽しみを、奪ってくれるなよ」
「……ハハッ!そうか、俺との死合は楽しかったか!なら、オレの努力も報われたよ。前回は相手にもされなかったからな!」
実際は違うんだけどなぁ。
「……で、お前はなんで俺をつけてたんだ?」
「ああ、お前がなんでオレを殺さなかったのかと気になってたからな……そういえばお前、この森から出ていくんだって?」
「……ああ」
「なら、オレも連れてってくれよ」
「……なに?」
「この森から出たら、お前はオレと戦うっていう楽しみもできなくなる。オレも、いつかお前にリベンジしたいしな。なら、お前について行こうって思ったんだ」
「………………」
「なあ、いいだろぉ?あの……クロエ、だっけ?もいいなら、オレも連れてってくれよぉ」
「……魔力を奪うといった行為、殺しとかもできなくなるぞ」
「おおう、勘が鈍くなりそうだな……まあいいや」
「……なら、俺から言うことは無い。好きにしろ」
「ホントか!?やったぜ」
ガッツポーズをとるナイトベアを尻目に、黙々と薬草を採取する。さっきまで2人のことで忘れていたとか、そんなことは無い。無いったら無いのだ。
「ヒイッ!?な、なんで貴様がそこにいるのだ!!」
「……あ〜…そういえば傷つけた張本人だったな……」
これは説得に時間がかかりそうだ。
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