クロエの覚悟

 俺の腕が……折れた。左腕は満足に動かせず、全身は打ちつけられた痛みが襲っている。


「ドランッ!」

「……流石に喰らいすぎたか」


【スーパーアーマー】は、相手の攻撃に一切怯まずに行動できるスキル。本でも見たことがないこの凄まじい効果を持つスキルは、1つだけ突破する方法が存在する。


 それは、肉体が耐えきれないほどのダメージを蓄積させること。ダメージが溜まりに溜まった肉体は、もう新たなダメージを溜めることができない。


 痛みにはかなりの耐性がついているとおもっていたのだが、それが災いして激しい戦いのなかダメージ量を把握しきれていなかった。


【剛力】の負荷やあの巨体を殴った衝撃、そしてナイトベアから受けたダメージが溜まりすぎていたらしい。ナイトベアという強敵を前にしているというのに……これはマズい状況だ。


「ハア……ハア……フゥ。スキルの防御網をやっと突破できた。どうやらオレに軍配が上がったようだな」

「……他のヤツらのように、俺も食う気か?」

「いいや、お前は食わない。食ったとしても、お前の魔法力の量は少ないからな」

「……っ」


 うるさい。それは俺もわかっているんだ。だからここまで努力している……聞きたくないことを聞いてしまった。


「オレはな、できればお前を殺したくはないんだ。オレも魔物とはいえ生物だからな……今までこれほど強い雄は見たことがない。だからよ……お前はオレの嫁にする!」

「…………は?」


 嫁……?嫁ってあれか?俺の父上と母上のようなあれか?


「…………は?」

「もう一度言わなくても……お前にはもう勝ち目は無い。そんで、戦いってのは勝者に全ての権利がある。だからお前はオレの言うことを聞いてもらうぞ」

「……………は?」

「え…まだ言う?だからお前を……」

「……俺がお前に勝てない…だと?」

「あ、そっちね」


 確かに、お前も強くなるためにそれはそれは努力をしたのだろう。

 俺よりも……それこそ生まれた時から自然を生き延びてきた生命力は伊達ではないということか。


 だがな、俺がここで負けたとしよう。敗北して、お前の嫁とやらになったと仮定しよう。


 父上と母上は誰が守る?俺を多忙ななか必死に育ててくれた恩義は?

 それを返せないまま、目指している騎士にもなれずに終わるなど……。


「……左腕は使い物にならず、全身打撲…特に受身をとれなかった背中か」

「見たところな。充分に分かっただろ?お前はもう戦えない、オレには勝てないよ」

「…………で?」

「は……?」


 足に力を入れて立ち上がる。尋常ではない痛みが襲うが、それがなんだというのだ。


「……【スーパーアーマー】が破れ、怪我をした。それを負けの理由にしてしまうようであれば、俺は到底騎士などにはなれない……最後の最後まで戦い抜く。肉体の損傷など、些末な問題だ!」

「……そうか。なら、負けを認めるまで何度でも吹き飛ばしてやる!」


【獣走】発動。


 俺はナイトベアへと再び走り出した。









 ドランは、なぜあんなにも強い相手に立ち向かえるのだろうか。


 ボクには強くなる目的があった。群れでバカにされ続けてきたから、皆を…シリューを見返すために強くなるんだと意気込んでいた。


 そのためにドランから特訓を受けていたけれど……いま思えば、人間なのになぜドランはあんなに強くなろうとしたのか。


 ドランは話してくれた。魔法力がほとんどないから、周りの人間たちから''なりそこない''と呼ばれ暴力を振るわれていたと。


 その時、ボクはなぜか安堵していた。すぐにそんなことを思ったボクを恥じたが、なぜそんなことを思ったのかには思い至った。


 ボクと同じような境遇だったから。ボクは仲間がいたと、無意識に思っていたのだろう。


 だけど、ドランには夢があった。相手がどれほど強大でも人々を守れる、最強の騎士になるのだと言っていた。


 それでも、実際に立ち向かえるかどうかは別の話。敵へ挑むこと、死ぬかもしれない戦いへ赴くことには勇気がいる。生半可な決意では全く足りない、強い勇気が。


 ボクとは大違いだ。強くなるためと理由をつけてその実、群れから離れたかった。逃げたかったんだ。


 ドランが眩しく見えた。ドランと一緒にいれば、ボクも勇気が貰えるような気がしていた。

 だからボクよりも大きなイノシシと戦うことも出来たし、シリューとの戦いにも挑むことができた。


 ボクはドランに貰ってばっかりだ。数え切れないほどの恩がある。


 そして今、ドランがピンチだ。腕が折られて、満足に身体を動かすことができていない。


 このままだとドランは負けて、夢を諦めざるをえなくなってしまう。そして、あの魔物の……よ、嫁にされてしまう!ボクはもうドランと一緒にいることができなくなってしまう!


 あの魔物は怖い。でも、ドランがピンチだ。ボクはドランがいないと何もできないのか?ずっと頼りっぱなしで、ドランのお荷物として生きていくのか?そんなの……嫌だ!


 震えはいつの間にか止まっていた。身体が動く。なら、どうする?


 ドランがあのナイトベアとかいう魔物に吹き飛ばされた。フラフラとよろけながらも立ち上がり、しかし膝をついてしまう。

 魔物がゆっくりとドランへと迫る。ドランは身体に力が入らないようで、その場から動けずにいた。


 それを見て、ボクは駆け出していた。既に覚悟は決まっている。ボクは、これからあの強い魔物へ挑む。


 ドランの夢を邪魔するな。ドランの道に立ち塞がるな。ボクは、ドランを助けるんだ!


 身体が輝き始める。ボクはナイトベアの前に立ち、ドランを背に守りながら、遠吠えを上げた。


 光が収まると……そこにいたボクは、いつものボクではなくなっていた。

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