乱入者が現れました

 地面が段々と固くなっていき、やがて岩の質感へと変化していく。


 木々は段々と細くなり、密度も低くなっていく。地面も石に埋もれていき、しばらく進むと広い岩地に出た。


「……クロエ、ここが?」

「うん。群れが生活してる岩場だよ」


 突如、遠吠えが響き渡りホーンウルフが大量に出現した。俺とクロエの周囲を取り囲み、主に俺を睨みつけキバを向いている。


「……シリューを出せ」

「グルゥッ!?」

「………………」


 一瞬驚くも、ホーンウルフたちは怒りに顔を染めた。まあ当たり前だよな。突然やってきて、ボスを出せと宣う人間。そんなこと、許されるはずがないのだ。


「グルァアアッ!!」


 1匹のホーンウルフが俺へと飛びかかってくる。迎撃のために手をあげようとすると、ホーンウルフが横に吹き飛んだ。


 クロエがホーンウルフの横っ腹に突進したのだ。


「グルッ!?」

「感謝してよね。ボクが出なかったらキミ、死んでたよ?」


 握っていた右拳から力を抜き、スキルを解除する。どうやら俺は手を出さずにすみそうだ。


 岩場の奥にあった洞穴から、のっそりと大きなホーンウルフが出てきた。ボスのシリューだ。


「…お前かよ。何の用だ」

「……クロエが充分な力を身につけたからな。お前と戦いたいらしい」

「クロエ、やっぱりコイツに鍛えられてたのか……怖くなってきた」

「いつものシリューらしくないね?いつもならボクをバカにしてくるのに」

「……うるせぇよ」


 どうやら前回の1戦で自信やらがポッキリと折れてしまったらしい。この状態のシリューと戦って、クロエは満足するだろうか。


「…まあいいや。シリュー、ボクと戦ってよ」

「なんだよ、もうお前をバカにしたりはしないぜ。番にしようとも思ってねぇ……」

「……本当に変わったね。心が折れたからかな?どうでもいいけど」

「……なんでそこまで俺と戦いたがるんだよ」

「え?今までバカにされた分、ボッコボコにしたいからだけど?」

「━━━━━━━━━━」


 なんだか可哀想になってきたな。クロエの目はガチだ。なんならとってもいい笑顔をしていらっしゃる。


「本調子でなかろうと心が折れていようと、ボクにとっては本当にどうでもいい。ボクはただキミを、特訓の成果を充分に発揮してぶっ飛ばしたいんだ。そしてドランに頭を撫でてもらう!」


 おい最後。なぜだ、どうしてこんなふうになってしまったのか。


「……クロエごときが、いい気になりやがって…!」

「あれ、調子が戻ってきた?そっかそっかー!下に見てたヤツに見下されてるなんて、やっぱり嫌だもんね!」

「うるせぇ!ぶっころ……」

「……あ?」

「……ぶっ飛ばしてやる!」


 俺から極力目を逸らし、シリューがクロエに飛びかかった。その剛腕をクロエに振り下ろすと、クロエはサイドステップで軽やかに避け、シリューの腹に爪を突き立てた。


「グッ!?てめぇ!!」

「ふっふーん!当たらないよ!」


 シリューのキバが、爪が、腕がクロエを襲う。しかし、クロエは全ての攻撃を見切り、カウンターをきめていった。


「やっぱり力はまだ及ばないなぁ」

「ちょこまかと!」


 クロエが宙を舞うように飛び跳ねる。シリューの攻撃はかすりもせず、クロエの爪による傷が増えていった。


「クッソ、当たらねぇ!」

「フフフッ!いくら力が強くても、当たらなければ意味は無い。ドランに教えられたことさ!」


 ……ん?そんなこと教えたっけ?


「クソッタレがぁああ!!」

「わわっと!?」


 しかしシリューの方が体は大きい。振り回される腕のリーチは何度もクロエのスレスレを通っていく。


「チッ!こうなったら……ウガアァアアア!!!」


 どうやらシリューは【狂化】を発動したらしい。スピードとパワーが跳ね上がり、一瞬でクロエへと迫った。


「わー!わー!」

「ガァアアアッ!!!」


 紙一重で繰り出される腕や爪を躱していくクロエ。あまりの激しい攻撃に、カウンターをする暇もないようだ。


「え〜っと、こういう時は……」

「ガルゥアアアッ!!!」

「不意をつけばいいんだったよね!」


 クロエがシリューの股下を滑り抜け、背後へまわる。すぐさまシリューが振り返るが、すでにそこにクロエはいなかった。


「とりゃあ!」

「グルゥッ!?」


 高く跳躍しシリューの上をとっていたクロエは、シリューの背に着地すると背中を思いっきり蹴りつけた。あの爆速を生む脚力による蹴りは、頑丈なシリューの肉体を地面へと叩きつけた。


「グルッグルルルッ!!」

「ほんとなら首に足を置けば勝ちの判定なんだけど、今のシリューは聞く耳を持たなそうだね」

「グルゥアァァアアッ!!!」


 起き上がったシリューは再びクロエへと向かっていく。シリューの猛攻がクロエを襲った。


【狂化】が発動していても、まだスピードはクロエの方に分がある。しかし、あの力で打たれたらクロエは一撃で沈んでしまう。


 これは短期決戦しか勝ちの目は無さそうだ。クロエが早くケリを付けなければ、シリューがクロエの体力を削りきり、いずれ捕まってしまうだろう。


「ああもう疲れるなぁ!」

「グルァアアアッ!!」


 このままではマズいと、クロエは跳躍しシリューを蹴ると、その勢いのまま距離をとった。


 よろけたシリューは体勢をたてなおすと━━━━


「……ん?」

「グルゥ?」


 何かが視界に入った。それはシリューも同じだったらしく、勢いよくそちらへと顔を向けた。


「ガッ!?」

「え?あれって……」

「………………」


 そこにいたのは血まみれのウルフホーンだった。周りを見てみると、先程までいたウルフホーンたちがいなくなっている。変な物音などはしなかったというのに……いったい何があった?


「グ…ルゥ……」

「グルルッ!?」


【狂化】が発動していても、敵味方の判別はできる。シリューは血まみれのウルフホーンへ駆け寄り傷を舐め始めた。


「……ドラン」

「……クロエ、何かマズいことが起きている。気をつけろ」

「そうそう、気をつけねぇと悪いクマさんに食い殺されちまうぞ〜?」

「「っ!?」」


 俺の後ろから声が聞こえた。振り向くと、ボロボロになった人間が倒れていた。うめき声が聞こえる……まだ生きているのか!


「……クロエ、あの男のそばへ行け。死なないように守るんだ」

「え、でも…」

「……行け。どうやら、コイツは俺の客らしい」


 もう一度振り返ると、そこには人間の女がいた。いや、コイツは人間じゃないな。気配は魔物のソレだ。


 紫の短髪に黒い肌。かなり露出が高い服……いや、獣になっている身体が、豊満な肉体を包んでいた。頭に小さな丸い耳と、腰に小さな丸いしっぽがあるが、その獰猛な顔のせいで可愛いと思えない。


「やっと会えたな……人間」

「……誰だお前?」

「ああ、この姿はお前に見せていなかったな。なら、これならどうかな?」


 女が光り、ボンッと軽い爆発を起こした。煙から現れたのは━━━━


「グマァアアアアッ!!」

「……おいおい、勘弁してくれ」


 姿が少し変わってはいるが、俺のトラウマとなった、森に入った時に襲ってきた大熊だった。


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