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「ところで
くらや
「どうしたんだよ? モノノ
「……そりゃ今の一部始終を見せられたら誰だってこんな顔になりますよ。芳楼さん、本当にあなたは人間ですか?」
「当たり前だろ。僕は正真正銘、どこにでもいる普通の人間だよ──
「…………」
信じられない。少なくともあなたには人外という言葉がお似合いだと思いますけど。そんな疑いの目を向ける私に対して芳楼さんは言葉を続ける。
「いいかい? 導師を一言で表すならモノノ怪のスペシャリストだ。そしてスペシャリストってのは、分野に限らず素人からは化け物じみて見えるもんだろ」
「……何が言いたいんですか」
「例えば縁日の職人がたこ焼きを器用にくるくると焼き上げるさまに驚いたことがあるだろ? とても自分には真似できないような、流れるような手捌きに見惚れちゃってさ。それと同じだよ」
「そりゃあ、確かにありますけど……」
「要するに僕もこの分野に秀でているだけで、他は普通の人間と変わらないってことさ」
「暴論ですよ!」
というか詭弁だ!
……でもまあ、芳楼さんの言いたいこともわかる。総じてプロや達人の動きってのは素人目に神業のごとく映るもんだ。たこ焼き屋さんの例えも凄くわかりやすい。
だとしても今回は絶対にその限りじゃないだろう。芳楼さんを普通の人間だと定義づけるのは流石に無理があり過ぎる。
「どうも君は知らないことを受け入れようとしないきらいがあるね。そんなんだと今後困ることになるぜ? 世界は未知なことばかりなんだから」
今日もひとつ、モノノ怪という未知に出会ったばかりじゃないか。
小馬鹿にするように笑った芳楼さんの言い分には一理あった。私は返す言葉が見当たらず俯いてしまう。
「でも知らないことがあるのは当然だ。まだ若いんだし、これから時間をかけてゆっくりと見聞を広げるといいさ」
「それでも今夜のことは未だに信じられないですけど……」
やっぱり夢なんじゃないだろうか?
本当の私はまだ家で眠りこけていて、怠惰な連休を締めくくろうしている気がする。うん、そうに違いない──と思いたいものの、これが夢じゃないことだって薄々わかっている。
その証拠にさっき擦りむいた傷はちゃんと痛い。何より、くらや巳を前にしたときに跳ね上がった拍動や動悸、早くなる呼吸に至るまでの全てが夢の中でのそれとまるで違った。これはリアルなんだ、現実なんだ。信じられない。信じたくはないけど事実は受け入れるしかないのだ。
「……そういえば今の、くらや巳でしたっけ? 煙みたいに消えたように見えましたけどどうしたんですか?」
「説明が難しいな。……うーん、そうだね。今の麻代ちゃんにもわかりやすく言うなら、あるべき場所に送ったってところかな。要は導いたってことだね」
「そう、ですか……」
どこへ? なんて無駄な質問はもうしない。
芳楼さんにそれを尋ねたところで私が求めるような答えが返ってこないのは想像つくし、そうじゃなくても彼との会話は禅問答のようで疲れてしまうんだ。
もう肉体的にも精神的にも疲労がかなり溜まっている。すごく眠い。いっそのこと、ここで寝てしまおうか思ってしまうほどに。
「まだ寝られちゃ困るよ、麻代ちゃん」
「流石にここでは寝ませんよ。家まで結構な距離もありますし」
「そういう問題じゃなくてね。あくまで僕のこれは仕事なんだ。最後に料金の説明をさせて貰わないと」
「あー……」
そうだった。
もう終わりだと思ってうっかりしていた。
あくまで芳楼さんのしたことはビジネスであり、過程はどうあれ助けてもらった私は報酬を払わなければならないのだ。
何度も言うが未だバイト先を見つけられていない私にお金の余裕はない。そのせいでマトモな食事にもありつけていない始末だ。そんな私だけど払えるだろうか。一抹の不安を抱きながら恐る恐るその金額を尋ねる。
「そうだね、正式な金額は今日の僕の報告をもとに上が決めるんだけど、まあ概算してみると基本料金と技術料、あと今回は深夜割と出張費を加算して……──このくらいかな?」
「はい?」
言いながら芳楼さんは弾いた電卓を見せてきた。とんでもない数字だ。0が並びすぎてゲシュタルト崩壊してしまいそう。思わず今日一番の間抜けな声が出た。
消費者金融に行ったところでこれだけの金額は借りられないだろう。臓器売買の文字が脳裏をよぎったが、そもそもそのようなルートを私は持っていない。終わった。消費者庁に問い合わせても、さっきのを見せられらた後だとその後が怖いしな……。
「そんなに驚くなよ。これでも相場よりは安い方だぜ? U20割もしてあるんだからな」
「嘘つかないでください! ぼったくりですよ!」
「この業界では普通さ。神に誓ってぼったくっちゃいない──まあ、僕は無神論者だがね」
どどどどうしよう!?
……ローンを組ませてもらったとしても、到底私には払いきれる気がしないんだけど。
「でもまあ、そうだな。確かに今回は事故みたいなものだし、駆けつけるのが遅れた僕にも非がある」
「……うぅ」
「ここで一つ提案なんだけど、僕の条件を飲んでくれるならちょっとばかし上に掛け合って融通を利かせてやっても良いぜ」
「の、飲みます! 丸飲みします!」
地獄に仏とはよく言ったもので救いはあった。もとを辿れば芳楼さんに背負わされそうになっている負債なのだから、恩を感じるのはマッチポンプな気もするが。
しかし今の私にとやかく言える資格はなく、値踏みするようにジロジロと見下ろしてくる彼の提案を甘んじて受け入れるしかないのだ。
「麻代ちゃんには見所があるからね。今日から今回分を完済するまで身体で払ってもらおうか」
「か、身体っ!?」
悪魔の提案だった。
どうやらこの世に仏はいなかったらしい。
「くっくっく。モノノ怪はいるけどね」
芳楼さんは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
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