57 猫の仮装

 「柾は犬と猫、どっち派だ?」

 

 つい先日、祈莉に問われた質問をそのまま柾に聞いてみる。

  

 「え?どうしたんだ急に?」

 「いや、少し気になっただけだ」

 「へー……?」

 「なんだよ?」


 探るようなそして少しニヤついた顔で俺を見る柾。

 こいつは年中邪推しないと気が済まないのだろうか?

 だが、珍しい事にそれ以上は何もなく普通に答えて来る。


 「ま、いいけどな。それで、犬か猫かだっけ?」

 「ああ」

 「俺としては犬飼ってるから犬派なのは確実だな!」

 「そうか。そう言えばそうだったな」


 一年の夏あたりに柾と秋葉と三人で動物の話になった時に聞いたことがあったのを思い出す。

 柾はこう見えて犬を飼っているらしい。ちなみに妹もいるらしく、実家からこの学校に通っている。

 家族構成は4人家族でペットが一匹。小学生の妹がいるらしく、今もまだ甘えてくるのだとか。それに加えて彼女もいて、正直俺からすれば見えないほど高みにいるような、当時の俺はそんな印象を受けていた。と、同時にそのあまりの幸せぶりについ顔が引きつってしまう。


 「ちっ、お前の家族の事を思い出して気分が……」

 「でも、秋葉は猫の方が好きらしくて、この前一緒に猫カフェ行ったんだけどもう可愛くて可愛くて!」

 「猫がか?この浮気者!家の犬に謝れ!」

 「いや、秋葉に決まってんだろ!」

 

 なぜか猫カフェの下りからまさかの秋葉との惚気を聞かされた。


 「なんだよそれ?これだからリア充は……」

 「だから、俺としては、相手に合わせるのも良いと思うんだよ!ほら、それで新しい発見が出来るかもしれないだろ?な!」


 そう俺の顔を覗き込む柾。その顔は何かを期待しているような顔で、さっきあまり詮索しなかったのはそう言う事か、と苦い顔をする。


 「奏汰君も、心当たりが?」

 

 そのいつもと同じイラつく笑みを浮かべて俺にそう聞いて来る柾。

 (聞かなきゃよかったな。こいつ相手に油断はしたら終わりか)

 と、改めてそのことを胸に刻む。

 

 「な、と言われても俺にはさっぱり?」

 「またまたぁー。実はアレだろ?」

 「どれだよ?」

 「これだろ?」

 「……いや、だからどれだよ!?」


 何も示さずに指示語を口にする柾についいつもの癖で突っ込んでしまう。


 「ま、白宮さんは奏汰に合わせられてるのとかはすぐ気づきそうだから、無理に合わせる必要もないと思うぞ!」

 「だから、そうじゃないんだって……もう良いか」

 

 柾に対して色々と言い訳を考えたものの、結局は逆効果だと思いそこで反論を諦める。

 それにここは一応クラスの中なので誰かに話を聞かれるのはあまり良くない。


 そこで会話を切って次の時間の準備をしようとすると、柾の横に結城がやって来る。

 

 「何を話してたの?」 

 「あ、実はなー」

 「おい!それ以上話すとお前の間抜けな寝顔を秋葉に送るぞ!」

 「そ、それは……それで喜んでもらえたりして?」

 

 (あ、効果ないわ。駄目だ、脳が毒されてる!?)

 こんな時の為に修学旅行や、夏休みの時にこっそりと朝撮っておいた柾の間抜けな寝顔写真は本人には全く効力を示さなかった。


 その後、かなり脚色された話を柾が結城にしたため、一応写真を秋葉に送ると、『なにこれ可愛い!やっぱりまさくんは寝顔も似合う!』なんて惚気まで披露される始末だった。






 ――――――


 「寒いな」


 一人暗くなった帰り道を歩いていると、冬のような凍えるような風が顔に吹き付けてきてそんな言葉が漏れる。

 

 あの話の後、二人は用事が無かったらしく、今日は三人でカラオケに遊びに行くことになった。

 学校終わりのカラオケ。リア充の十八番とでも言うべきものにリア充二人と行ったわけだ。

 歌はそれなりに好きだったので普通に最近流行りの歌を二三曲歌って満足し、それからはドリンクバーでひたすらココアを注いでは飲んでを繰り返していた。


 最近は俺の中で密かなココアブームが来ている。

 というのも、ドリンクバーはあまりバリエーションが豊富じゃないため、炭酸系を選ぶと三種類くらいしか無かったりする。

 それに、炭酸は腹に溜まるうえさらに無駄に甘ったるかったりするのだ。

 ココアも甘くはあるのだが、なぜかこの甘さは嫌には思わないので最近はココアかコーヒーを飲んでいる。

 ちなみに、この前祈莉が入れてくれたホットココアが美味しかったから、というのもある。


 そんなこんなで二人の歌を聞きながらココアを啜り、ポテトを貪っていた。

 柾は特にこれと言って目立つような声ではなかったが、結城はかなりいい声をしていた。

 皮肉なことに、人は平等ではなく、神は結城に対しては十物くらいは与えていそうに感じた。


 やがて時間が来たのでそこで解散となる。

 祈莉には少し遅くなることを伝えてあったが、流石にこれ以上遅くなるのは良くないので足早に家に向かっている。


 ついこの間まではこの時間はまだギリギリ明るかったはずなのに今ではすっかり真っ暗だ。

 そんな道を街灯の光に沿うように歩いていく。


 そして、いつもの我が家に到着すると、玄関の鍵を回す。


 「ただいまー」


 最近では癖になったその言葉が無意識のうちに口から零れる。

 と、そこでいつもなら玄関に来るか応答がある筈の祈莉から反応が無いので不思議に思ってリビングへと向かう。


 「いないのか?帰ったのか?」

 

 そんな話は聞いていないが、急用でも出来たのだろうか?

 もしそうだとしたらこの暗闇の中を一人で歩いているかもしれない。

 少し不安に思いながらリビングのドアを開けて中を見渡す。


 「あ、か、奏汰君。その、お帰りなさい」

 「ただいま。良かった。いたのか」

 「はい……」

 

 ソファに体を隠して顔だけをひょこっと覗かせて俺を見る祈莉。


 「なにしてるんだ?」

 「い、いえ。その、これは……」

 「ん?」


 さっきから一向に顔以外を動かそうとしない祈莉。

 身体全体を隠しているその様子から一つの結論に至る。

 

 「ま、まさか……いや、ごめん。俺自分の部屋に戻るわ」


 深くは聞かず、そこからすぐに撤退する。 

 少し気になるが、聞かない方が良いだろうと思いその場からすぐに立去ろうとして止められる。

 

 「あ!えっと、これは別にそう言う事じゃなくて!その、ただ、少し恥ずかしいというか……」

 「は、恥ずかしいって。だから、俺はいない方が」

 「いえ、その恥ずかしいですけど、か、奏汰君にも見てもらいたかったので!」

 

 見てもらいたい?

 そこで混乱する思考を整える。

 

 「それは、見ても大丈夫なんだよな?」

 「大丈夫です。服もしっかり着てますから!」

 

 服を着ているのなら、本当に大丈夫なのだろう。

 そう思って廊下の方へ向いている体をまたソファへと戻す。

 すると、祈莉の頭にさっきまでは無かったはずの物が現れている。


 「そ、その……恥ずかしいので笑わないでもらえるとありがたいです」

 「あ、ああ」


 顔を真っ赤にしてまるで警戒する猫の様にソファの陰から姿を現す。

 否、猫の様にではなく、そこにいるのはまさしく猫そのものになり切った祈莉だ。

 黒いフリルのミニスカートに、手にはこれまた黒いシュシュ。何より頭に現れたもう一つの猫耳が存在感をアピールしている。


 「こ、これは!?」

 「あ、えっと。も、もうすぐハロウィンなので、その仮装を、と思いまして……試着してみたんです」


 仮装?仮装ってもっと魔女、とかそう言うのではなかっただろうか?

 恐らく化け猫なんかをイメージしたのだろうが、これだとどこをどう見ても化けの要素が一つもない、ただただ可愛いだけの猫になっている気がする。


 「へ、変ですか?」

 「……ニャァって言ってみてくれ」

 「!!……に、にゃぁ?」

 「ぐふっ!?」


 その場で何かに撃たれたようによろめく。もちろん本当に撃たれたわけではないし、少し過剰演出ではある。 

 だが、流石にこれを平然と「可愛い」なんて素直に褒めたたえるのは恥ずかしさが勝って出来そうにない。つまりは照れ隠しと言う訳だ。


 「これを、ハロウィンで?」

 「は、はい。一応当日は秋葉先輩たちも仮装をするらしいので」

 「あいつらか……」


 どうりでと、納得がいく。秋葉あたりが祈莉に猫の仮装でも勧めたのだろう。

 だが、流石にこれはマズイ。


 「うん。これはあいつらに、秋葉に見せたら暴走するな。だから勧めたのか」

 「奏汰君?」

 「それ、当日は着ちゃだめだ」

 「や、やっぱり変でしたか?」

 「いや、そうじゃなくてだな。なんというか、十中八九秋葉の思惑通りになるからやめた方が良い」

 「それは……そうですか」

 

 片手を恥ずかしそうに顔の前に持っていき、もう片方で猫の手をニャアとさせる祈莉。

 こんなものを秋葉が見た日には、それは大興奮でスマホの容量一杯までシャッターを切るだろう。いちいちポーズなんかも変えられて疲れ果てる祈莉が目に浮かんで来る。


 「その、もういいんだぞ?」


 今もポーズを崩さない祈莉にそう伝える。

 

 「え?あっ……すみません……」

 「別に謝る事じゃないけど」


 お互いにそこで押し黙る。祈莉の顔に目を向けると顔と耳が真っ赤に染まっている。 

  

 「き、着替えてきますね!」


 そう言ってそそくさと着替えに部屋へと戻ろうとする祈莉。

 そこで一言言い忘れていたことに気が付く。


 「あ、祈莉」

 「な、なんですか?」

 

 さっきは困惑と恥ずかしさのあまり黙ってしまったが、やはり何も言わないのは男としてないと思う。

 だから、ここは素直に、見たままの感想を言う。


 「その、えっと……仮装、可愛いと思う。似合ってるよ」

 「!!……あ、ありがとうございます……」


 そう一言言い残し廊下へと消えていく祈莉。

 

 ただ、その頬には心なしか嬉しそうに緩んでいるような気がした。

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うちの高校の『理想の後輩』に段々と骨抜きにされていく話 御手 御間割 @82514

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