45 お互いのご褒美

 テストも終わり、返された答案用紙を机に並べる。


 「おい、奏汰。これって、お前勉強したよな?」

 「したな。ま、俺だけ何もしないのは気が引けるからな」


 俺の答案用紙を見て辟易する柾。

 こいつはいつも通り普通くらいの成績だったらしい。

 

 「おま、これで学年何位だ?」

 「4位だった」

 「……俺の知ってる奏汰はもう、どこにもいないのか」

 

 そう。祈莉との勉強の甲斐あってか、俺は全教科平均93点という今までにないほどの高得点を叩き出したのだ。


 俺の横ではガックシと柾が項垂れる。

 別に俺は俺のままなのだが、


 「お前はいつも通りか?」

 「俺はこんな感じだ」


 そう言って俺に答案を見せる。


 「!!おい、これって」

 「この際だから奏汰に追い付いてやろうかと思って本気で勉強したらこれだよ。ほんと、頑張った意味が無いよな」

 

 柾はどうやら俺に追い付こうと勉強したらしい。

 全教科大体70点。最高点は84。

 

 「柾、一体何があったんだ?まさか、秋葉と別れて?」

 「ないよ。寧ろ秋葉と一緒に勉強して頑張ってこの点数だ。愛の力を証明してやろうと思ったのに、結局はこのザマか。なんか俺悲しくなってきた」

 

 なんかがっかりしているが、いつもの俺とあまり変わらない点数を取っている柾を見て、少し内心焦っている。

 今回、祈莉としっかり勉強していなかったら、もしかしたら一教科くらいは負けていたかもしれない。


 「よ、良かったー」

 

 危うく愛の力とやらのありがたい高説を聞く羽目になるところだったわけだ。

 

 そう思っていると、ポケットのスマホが通知を知らせる。

 俺はそれを開くと、やはりいつも通りの人物から連絡が送られてくる。


 「ん?あ、奏汰……って、凄いな白宮さん」 

 「あぁ、全くだな」


 俺のスマホを覗き込む柾と共にそう呟く。


 白宮祈莉から送られてきたメッセージ。

 そこには、全教科100点の答案の写真。


 そして、

 『ご褒美、期待してますね!』

 という言葉が添えられていた。


 どうやら、ご褒美は確定らしい。






 ――――――


 学校では柾に“ご褒美”についてしつこく聞かれたものの、適当にはぐらかしておいた。

 いや、いつものあのニヤニヤ笑死はもれなく一日中ついてきたのだが。


 家に帰り、しばらくすると祈莉が家にやって来る。

 最近はこうして玄関に迎えに上がるのは結構面倒になっている。


 「お邪魔しますね」

 「おう」


 いつも通りの会話をしながら祈莉は洗面台に向かい、手洗いをして、客間で着替える。

 それにしても最近は本当に違和感なく馴染んでいる。

 初めの頃は違和感だらけで色々と慣れなかったが、今ではこうして祈莉がいる方が普通になってしまっている。


 部屋から出てきた祈莉は半袖短パンのかなり大胆な格好をしている。

 (てか、こいつ身長のわりに足長いな!?)

 前々からスタイルは良いと思っていたがここまでだとは思っていなかった。

 こんなことは口に出すと最近ではセクハラで訴えられるので心に留めておく。


 それにしても、今日はかなり大胆な格好だ。

 まあ、まだ暑さは残る季節なので不思議ではないが、


 「奏汰君」

 「は、はい?」

 

 面と向かって名前を呼ばれてつい声が裏返る。


 「なんですかその声?」

 「し、仕方ないだろ?」


 俺の声をからかう祈莉は面白そうに笑っている。 

 俺はというと恥ずかしさから少し顔を下を向いて隠す。


 「私、今回も学年一位でした!」

 「そ、それは、知ってるな」

 

 そりゃあ、全教科満点なのだ。一位なのも確実だろう。

 

 「なので、約束通りご褒美をください」

 「……な、何か欲しい物でも?」

 「欲しい物はありませんね。物は」

 「そ、そうか。物は無いか」

 

 ただそれだけの会話なのに妙に心臓の鼓動が早くなっていく。

 やはり、頭に浮かぶのはこの前の俺の肩に頭をのせていた祈莉の顔で、


 「なので……か、奏汰君の、奏汰君、の……」

 「な、なんだよ?」

 「その、髪の毛を、触りたいなーと……」


 俺の髪の毛?

 なんで?

 いや、確かに柾辺りはよく俺の髪の毛を触って来る。なんでも触り心地が良いのだとか?


 「そんなことで良いのか?もっと他にして欲しい事とか、例えば……」


 と、そこで色々考えてみる。

 料理、は祈莉の方が断然うまく出来る。

 掃除、も祈莉の方が効率がいい。

 他にはなんだろうか?

 (あれ?俺に出来る事、なくね?)

 

 「奏汰君に頼めることは多くないので、これくらいしか」

 「そ、そうだよな。なんかごめん……」


 考えてみれば俺は祈莉がいないと私生活がまるで地獄に様変わりするような人間だ。

 そんな俺に頼めることなんて何一つないだろう。


 「それじゃあ、ほら、ここに来てください」


 ソファに座って、自分の腿をぽんぽんと叩く祈莉。

 

 「……いや、何言ってるんだ?」

 「こ、こうしないと触り辛いんです。早く来てください。これはご褒美なんですよね?」

 「あ、いや、お前へのご褒美の筈なんだが……」


 なぜか俺にとってのご褒美にもなっているという少し恥ずかしいそのご褒美。

 別に嫌なわけではないし、寧ろ嬉しくもあるのだが、それでも少し困惑してしまう。

 

 「な、なあ。お前自分が何しようとしてるか分かってるのか?」

 「ひ、膝枕です。そんなのは私でもわかっています!」


 ほう、どうやら分かっているらしい。

 分かったうえで頭を乗せろと?


 「な、なあ、良いのか?俺なんかで」

 「なんかじゃありませんし……ああ、もう!」


 ついに祈莉も我慢の限界なのか、立ち上がって俺をソファに連れていく。

 

 「座ってください!」

 「いや、その……」

 

 そこで俺が中々しわらないでいると、肩を両手で下に押されて、ソファに沈み込む。

 その横に祈莉は座ると、俺の頭を掴んで自分の腿に乗せる。


 「きゃっ、く、くすぐったいですね」

 「……」


 (何この状況?え?どういう状況?)

 理解が追い付かない。

 無理やりこうやって膝枕をされてそこから俺は動けない。

 祈莉はそんな俺の髪の毛をいじっているが、まるで撫でられているようでかなり恥ずかしい。


 「奏汰君にも、ご褒美は必要ですから」

 「お、俺にも?」

 「はい。柾先輩から奏汰君のテストの結果を聞いたんです。奏汰君も頑張っていたんですから、これは私からのご褒美でもあるんです」

 「だ、だとするとお前へのご褒美は?」

 「今こうして奏汰君の髪を撫でられてるので、満足です」


 そんなに俺の髪の毛が?別に男の髪なんてあまり変わらない気がするが?


 「えへへー」

 

 それでも幸せそうに俺の髪を撫でる祈莉に対して、俺は抵抗も出来ないのでそのままされるがままになっている。

 

 俺としては横向きになっているので余計に祈莉の腿の感触がよく伝わって来る。

 

 「私に膝枕されて、なんの感想も無いんですか?」

 「そ、そうは言っても……」

 「そうですか。なら、も、もっと続けましょうか?」

 「あ、えっと、その……い、凄く良いと思います」

 「……よ、よろしい!」


 なにがよろしいのかは分からないが、祈莉も恥ずかしくなったのか今の言葉で納得してくれたようだ。

 

 「い、祈莉さん、もうそろそろ……」

 「いえ、まだもう少し」

 「で、でも」


 もう、俺があまりの恥ずかしさに息も出来ない状態になっている。

 鼻息が荒くないか、顔は熱くなってないか、汗はでてないか、それが凄く心配になって来る。

 汗なんて掻こうものなら女子の肌に俺の汗が、最悪嫌われることにだって、


 「んふふー、えへへー」


 ……考えすぎなのかもしれない。

 思った以上に幸せそうなその顔を見てると、なんだか自分の心配も馬鹿らしくなってくる。

 

 もう良いか。

 こうなったら好きに触らせて飽きるまで待っていた方が良いだろう。


 そんな風に諦めて、結果として俺は祈莉に髪の毛を好き放題に触られ続けるのだった。

 

 ちなみに、そのうち眠くなってきたのか、祈莉はやがてウトウトし始め、昼寝を始めてしまう。


 「せ、せめて手くらい放して欲しかったんだけど……」


 俺の頭と肩辺りに手を乗せたまま眠ってしまう祈莉。

 そっと、その場から起き上がろうとすると、祈莉の手がそれを拒む。

 眠っているようだが、俺を離してはくれないらしい。


 「凄い、気まずい……」


 そんな気まずさの中、結果として、今日は日が暮れるまで、およそ2、3時間はこのままだった。


 あ、意外に寝心地は良かったので、俺もその後眠ってしまった。

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