35 いざ、花火大会へ!
祈莉の家で由美子さんと遭遇してから2日経った今日は花火大会当日。
朝から柾が家に押しかけてきていた。
「朝っぱらから柾か」
「ごめんな奏汰ぁー。白宮さんじゃなくて」
「変な考えはやめろ。別にそう言う事で言ったんじゃない。あ、でも祈莉がいれば朝ご飯も豪華に……」
「お、いつの間に名前を呼ぶように?」
「は?……あ、こ、これは違う!」
「何が違うんだよぉー、そうかそうか。あの奏汰にもついに春が」
「俺に春なんか来るか!」
こいつ、最近やけに勘がいい。しかも、いつも学校じゃ教師の話も聞かないくせに、こういうときだけ凄く耳聡い。本当に厄介な奴だ。
「その耳聡さをもう少し勉強に生かせよ」
「それを言っちゃあお終めぇよ!」
「おおそうか」
「……私じゃ満足できないの……ならいいわよ!私なんて捨てて、早くあの子を呼びなさいよ!」
「ここに誰かいたら誤解を招くからやめろ。あとキモいわ!」
「ひっでぇー!俺は、お前の為を想って……ぐすん」
「あー分かった分かった。じゃあ、そこのゲームでもしてろ。コーヒーで良いか?」
「俺カフェラテが良い」
「うるせぇ!100%ニンジンジュース飲ませんぞ!?」
「うえー、オレニンジンキライ」
なんだかこのやり取りも少しうざくなってきたので本当にニンジンを一本ジューサーにぶち込んでやろうか迷ってしまう。まあ、やりはしないのだが。
「ほい、希望通りコーヒーな」
「おで、カフェラテたのだべ」
「おめぇの意見は聞いとらんべ。さっさと飲むんべ。顔に浴びたいんべか?」
「いや、熱々のコーヒー浴びるのは勘弁だわぁー」
そう言いながらズズッと音を立ててその熱々のコーヒーを飲む柾。ふいにその手が止まり、
(あ、これやばいやつだ)
「待ってろ、今水持ってくるから。ったく、なんでそんないっきに飲むんだか?火傷すんに決まってんだろ?」
喉を抑えながら悶絶する柾に氷水をを差し出すと、それを一息に飲み干す。
「ふぅー。俺、コーヒーに殺されるところだったわ」
「お前が悪いけどな?」
「コーヒー怖ぇーよぉ」
「そうだな。うめき声うざいからゲームしてろよ」
「ほんと奏汰って淡白だよな。そんなんだから友達出来ないんだぞ?」
「余計なお世話だ!」
大体、俺は出来ないんじゃない、作り方を知らないんだ。
作り方を知っているうえで作れないならそれは、出来ないという事だろう。だが、作り方を知らないのなら、それは出来ないんじゃない。まずもって作れないのだ。
「ま、そんな事は良いから、フィアンセ二人が到着するまで、俺たちは俺達で愛を育もうぜ!」
「お前のはフィアンセだが祈莉は違うからな?それに、お前との愛なんか育むわけないだろ?気持ち悪い事言ってんな」
「白宮さん可哀想ぉー。ついでに俺も可哀想ぉー」
「お前は場外落ちで可哀想ぉー」
「あ!汚ねぇー!そうやって消沈中の俺を崖から突き落とすなんて!?」
「そのまま落ちてろ」
俺たちが今やっているのは桃の国のおじさん兄弟たちのレーシングゲームだ。皆人生で一回くらいはやったことのあるこのゲームでは、他のプレイヤーを悪質タックルで場外に落とすことが出来る。無論すぐに戻されるが、その数秒の差がこのゲームでは命取りになる。
「はぁー。そんな性格悪いと白宮さんに嫌われるぞ!」
「大丈夫だ。お前にしかやらないから」
「なにそのさりげないお前だけ宣言。私キュンと来ちゃった!」
「はいゴール」
「お前ほんとマイペースなのな」
少し身の危険すら感じる柾のその言葉は無視して、俺は一位のままラインを切る。柾は俺から数十秒遅れてのゴールだ。
「お、そろそろ秋葉来るって」
「そうか。んじゃあいつも混ぜて一緒に奈落に突き落としてやるよ」
その後、何戦かした後、お昼になった頃に秋葉はやってきた。
いつもより、いや、いつもと遜色ないラフな格好でやってきた秋葉は、そのままレースに加わるが、柾同様カップルで仲良く奈落落ちとなったのだった。
「ねえ、まさ君。奏汰がひどーい!」
「だよなぁ?俺なんてさっきから既に十回くらい落とされてるんだぜ?もう悪辣なのなんの。奏汰!お前に人の心は無いのか!?」
「なんだよ。まるで俺が非人間みたいな言い方しやがって」
それからもひたすらゲームをし続けた。このゲームでは勝てないと悟ったのか、皆大好き乱闘ゲームや、パーティ系のゲームをしたものの常日頃からコントローラーを握っては仕事をさぼっている俺には勝てるはずもなく、二人はコントローラーとテレビ画面。そして俺を見て戦慄するのだった。
「こ、これは……容赦のよの字も見当たらない非情っぷり。なんて恐ろしい子!?奏汰、あなたは人間じゃないわ!」
「そうだそうだ!俺達にも勝たせろよ!」
「うるせー。戦いは残酷なんだよ。お前らにはそれを叩きこんでやったんだ」
「くっ!こいつは、私たちとは住んでる次元が違うっていうの!?」
「秋葉、諦めよう。ここは一旦このコントローラーから手を離すんだ!このままだと全てこいつの思う様だ!」
「その下手な芝居やめろって。聞いててこっちが恥ずかしくなってくるわ」
そんな他愛のない会話を繰り返し、一息つきながらテレビを見る。今の時刻は午後3時。そろそろ祈莉が来る時間帯だ。
「ねえ。今日は祈莉ちゃんどんな格好で来るかな?」
「そうだな。白宮さんは名に着ても似合うだろうしな。浴衣とか?」
「そんな面倒なもの着て来るか?秋葉だって普通の格好だし」
「そんなこと言って、祈莉ちゃんの浴衣見たくないの?」
「別に。祈莉は浴衣じゃなくてもなんでも似合うんだからいいだろ?」
というか、祈莉が浴衣を持ってる可能性もかなり低いだろう。今までそう言うものには悉く参加してこなかった祈莉が、浴衣なんて持ってるとは思えない。
その予想通り、やってきた祈莉はいつも通り、ではなく少しボーイッシュな格好をしてきていた。
「あ、あの。お邪魔します」
「お、おう」
「うわぁー!祈莉ちゃん可愛い!なんか男の子の格好してて食べちゃいたくなってくる」
「おい、この変態をどうにかしろ!」
「人の彼女を変態呼ばわりなんて……いや、え?秋葉そっちの趣味は無いよね?」
(お前でも知らんのかい!?ていうか今こいつ素で聞いてたよな?)
一先ずここで騒ぐのもアレなので中で話すことにする。というかこいつら本当にうるさいな。
「今日は、恰好いつもより違うな?」
「近所の花火大会なので、学校の人もたくさん来てると思いまして」
「あーそうか」
いつも通りの服装で行けばきっと祈莉の場合すぐに囲まれてしまうだろう。
そこでボーイッシュに変装という事だ。いつもとは全く雰囲気の違う祈莉。確かに溢れ出るオーラは隠しきれてないし、これはこれで注目される気もするが、普段の格好よりかはマシだという事だろう。
「その、こういう格好は初めてなので、変ではないですか?」
「いいや。ほんとなんでも似合うのな祈莉は」
「……!!そ、そうですか」
俺がそう言うとバッと後ろを向いてそのまま洗面所へと向かって行く。
「へぇー?奏汰ってば、いつの間にか祈莉ちゃんの事名前呼びしてるんだぁー?」
「あ、やばっ!」
つい普通に名前を出してしまったが、またもや失態を繰り返してしまった。
朝は柾にバレたのに学習能力が低いのだろうか俺は。でも、そう言えばさっきも祈莉の事を名前で呼んでいたような?
「そうそう。なんかいつの間にか仲良くなってんだよ」
「へぇー?奏汰も結構やる男だったて事?」
「うるせーよ。いつも一緒に居るのにいつまでも苗字呼びはおかしいって言われたから。俺から言い出したわけでは……」
「ぷっ!奏汰ってば顔真っ赤にして、ひ、必死に!」
「それぐらいにしとかないと奏汰泣いちゃうぞ?」
なんか二人して俺を馬鹿にしているような?
俺ってそんな顔に出るのだろうか?そんな赤いのか?
自分の顔を触ってみるが特に何も感じない。別に熱い訳でもない。
それもその筈、体温自体が上がってるので、自分で熱が分かるわけもない。
そうしているうちに洗面所から祈莉が戻ってきて、そろそろ良い時間になってきた。
「お、お待たせしました。私は準備万端です!」
「うんうん。私も万端だよ!花火楽しみだね、まさ君!」
「おお、そうだな。秋葉と一緒の花火大会かぁー」
「おいそこのバカップル!世界を作るな!」
「なんだよ嫉妬か?嫉妬なのか?」
「今から行くんだから世界を作るのは後にしろって言ってるんだ!」
全く、これだからバカップルは。
流石学年公認のバカップルだ。
「まあまあ。奏汰も白宮さんと作ればいいじゃん」
俺の耳元で囁く柾。それに対して真顔で手刀を頭に返す。
「バカなこと言ってんな。早く行くぞ?場所無くなるぞ」
「……俺、時々奏汰の羞恥の基準が良く分からないわ」
そんな事を呟く柾。
俺がこんなことで恥ずかしがるとでも?そんなラブコメじゃあるまいし。
俺が祈莉とそんな関係に……考えるだけでも恐れ多い。俺では祈莉には釣り合わない。それが分かっているから少し冷静でいられる。
家を出て鍵をかける。
ふと、隣で歩く祈莉を見たが、
(やっぱり祈莉とそう言う関係には、なりたいと思ってもなれないだろ?)
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