06 『理想の後輩』に付き纏われて困ってます!

 短い午前の授業を終えて、俺は柾と秋葉を連れて食堂にやって来るのであった。


 「なになに。まさか奏汰ってばやっぱり気変わり?そうだよねー。どんなに強がっても男の子だもんねー!」

 「好きに言ってろ!俺はただ、安らぎが欲しいんだ。そのために必要なんだよ!」

 「安らぎ=癒されたい=彼女欲しい=白宮さんが良い。そう言う事か?」

 「お前のその発想力が俺は怖いわ。少し分けて欲しいぐらいだよ」

 

 いつも通りのメニューを注文して、俺達は昨日と同じ席に座る。

 予想通り、昨日と同じく彼女は隣にやって来るのであった。


 「あの、ここいいですか?」

 「ああ」

 「そうですよね……って良いんですか!?」

 「驚いてないで早く座れよ」


 俺は隣の席を引いて白宮を座らせる。あとは適当に話をして彼女を満足させればそれでいい。

 

 「あの、先輩の名前を教えて貰っても良いですか?」

 「昨日こいつらから聞いただろ?」

 「先輩の口から聞きたいんです!」

 

 なるほど。つまりは俺の口から言わせて、言わせたことへの優越感に浸りたいと。そう言う事か。

 まあいいだろう。俺の平穏の為にも、名前なんて幾らでも名乗ってやる。どうせすぐに忘れ去られるわけだし教えたところで害はないしな。


 「奏汰。佐々木奏汰だ。まあ、明日には忘れてるだろうから名乗っておくよ」

 「私そこまで記憶力悪くありませんよ?」

 「そう言う問題じゃない」

 

 ほう。あくまでこの会話すら計算通りか?全く、なんて計算高い。やっぱりこいつ悪女だわ!


 「それで、なんで白宮は俺に付きまとうんだ?」

 「そう言えば先輩、私の事さん付けしませんね。昨日も最初はしてたのに、すぐ辞めましたよね」

 「親しみを込めたんだよ」


 その言葉を聞いて少し目をパチパチとしばたたかせる。別に驚くことでもない。これも全てこいつと俺の計算によるものだ。

 

 大体わかってきた。なんでこいつを見てるといつも違和感を覚えてたのか。

 こいつ、多分、素はとんでもない悪女なんだわ。それを表に出さないその完璧な所作。はっきり言って恐怖感すら感じる。


 だからこそ、俺はこんな奴に付き纏われるわけにはいかない。きっと、大変なことになって、最後には学校から追い出される。なんてことになりかねない。


 「で?なんで俺に付きまとうんだよ?」

 「それは……昨日、先輩サラダとスープしか頼みませんでしたよね?」

 「それがどうかしたのか?」

 「いえ。ただ、食べ盛りの男子高校生が、それしか食べないって、少しおかしくって。それで、どんな人なのか気になったんです」

 「ん?なんで昨日の事を知ってるんだ?」

 「え?だって一緒に注文がハモったじゃないですか」

 「え?」

 「あ、あれ?」

 

 注文、ハモり。それをきいてようやく思い出す。

 昨日、俺が昼食を注文した時、誰とも分からない女子と注文がハモったのだ。その時はさっさと頼んでさっさと食べる事しか考えてなかったから、ろくに顔なんて見てもいなかったわけだ。

 

 「そうか……そう言う事だったのか」


 なんで、というかどこでこいつは俺を知ったのか?それが不思議でしょうがなかったわけだが、どうやらあの時に目を付けられていたらしい。

 そして考えてみれば、俺はその顔を一度としてみなかった。そりゃあ学校一というプライドを持つ彼女からしたら顔すら碌に見られないってのは屈辱以外の何物でもないのだろう。これはとんだ地雷を踏みぬいたらしい。


 「まあ、なんだ。その件は悪かった」

 「いえ、別に謝ることなんて……」

 「まあでも、これですっきりしただろ?」

 「はい?」

 「そうだよな。俺なんかに相手にもされないなんて、お前からすればほんとに屈辱だよな。そうか。まあ、何はともあれこれで目的は果たしただろう?じゃあ、俺はこの辺で」

 「あ、ちょっと先輩!?」

 「あ、そうだ。柾、秋葉。お前らも早くした方が良いぞ?どうせ課題終わってないだろ?」

 「あ、やっべ!そうだった、忘れてた!……ってもお前白宮さんは?」

 「え?もう話は終わったんだから帰るだろ?俺は教室帰って本読んでるから。お前らもイチャイチャしてないで課題やった方が良いぞ?」


 俺はそうしてトレーを返却口に帰して、そのまま教室へと帰る。

 一時はどうなることかと思ったが、これで俺の安寧の学校生活は保たれたわけだ。また、いつもと変わらない素晴らしい毎日が、


 と思っていたのだが、あれから何週間経っても、彼女は一向に俺から離れることは無かった。


 そうして、いつの間にか中間テストも終わり、気分は夏休みに向かっていたその頃、唐突に事件はやって来るのであった。


 今日もいつもと変わらず、白宮は俺に朝から付き纏って来るのであった。


 「おい、もう一か月も言ってるけど、そろそろ付き纏うのやめてくれませんか?」

 「別に付き纏ってないです。それに、先輩が私の事を見てくれないから……」

 

 それはこの学校中の男たちの純粋な男心を大きく揺さぶる禁句であり、そして彼女が言う事によってその効果はさらに跳ね上がる。俺でなければ今頃は勘違いをして悲しい事に告白して見事黒歴史を一つ作り上げている事だろう。


 「もうほんと何なんだよ!?いい加減俺に付き纏っても何もない事くらいわかるだろ?もう俺の学校生活そろそろ危ないんですけど?みんなの視線が痛いんですけど?何ならそろそろ処理されそうで怖いんですけど?」

 「じゃあ、先輩ももっと私に構ってくださいよ。そうしたら、考えてあげても良いですよ?」

 「ああ、悪女だ。いや、これは魔女だな。いいか?お前がなんと言って、何をしようと、俺は絶対お前には靡かないし、黒歴史を作るつもりもない!」

 「別に、そんなことさせようとしてるわけじゃないのに」

 

 最近では見慣れたそのぷくっと膨れた頬を俺は無視しながら心を無心にして足早に階段を上っていく。

 ほんと心臓に悪い。可愛いというだけであれだけの破壊力があるのだ。そして、その全てが恐らく計算によってなされているものだということも、俺は知っている。


 「あ、やばい……」

 「え、ちょ、先輩!?」

 「大丈夫だ。少し寝不足なだけだ。というかあんまり距離を詰めるな。俺はまだ殺されたくない」

 「もー!心配してあげてるだけじゃないですか!」


 俺はそんな彼女を見て、本当に心配してるのか、それともそれすら計算なのかいまいちわからないでいる。


 それにしても、昨日ようやくもう一冊分のストックを書き終えたところだったのだが、これがまた終わったのが深夜、というか朝の4時で、ろくに寝ていない。流石に4時から寝たら起きれなくなりそうだったので、と言う訳で俺は一睡もしていない。

  最近は2時近くまでそうして仕事をしていたので、気づけば疲れが溜まって、今も危うく階段から落ちかけたと言う訳だ。


 「とにかく、俺の事を心配するなら、俺に付きまとうのはやめてくれ」

 「なんですかそれ。折角心配してあげてるのに!」

 「お前の心配はされたら最後冥府に落とされるから怖いんだよ!」


 それだけ言い残し、俺は教室に走る。これ以上こいつと話していると本当に抹殺されそうなのでそろそろ俺に構うのもやめて欲しいなー。

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