04 『理想の後輩』は意外と強引で

「今日はまた一段と顔色が悪いな」

 

 田中さんに仕事をもう少し早くしろ、と言われてから約一週間。俺はついに一冊の三分の二を書き終えたのだった。

 やれば意外と出来るもので、かのチョコ味のバーを握り締めたのは正解だったようだ。

 

 「別に。これが俺のデフォルトだよ」

 「お前のデフォルトはもう少し目がドロッとしてるけどな。今日のお前はカラッとしてるぞ?」

 「その唐揚げみたいな言い方やめろよ。それに、そこまで普段と変わったことは、ふわあー」


 そう言いながらも大きな欠伸をする俺に対して、柾は「絶対お前碌に寝てないだろ?」とあきれ顔を作る。

 

 ちなみに、俺がラノベ作家をしていることはこの学校の人には言っていない。学校側には一応あくまで内密にと言ってある。これが普通の純文学作品とかなら隠すことも無いのだが、流石にライトノベルで威張るほど俺もそこまで大物ではない。

 だからこそ、毎日不健康そうな顔を浮かべる俺を見ている柾も、なぜ俺が不健康そうなのか理由は知らない。


 「ほんと、お前が何をしてるのかは知らんが……まさか、お前もそう言う事をやってるのか!?」

 「そう言う事?なんだそれ?」

 「……マジかよ。お前がほんとに男なのか益々疑わしいな」


 そんなことを言って、かなり驚いた顔をする柾。そう言う事?と考えて、そしてそれがこの時期の男子特有のアレの事だということに気が付く。


 「お前ってすぐそう言う事に結び付けたがるな。安心しろ。そんなことをしてる暇はないぐらい切羽詰まってるから」

 「それも出来ないぐらいに!?おいおい、男のアイデンテティを殺してまで他に何をするっていうんだ?」

 「まあ、もっと健全な何かだな。少なくとも、俺はそんなお前にもう少し勉強をしろと忠告してやるよ。そういえばもう少しで中間だな」

 「ぐはっ!それは、その情報は聞きたくなかったぜ相棒」

 「おう相棒。そんなこと言ってねーで、相棒なら俺の名まで廃る前にもう少し勉強してくれや?」

 「おうおう。もう何にも言えねーぜ。ってことで俺は秋葉のところに言って来る。さらばだ相棒!」

 

 なんとも都合のいい相棒だことだ。今は三限と四限の間の休み時間。

 少しボーっとしていたら良いアイデアが浮かんできたので、教卓の前で生徒と雑談している先生に断って、四限はトイレに籠ることにするのだった。


 それから昼休みになって、俺達はまたいつもの様に学食へと赴く。

 道中、柾の横にいた秋葉にも顔色について指摘されるのだが、まあ、確かに最近は根を詰めているのはある。一応結構仕事も進んでるし、少しペースを落とそうか?なんて考えながら今日もいつもと同じくサラダとスープを頼み……


 「「サラダとスープで」」

 「は?」

 「え?」


 完全なるハモリがその場に響き、俺は声の主である隣の女子にほんの少し目を向けるのであった。


 「あのー、今俺の番で合ってますよね?」

 「あ、すみません!順番間違えました!」

 「いや、別に。間違えなんて誰にでもあるし。それじゃあサラダとスープで」


 俺はもう一度受付のおばさんにそう伝える。俺とその少女のハモリを聞いて、少し顔がほころんでいる。まあ、こんなことはよく、は起こらないが、それでもあることだろう。気にしたって仕方が無い。


 俺はそれだけ考えて、サラダとスープを受け取るとそのまま席に着く。先に座っていた柾と秋葉の向かい側に座る。今日も向かいの二人は仲良くお互いのプレートのものを「あーん」とやり合っている。


 「おい、目の前に俺がいるのは忘れてないよな?」

 「忘れてないって。むしろお前に見せつけてるんだって。どうだ?羨ましいだろ?」

 「いや、単純に食うの遅くなるからそういうのはやめた方が良いぞ?それでこの前だって、お前結構ギリギリだっただろ」

 「ちっ。可愛げのねぇ野郎だぜ」

 「全くだよ!」


 相変わらず仲良く俺を非難する二人は、「そう言えば」と俺にもう一つ話を振って来る。


 「さっき白宮さんと話してたけどどうだった?可愛かった?惚れた?」

 「は?白宮?」 

 「そうだよ白宮さんだよ。さっきお前話してただろ?」

 

 はて、なんのことだろうか?さっき?俺は今日はこいつら二人以外とは話して……いや、そう言えば……


 「受付のおばさん、あれ白宮なのか?」

 「ちっげーよ!!おんまえなに見取るん!?」

 「え!?奏汰、え!?まさか本気で気づいてないの!?」

 「なんだよ二人して。というか柾のそのなまりはキモい」


 大体、いつも女子とすら話さない。いや、話してすらもらえない俺があの学校のアイドルである白宮となんて……


 あるはずがない。そうきっぱりと心の中で切り捨てて、

 その瞬間、目の前の二人の顔が面白い事になっていた。柾は開いた口が塞がらず、秋葉は持っていた箸を皿に落とす。

 俺を笑わせようとしてるのか?そう思って二人に無駄だと伝えようとしたその時、唐突に彼女はやって来るのであった。


 「お前ら、俺を笑わせようたって、」

 「ここ、いいですか?」


 後ろから声が聞こえ、でも今は二人の面白い顔を拝むのに夢中だったため俺は二つ返事で、


 「駄目だな」

 「え?」

 

 また後ろから、今度は間の抜けた声が聞こえてきた。

 そこまで驚くか?と思いつつ、なぜ駄目なのかの理由を告げる。なんてことはない。全て当たり前のことだ。


 「流石にまだ俺たちが食べてるだろ。まあ、でももうすぐで終わるから、そのあとは好きにしてもらって構わない」

 「あの、えっと、そう言う事では……」


 なんだ?歯切れが悪い。

 まるでそう言う事ではないと言っているようで、そして目の前の柾と秋葉が後ろを指さす。


 「おい、おま、後ろ!」

 「あ?うしろ?そうだよ、だからさっさとお前は飯を」

 「違う違う!!奏汰後ろみて!ほら!」

 「さっきから何だよ。後ろったって……」


 後ろに何が?と後ろを振り向く。そして、そこには、この学校で『理想の後輩』の名を欲しいままにして、毎日人だかりを作っている一年の白宮祈莉が立っていた。


 「あ、あのー。ここ、座っても……」

 「うんうん。どうぞどうぞ座ってください。すみませんね、うちの奏汰、女性に弱くて、」

 「駄目だ」

 「え?あ、その……」

 「お、おい奏汰!?」


 白宮と柾は驚き交じりの顔になぜ?と疑問符を浮かべている。

 これが別に他の、ただ可愛いだけの女子だったなら特に断る理由も無かった。しかし、


 「おい柾。お前は別にイケメンで外面を俺以外には良くしてるから好感度は高いだろう。そんなお前たちだからこそ、白宮さんと一緒に居るのは別に不思議ではない。

 先輩リア充カップルと一緒に昼食をとる、それは何もおかしくはない。だが、俺は別だ」

 「奏汰さん?」

 「正直に言って、俺が白宮さんと一緒に居たら、これからの学校生活に支障が出る。たとえ、この時間だけであったとしても、周りには多くの生徒が……」

 「まあまあ、取り敢えず白宮さんもそこ座ってよ。奏汰ってば、女の子に荷物持たせて立たせておくのはかわいそうだよ?私だって、少し驚いたけど、でも別に嫌じゃないし。ほら、そこ座って!」

 

 俺の言葉は無視して秋葉は俺の隣の席に白宮を座らせる。

 こいつら、俺の話聞いてた?こいつらは大丈夫でも、俺はやばいっての。明日から学校生活遅れないくらいの事をされても不思議じゃないんだぞ?

 

 「そ、それじゃあ失礼します」

 「おい、お前ら俺の話を!」

 「大丈夫だって。それにこんな学校一の美少女と話せる機会なんてもうないだろ?」

 「び、美少女だなんて、そんなぁ……」


 少し照れたような表情で俯く白宮。言われ慣れてるだろうに、どこかその仕草にまたも違和感を覚える。

 

 なんか気持ち悪いな。


 「おいどうした奏汰?なんか言って、」

 

 俺が何も話さないから柾が俺の目の前で手を振り始める。

 話を聞かないこのバカップルを相手にしていたら、きっと俺は社会的に抹殺されかねない。


 手元にあったサラダとスープを適当に腹に流し込んで、トレーに容器を乗せて席を立ちあがる。


 「せ、先輩もう行っちゃうんですか?」

 「……白宮さん。俺は君と話せないし、それは君が良くわかってるだろ?じゃあ、俺は先に帰る。お前らが招き入れたんだから面倒なことになったらお前らが対処しろよ?」


 少し威圧的に二人のバカップルに言い残してその場を去ろうとして、


 「ん?」


 何かが服の裾に引っかかってる感じがする。さて?と引っ張られているところを見ると、そこには小さく、そして白く綺麗な乳白色の健康な手が俺の服の裾をギュッと掴んでいる。


 「あの、もう少しお話をしたいなって……迷惑、ですか?」


 大きくクリっとした瞳が、下から窺うように覗いてくる。その少し金色に近い栗色の髪の毛は光を反射し、彼女の魅力をさらに引き立たせる。そんなものを見せられては、いくら俺でも、


 「迷惑だな」

 「マジかよ!」

 

 途端、横ならぬ前から柾のツッコミが聞こえてくる。が、気にすることなく彼女の手をほどこうとして、


 こいつ、中々に力強くないか?ああ、服が、セーターが!?


 「先輩。少しだけなので、お願いします……」

 「嫌なものは嫌だ!というかそろそろ離せよ!?周りの視線がかなり痛いんだが?」

 「嫌です。先輩は……」

 「先輩先輩って、俺はお前の先輩になったつもりは無いし、というかもう服伸びるからやめろって!」

 

 俺は服を掴んでた彼女の指を一本一本丁寧に外してその場を後にする。

 そそくさとトレーを返却棚に置いて、一人急ぎ足で教室へと戻るのであった。

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