第97話 海の一時

 水面に映える銀糸。美しく繊細な煌めきは、太陽の光を浴びてさらに輝いている。

 溶けた銀が流れていくような幻想的な光景を作りだしているのは、浮き輪を抱えて仰向けに寝転び潮の流れに身を任せている百合花だ。

 小魚が集まってきて周りで一緒に泳ぎ出す。

 下半身が魚のようになっていれば、百合花は本物の人魚と見間違えられることだろう。


「やっほー!」

「海の精霊の加護を身に受けいざ蒼海へ!」


 ゆらりと漂っていると、そんな声が聞こえて直後に水柱が立ち上る。

 真上から大量の海水を被り、一瞬沈んだ後に浮き上がる。

 百合花と同時に浮かんできた少女は、真っ赤なビキニを目立たせてイルカのように海面を跳躍する。

 着水と共に再び海水が飛び、頭から被ったことで百合花が抗議するためにクロールで追いかけた。


「こら! 待ちなさい杏華!」

「あっはははー! 追いつけるものなら追いついてみなよ!」


 繰り返しジャンプして素早く移動していく杏華との水泳は、百合花が離されるばかりだ。

 その後ろから追い抜くように綾埜やユークリットが泳ぎ去っていく。

 百合花の横を通り過ぎる際のボディタッチによるイタズラも忘れない。


「きゃっ」

「くっ! 水着は剥げなかったか!」

「惜しい! でもとにかく逃げろー!」

「くっそ! 待ちなさい! ほんと早いわね!?」

「聖蘭の戦闘カリキュラムを舐めないことね!」

「水中・水上戦もできるように日々特訓してるんだから!」


 重たいアサルトを持って水中で戦えるように訓練しているのだとすれば、アサルトがない今はさらに早くなっていることだろう。

 いつの間にか集まってきていたイルカたちと一緒になって百合花からの逃走劇が始まる。


「ドルフィンジャーンプ!」

「友と一緒に鬼神から逃げーる!」


 完全に調子に乗っている杏華たちに、百合花もピキピキと青筋を浮かばせる。

 クロールをやめ、静かに目を閉じるとボソリと呟いた。


「リリカルバースト、発動」

「ちょちょい!? なんてものを使ってるの!?」

「お遊びにそんな危険なものやめてくれない!?」

「樹がいるから暴走はしない! 覚悟しなさい!」


 百合花の全身に濃い桃色のラインが浮き上がる。

 以前のように禍々しい赤色の光とは違う。力強さを感じさせながら、見ていて安心するような温かい光だった。

 その力を全身に行き渡らせ、手足を動かすと段違いの速度が出る。

 イルカたちは驚いて逃げ出し、本物の鬼神に追いかけられるような恐怖に襲われながら杏華たちが全速力で泳いで逃げ始めた。


「……なーにやってるんだか」


 その様子を、砂浜のパラソル下で寝転がり、サングラス越しに見ながら彩花が苦笑する。

 それにつられて彩葉もあははと笑いながらメロンソーダを机に置くと、視線を横にずらした。


「で、お姉ちゃん。その……」

「……こっちも何やってるんだか」


 二人が見ている先では、鼻と口から血を噴きながら倒れて「しゅきぃ……」と呟いている築紫の姿があった。砂浜に血文字で百合というダイイングメッセージが残されている。

 築紫が尊死する光景はもはや日常となってしまったが、それでも水着姿で倒れられると妙に犯罪臭がする。

 海のほうでは盛大な水柱が立ち上り、何人かが吹っ飛んでいる。

 遂に百合花に追いつかれた杏華たちが水と一緒に飛ばされたのだ。


「いいわね、こういう平和な光景」

「平和かな~?」


 パッと見変死体となっている築紫。うつ伏せとなって浮かんでいる杏華たち。我関せずと水掛けをする樹と千代。杏華の首根っこを掴んで砂浜に泳ぐ百合花。

 じゃれあいと見れば平和的な光景だが、事情を知っていることが前提で、そうでなければ通報案件だ。

 彩葉の指摘は華麗にスルーし、メロンソーダのバニラアイスを溶かしてソーダと一緒に飲むと、彩花は持参した鞄からバレーボールを取りだした。


「さて、と。おーい! ビーチバレーやるから参加者集まれー!」


 ボールを掲げて皆を呼び集める。

 すると、気絶していた綾埜たちも復活し、樹たちや百合花も彩花の元へと集まってきた。築紫の起き上がり方がまるでゾンビそのもののようで、周りから不気味がられたのはまた別のお話。

 そして、ここで戻ってきた人物たちもいる。


「ぜはぁー……ぜはぁー……」

「だ、大丈夫ですか翼様?」

「あたぼうよ……走り込みだけで終わってたまるもんですか」


 瑞菜と宮子を連れて、彼女たちの水着を買いに行っていた翼が戻ってきた。

 後ろにいる二人も、今度はちゃんとした花柄ビキニを着ており、元からよかった素材の味を引き立てている。


「おっと。今からビーチバレー? あーしもやりたい!」

「私もやりたいです!」

「勝負事なら負けませんよ!」


 瑞菜たちも乗り気で、早速彩葉が端末を取りだした。

 チーム分け用のアプリが入っており、これでビーチバレーのチームを決めるのだ。


「あ、出た。チームはこんな感じだよ!」


 画面を皆に見せると、すぐにそれぞれのチームに分かれる。

 ワルキューレたちが海に行くと必ず盛り上がるのがビーチバレーだ。

 今回もその例に漏れず、盛り上がりと白熱した試合が期待できそうだった。

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