第96話 乙女たちの海水浴

 広い空。全身に感じる潮風。

 明るい日差しが照らすのは、鎌倉の前に広がる大海原と、白い一面の砂浜だ。

 カモメが鳴きながら飛んでいくその下で、水着に着替えた樹が勢いよく海へと飛び込む。


「いぃやっほー!」


 ザバン、と水柱を立てて潜っていった樹を千代が慌てて追いかけた。


「樹様! 底に尖った岩があるかもしれませんからお気を付けて!」

「あはは……なんだか樹さんが予想通りの行動に……」

「あれが樹らしいよね」


 砂浜にパラソルを立てながら、騒ぐ二人を見て百合花が笑った。

 その隣で金網などを準備しながら、静香はちらちらと百合花のことを見ている。

 さすがにその視線には百合花も気づいており、首を傾げた。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「胸に立派なものが付いてて……あぁいや、なんでもないです。にしても、百合花ちゃんスタイルめちゃくちゃいいですよね」


 純白のビキニ姿が眩しい。

 戦いで負った古傷がわずかに刻まれてはいるが、スッと細い肢体と形の整ったおへそが抜群のプロポーションとなっている。周囲の視線を男女問わずに一同に集めるであろう完成された肉体は、静香にとって憧れの的だ。

 くるっと回転して笑った百合花は静香の水着姿も褒める。


「静香ちゃんも可愛いよ。すごく似合ってる」

「ふぇぇぇ!? 私なんてまだまだそんな!」


 ワンピースタイプのビキニの上に薄い衣を一枚羽織っている。

 しかしそれが、静香の年相応さを感じさせて、下手に大人びた水着を着るよりもよほど本人の良さを押し出しているようだった。

 百合花に褒められた静香が顔を赤くして金網の上に持参した材料を並べる。


「百合花ちゃんのお肉、少し大きめのものを焼きますね」

「わぁ! ありがとう! ……あと、それは何?」

「これですか? 海鮮牛丼です」


 お肉や野菜を焼いている横で調理されている謎の物体。

 一般的な牛丼の具材と一緒に、貝や魚が一緒になって炒められていた。牡蠣が焼き上がる香ばしい香りが鼻腔を満たす。

 また静香お得意の牛丼料理シリーズだが、これまでの実績で美味しいものを作ることは確定だ。

 見た目はともかく、味に関しては何も心配せずに完成を待ちわびる。

 そこに、遅れて二人の少女がやって来た。


「やはり海! 海といえば泳がないと!」

「出雲は遊泳スペースなんてなかったからね。翼、すっごい楽しみにしてた」

「あたぼうよ! 今日のために水着も新調したんだからね!」

「本当はお腹が出てきて去年の水着が入らなかったんでしょ?」

「うるっさい! ちゃんとダイエットもしたから問題はないッ!」


 水着姿の翼と望は普段よりテンションが高めだ。

 黒のクロスバンドタイプの水着。シンプルで無駄な装飾が一切ない大人の雰囲気を醸し出すタイプの選択をした翼は、さすが高天原のお洒落番長といった所だろう。

 一方の望は、肌の露出を抑えてラッシュガードを着込んでいた。だが、しなやかな足は日の下に晒し、半ズボンタイプの水着を着用していた。

 翼は腰に手を当て、眼前に広がる大海原へと大声で叫ぶ。

 翼の声に呼応するように鳥たちが鳴き声を返し、満足そうに頷いた翼は、一呼吸置いてため息を吐いた。


「翼様、どうかしましたか?」

「ん? いやね、せっかくの海だってのにうちの連中には不安なのがいてさ」

「もしかして、心愛ちゃんとかです?」

「あんなの不参加に決まってるじゃん! ヤバいのは瑞菜と宮子の二人よ! 百合花ちゃんはあいつらのやばさを知らないんだよ!」

「自分に無頓着な節があるから、どんなのがきても驚かない」


 望までもが呆れるように言った。

 すると、噂をすればなんとやら。砂浜を駆けてくる音が聞こえ、百合花たちがそちらを見る。

 そこには、案の定というべきかサイズが明らかに合っていないスクール水着を着た宮子がいて、犯罪臭がする光景に百合花が苦笑し翼が頭を抱える。


「お待たせしてすみません! 水着がなかなか入らなくて……」

「あんた水着買いに行く話をしたら持ってるって言ったじゃん! 嘘ついたな!」

「まさか! ちゃんとこの水着は持ってたので持っていると……」

「そういやあんたはそんなやつだったわ! 確認不足のあーしがバカだったわこんちくしょう!」

「あの、望様。瑞菜さんもまさかスク水着てきませんよね?」

「……」

「目をそらすのやめてほしいんですが……」


 別にスク水が悪いわけではないが、女子高生が着るとインパクトがまるで違う。

 不安に思いながら瑞菜のことを待っていると、しばらくしてやって来た瑞菜の姿に誰もが度肝を抜かれた。

 百合花は頬を赤らめてそっぽを向き、望が乾いた笑いを漏らし、翼は額に青筋を浮かべて黒い笑顔を浮かべていた。


「お待たせしました! さぁ! 全力で泳いで元気よく体を動かしましょう!」

「その前に自分を見ろ! あーしらだけの貸し切りじゃないんだからね!? 誰がスリングショット着てこいと言ったんじゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

「咲が、海に行くならこの格好だって言ってたのでそうなのかと」

「あいつはあんたのこと嫌ってるんだから嘘言うに決まってるでしょ! もうッ! 瑞菜も宮子もちょっと来なさい! あーしが水着選んであげるわよ! あんたら自分が華の女子高生だとちっとは自覚しろぉぉぉぉ!!」


 翼は素早く二人を両脇に抱えると、ホロゥと戦うよりも素早い動きで最寄りのデパートへと走って行った。

 望が頭上で手を振りながら見送り、後は知らないとばかりに海へ向き直る。


「ごめん、前言撤回。あれはさすがにビックリする」

「えっと……高天原って楽しそうですね」

「どうしよう……変な誤解が広がってしまう……」


 遠い目をした望に苦笑で返しつつ、百合花は海で自分を呼ぶ樹の元へと歩いていった。

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